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NO.51 リアクション

数年前に書いた文章ですが、読み直して、再度、アップ致します。時代背景がその当時とは異なっていますが、ご容赦下さい。(今は、オバマ氏が大統領、フセイン氏は他界しました)

犬好きのある知り合いが面白いことを話してくれました。朝になると、毎日愛犬を連れ出して散歩しているそうです。いつもは、ワンちゃんのウンチの後処理のための小道具を持って、散歩に出かけるのだそうですが、たまたま、その日に限って、雨が降っていたので、傘のことばかり考えていて、例の小道具を忘れてしまったとか?

いつものように散歩中に、ワンちゃんが、路上でウンチをしてしまいました。
「参ったな~~ どうしよう 今日に限って、持ち帰ることもできないし・・・」と、思いながらも、ウンチを足でちょっと蹴飛ばして、歩道の脇には寄せたそうです。心の残りというか、完全には後始末をしないまま、その場を立ち去ってしまったとか。

「だれも、見ていないから、まあ、いいや!」

それから、数日後、なんと、その方の家の門の脇のところに、誰かが、置き忘れたワンちゃんの大きな忘れ物(?)があったとか!

「誰だよ。こんなところに、犬のフンなど!」と、思った瞬間に、数日前に、自分自身が同じようなことをしていたことを思い出したそうです。

「人のことは、言えねえな~~」と、思って、苦笑いしたそうです。

誰かに対して、「バカ野郎!」と発すると、いずれ将来、「バカ野郎!」と返ってくるそうです。人を傷つけると、いずれ将来、自分自身が誰かから、傷つけられることがあるかもしれないそうです。ましてや、人様を殺してしまうようなことなどしてしまったら、それが如何なる正当な理由の上であっても、いずれ将来、自分自身が同じような状況にあうかもしれないそうですよ。

これは、私が勝手に決めたことではなく、宇宙の摂理、カルマの法則だそうです。

あるとき、ある方から、面白い質問をされました。
「あのね。私の知り合いに、誰が見ても頷けてしまうほど、他人を傷つけてしまう人がいるんですが、その人自身は極めて健康なんですよ。一緒に住んでいる私の方が、調子が悪くなってしまって・・・ 罰なんか当たらないみたいだし、それって、まったく、不公平じゃないですか?」

とのことでした。誰とは聞きませんでしたが、たぶん、姑さんのことかな?

そこで、私は、言ってあげましたよ。自然の流れに乗って、うまく循環している人って、どんな人だと思いますか? 物事のリアクションの早い人は、自然の流れの循環の中にいる人なんですよ。逆に、自然の流れに乗れていない人、つまり、循環していない人は、リアクションがとても遅いですよ。

では、先程の犬の散歩をさせていた私の知り合いは?
循環している人ですか? それとも?

そうですよね。数日後には、リアクションがあったのだから、実に、循環の良い人と言えるでしょうね。その方自身、人が見ていないからと言って、悪いことはできないな~~~ としみじみと學んだそうですから。

たとえば、自然の流れに反するような事をしていた場合、物事のリアクションが早いということは、自分が発したことが直ぐに現象となって返ってくるということですから、そのまま悪いものを発散し続けていれば、たいへんなことになるわけですよ。

普通の人でしたら、とてもではないけれど、我が身が保たないということにもなり、余程の鈍い人でもない限りは、自分の行動や思いに対して振り向かざるを得なくなります。

そして、「ああ、それは良くなかったね!」と気づき、反省するわけですよね。

人を傷つけていても、いっこうに平気でいられて、そして、ましてや健康でいられるという人は、ただ、ただ、循環の流れが悪いのでしょうかね~~

ただし、今すぐには、その方の元へ、良くない思いや行為の結果が返ってこなくても、自分自身が貯めてしまった良くない貯金(負債)は、いずれ将来、受け取りに「銀行」へ行かねばなりませんよね~~~ 遅かれ、早かれ、撒いた種は刈らねばならない! という事らしいです。

繰り返しますと、循環の良い人は、リアクションが早い。
エネルギーが充実している人もリアクションが早い。

見た目の健康状態では、その人自身の循環の善し悪しや、エネルギーの充実度はわかりません。生まれてからこのかた、私には不幸続きで、良いことなど一つもなく、そして、今現在も健康状態も良くなく・・・と、不平不満を顕にしている人であっても、もしかしたら、非常に循環が良い人、もしくは、エネルギーが充実している人かもしれませんよ。

ホント、見た目では判断しにくいことのようです。

今現在、さまざまなトラブルが表面に出ているということは、ある意味、その人自身に浄化作用が起こっていると言えるのでしょうね。なんだか、世間一般の常識とは正反対な事ばかりを申し上げて申し訳ない気がしますが、良きようにご理解下されば幸いです。

