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先日の東京内観の後の、しみじみした感じ、
その前の個人内観を受けた後の、高揚感を
心の中で味わい続けるのは、気持ちのよいことなのですが、
言葉にするのは、難しく、お便りが遅くなってしまいました。
私の祖母、母は助産婦で、自宅が兼助産所になっていました。
出産して、入院している方がいつも数名いらっしゃいました。
母は、私と弟三人を育てながら、助産所を切り盛りしていました。
昔は、今と違って、紙おむつなどもありませんし、食事作り、
洗濯、暖房など全てにおいて今と違って非常に手間がかかりましたので、
母は朝から晩まで、家兼助産所を飛び回っておりました。
私も、自分が這い這いしている幼い頃から、オムツたたみを
手伝っていたよという話が残るほど、物心付いた頃から、機転を
働かせ、家事や助産所の仕事を手伝っていました。
父はまじめな人で、早く帰っては、子供たちを、お風呂に入れたり、
寝かしつけたり、する人だったのですが、お酒が入ると、人が変わって
しまい、私は母からそのぐちを聞かされ続けてきました。
我が家は、いつも時間に追われていて、家族そろっての団欒、
ゆったりと会話を交わした思い出もあまりありません。
私は、期待されていた、医療関係の仕事にはつかず、結婚し、
母も体調を崩して助産所をやめました。
その頃から、家出して、生死が分からぬ弟のことを心配した
母からの電話が続きました。
母は心配のため、どんどん体調をこわし、私は弟のことも心配
だけれど、母のことも心配で、母が悪い方に物事を考えない様にと
努めて明るい声で電話を切ったあと、私自身は、胃が痛くて
吐き気を催していました・・・
二度の内観では、母は何でも、私に相談し、
私はそれを実際の内容以上にどんどん心配し
どうしたら母の心の重さが軽くなり、体調がよくなるか
心配し続けてきたのに、母は私のことを何も知らないこと。
自己中心的なこと、自己反省がないこと、
私も苦しい。がまんしない、あるがままの私でありたいこと
甘えたい、抱っこしたい、など、どんどん言葉が出てきました。
群馬での個人内観では、
ウチは親子で情愛のこもった会話など交わしたこともなく、
楽しい思い出も少ないけれど、
自分がこうして、満更でもない人生を送っていられるのは
母(父)に、愛されたからに違いない。
親の悪いところはたくさん目につくものだけれど、
「愛」というのは、目に見えない、気づき難いものかも
しれない。
と、感謝の気持ちが出てきたところで時間切れでした。
先日の集中内観では、午前中は不満もたくさん出ましたが、
ペンが止まったところで
面接して下さった宮尾さんが、自分は、内観で胎内に居た時まで
もどってしまった、とのお話に、私は、母のお腹で何を考えて
いたのかなぁと、考え続けました。
そしたら、この様な言葉が浮かんできました。
あなたを選ばせていただいてありがとう。
あなたを手伝わせていただいてありがとう。
あなたによって成長させていただいてありがとう。
私はあなたを助けるため、それを選んで生まれてきました。
あなたもいろいろなものを背負い苦しかったのですね。
私を呼んだのですね。私は、あなたと歩むために生まれて
来ました。
この、あなた以上にあなたを思える力を、他にも向けて
生きて行きたい。
(今、読むと恥ずかしい言葉ですけれど)
そしてまた、内観をしているうちに、
幼い頃、自分がおさえつけていた本能的感情・・
・・甘えたい、抱っこしたい、いやなものはいや!etc・・・
が、今の自分を生き難くしていることに気づきました。
わが子に対しても、泣いたり、わがままを言うことに対して
非常に怒りを感じていた理由がわかりました。
これからは、うまく言えませんが、母に対しても、他の家族や
友人に対してももっとバランス良く、自然に関って
生きて行ける気がします。