ブッシュさんも、フセインさんも、テレビで見る限り、一応、今のところは健康そうですよね。寝たきりで一人でトイレにも行けない。というわけでもないし、毎日、奮闘しているみたいだ。(数年前の話で恐縮です)

私は、そのような彼らの姿をテレビで見てみて、とても、不思議な感じがしました。もし仮に、私が同じようなことを過去にしてきたとしたら、毎日、あんなにも元気ではいられなのかな~ というような気がするのです。すぐに、病気になってしまうかもしれませんよ~~  でも、お二人は、とても、元気なんですよね~~

物の見方は人によりマチマチですが、私には、彼らの思考パターンは、はっきり言って疑問だらけかな~ 何も罪のない人たちを傷つけてまでも、自分達の主張を貫こうとするし、どこか自然の摂理と反しているというか~~ なんとなくね~

たとえ先制攻撃であっても自分を守らなければ、逆に、相手にやられてしまう。という発想から、アフガンやイラクへ攻撃をしたのかな~~ やれば、必ず、いつかは自分がやられてしまう。こんなシンプルな事なんだけどな~ と言いつつも、あとで、ゆっくり、この私も、今までの人生を大いに反省しないといけないですよ。

日本古来の武道の精神からすると、自からの身を守るためには、先制攻撃してでも・・・という発想はないかもしれませんよ。では、どうしたら自分自身を守れるんでしょうか? 

もう昔のことなので、はっきりとした記憶がないのですが
「私は如何なる者からも害を受けることはありません。なぜなら私には、他と戦う、又は、他と争うという意識が一切ないからです。もし仮に、私を傷つけようとしたら、その者は、自ら発する「想いのエネルギー」を自分自身で受けて、苦しむことになってしまう。

でも、たいていの場合には、私を傷つける前に、その人自身がそのことに気づくので、私を傷つけようという気には誰もならないのです。」というようなことを聞いたことがあります。合気道の創始者の植芝盛平氏だったかな? それとも別の人だったのかな~?

ブッタの弟子に、目蓮(モクレン)さんという人がいました。私は個人的に、この目蓮さんの大のファンです。十大弟子といって、ブッダにも有名な弟子が10人いたそうですが、その中の1人、目蓮さんは、神通力の第一人者でもあったそうです。

あるとき、彼は、盗賊に襲われそうになりました。
彼は神通力、今で言う超能力の持ち主でありましたので、「私に危険が迫っている」ということが事前に分かったそうで、別の神通力を使って、その場を切り抜けたそうです。

また、ある時、同じように、盗賊に襲われそうになりました。
このときも、同じく、神通力を使って、難を逃れたそうです。

2度も、難を逃れることの神通力って、凄いですね。ですが、この場では、「私も、そんな神通力を持ってみたいな~~~」なんて、憧れている場合ではないのです。

2度の体験から、目蓮さんは、瞑想によって、過去の自分自身を見つめたそうです。
その結果、分かったことは、これは避けて通れることではない。過去に自分自身が作り出したカルマが、今生になって返ってきたのだから、すべて受け入れよう。と決めたそうです。

今までお世話になりました。と、師匠のブッタに、ひとこと、礼を述べ、わざわざ、盗賊たちの居るところへ出向いて行ったそうです。案の定、盗賊達に命を取られることになりましたが、そのとき、死を間際にして、目蓮さんは涙を流したそうです。

ブッダの十大弟子と言われるだけの人物であっても、死というものに立ち会う場面では、我々凡人と同じように、目蓮さんも「涙」なんだろうか?

もし、私がその立場だったら、きっと命が絶えて行くことの悲しみの涙なんでしょうが、しかし、目蓮さんの場合には、ちょっと、その辺りが、常人とは違っていたようです。

「人の命という最も大切なものを奪うという罪を犯すことによって、この者たちは、これから先、何生も何生も転生輪廻をする中で、重い荷を引きずりながら、厳しい人生を送らなければならないのだろう!」と、その人達の行く末に対して、悲しみのあまり涙を流し、盗賊たちの幸せを願いながら、彼らに打たれて死んでいったそうです。

真の「慈悲の心」というものは、いま、自分を殺そうとしている者に対してまでも、恨むのではなく、憎むのではなく、心の底から慈しみの心をもって、その相手のことを常に心配し、行く末の幸せを願う心なのだそうです。すごい話ですよね~

あるとき、ある方から、いつまで慈悲の瞑想をやっていれば良いのでしょうか? とお尋ね頂きましたが、この辺りがどうやら、ゴールなのかもしれませんよね~~ 目蓮さんのような慈悲の心を育てるなんて、なかなか容易いことではありませんが、でも、コツコツやるしかないのかな~~