集中内観 体験報告 NO.159

先週の内観では、ありがとうございました。

内観の感想ですが、土曜は父に対してゴミ出しを行いました。
内容的には、
・もっと父らしく私に人生の生き方を教えて欲しかった。
・自分の劣等感を癒やす為に私や弟をバカにしたり、
「どうせ○○にはできやしない」等ネガティブなことを言ってほしくなかった。
・ 酔って泣きながら私に「たのむから大学へ行ってくれ」と言ってほしくなかった。
・私の友達が自殺して、それがテレビで報道されて動揺している私をからかったこと
等々。

今、思えば父へのゴミ出しは全然できていないな〜と思います。
・酒乱で仕事から帰ってきては、家で暴れて母や私、弟と言い合ったり、喧嘩したり。
・私が・・・をしてしまって、母が苦しんでいるのを見て「おまえは男か!」や
「どうせだったら、もっと思いっきり・・・をすれば、よかったのに」と、言われたこと。

父は酒や仕事、そして母に依存しているように思います。
しかし実際に、私のことで母を苦しめていることに良心がとがめているのは確かです。
それが、私が内観で両親を責めたくないという足かせになっていると思います。

話が脱線しましたが、初日の最後には「愛情が少ない」→「愛情がない」→「愛がない」
「愛がない」「愛がない」・・・・と、繰り返して書きました。
でも、愛がないのは私のことだと自分を責めつつの内観でした。

2日目は、・・・もう、記憶はうろ覚えですが、誰にゴミ出しをしていいか分からず
両親よりも私を苦しませてきた他人を意識し、その人達に対してゴミ出しを行いました。
最初に対象にしたのは、中学の頃私をいじめた人。今の会社で「会社が倒産する」とか
会社の悪いところばかりを言って私を不安の渦にし、・・・の原因の一つになった人。

「お前に負けるのは許せない」と言った人々。そして、最後には不特定多数の他人に対して
「死ね」「死ね」「死ね」・・・・

宮尾さんとの面接の時、もうきりがないし、やっている自分自身も怖いと相談しましたが、
せっかくゴミ出しが始まったんだからと2日目はそのまま続けて終了しました。

貴重な二日間で先生や宮尾さん、米谷さん、小池さん、岩出さん達スタッフの方々に
ご足労頂きましたが、中途半端な結果に終わってしまいました。

私の「バーストラウマ」は、かなり根が深いのだなぁと改めて思いました。

「バーストラウマ」には
(1)無意識的に、ついつい言葉や暴力で他人を傷つけてしまう
(2)理由もなく、緊張してしまう、もしくは、不安を感じてしまう
(3)与えられても、与えられても、満足できないことが多い
(4)人が嫌い、人と接するのが怖く感じる
(5)両親に対して違和感、嫌悪感を強く感じてしまう
(6)物事を何でも否定的に考えてしまう
(7)人の幸せを憎たらしく感じてしまう
(8)他人に物事を強制してしまうことが多い
と、あげられていましたが私はほぼ全てが無意識に行われていることが多いです。

私は物事を論理的でなく感情的な視点から捉えて言動することが多いです。
特に「恐怖感」に捕らわれて生きてきました。

親戚に会うたびによく言われますが、私は出生後1日中
泣いていて、その為に母が鬱病になったほどだったそうです。

去年、母に自分は「バーストラウマ」かもしれないと話して見ると
私は結構無理矢ひっぱりだされて生まれたそうです。
その病院は母の実家の近くの産婦人科だったそうですが、
私と歳の近いいとこもそこで同じように生まれ、知恵遅れです。

やはり先生のおっしゃる通り出生がトラウマの「一番危険性の高い瞬間」
だと思います。

私の小さな頃から記憶をたどると、私の人生は恐怖が行動原理になり人間嫌いに
なっていったと思います。

・幼稚園に入る前の記憶で、何歳かわかりませんが、父にけん玉の玉を目の前
でぐるぐる回されて酷く恐怖を感じた覚えがあります。
・幼稚園で大きな積み木を使って遊ぶ時に仲間外れにされた記憶。
 (その頃から人に嫌われる気質もしくは人の中に入っていくような性格を持ち合わせていたの
  かもしれません)
・幼稚園の朝礼の後、玄関の下駄箱に向かってみんなでなだれ込むように走って
玄関入り口のドアに頭をぶつけ倒れているところを何人かに踏まれていった記憶。
・小学校1年生の時に好きな女の子のランドセルを後ろから引っ張って倒して泣かしてみたり。
・小学校の低学年や中学校ではいじめられていました。
・逆に小学校の高学年の時は、いじめをしたりしていました。
 この頃は授業中でもふざけたりして落ち着きのない子供でした。
 
中学校の頃から特に人目を意識して行動していたように思います。
世間一般からみて「よい子」を演じていました。

高校の時はクラブ活動をせずアルバイトしながらテレビゲームばかりしていました。
この頃気づいたことは、自分は内向的で友達作りは下手な方だけど、「この人は
自分の事を傷つけない」と感じると、バカにしたような態度をとるということでした。

親の期待に応えて特に志すこともなく大学に入りました。
そこでゴルフサークルに入りました。(当時よくあった遊びのサークルです)
この頃から自分は他の人と違う、生きづらいと感じ始めました。
多くの人が集まって他の人は楽しそうなのに楽しめない自分がいました。

社会人に入ってからは、会社や上司の期待にそえる為に、
自分自身から逃げる為に仕事に没頭してきました。(仕事への依存)
恋愛も自分をださずに好きな人が好感を持つように意識して付き合ってきました。
(恋愛への依存)

その為、今まであまり恋愛で長く付き合ったこともなく、人を好きになっても愛したことは
ありません。自分自身を受け入れずに仮面をかぶってきたので当然ですが・・・。

そうして対人緊張は強くなり、頭痛がしたり息苦しかったり(これは学生の頃からでした)
30歳に拘束時間の長いプログラマーの仕事で鬱病、不安神経症を発症しました。

あと、これは誰にも話したことがないのですが私の中には「悪魔」がいます。
人の死に対しての受け止め方、感じ方が異常です。
人の死に対して悲しむ心もありますが、時に軽くというか「死んでよかったね」みたいな
言葉では言い表せないような感情を持っています。

最初おかしいと思ったのは、中学校の時、ひいおばあちゃんが亡くなったのですが
その葬式の席で焼香した人が感情的になってひいおばあちゃんに話かけたところを
笑ってしまいました。

そして、もっとも自分自身で恐ろしく感じたのは、アメリカ同時多発テロで火災したビルが
崩れ落ちましたが、その時あのビルの中で人が死んでいってるんだと思うと歓喜していた
自分がいました・・・・。

私の父は私の友達が自殺して、それがテレビで報道されて動揺している私をからかいましたが
それ以上に私は・・・クズです。

酒に母に仕事に依存している父ですが、それでも人から「仕事好き」と言われるほど誠実に仕事をこなし
子供をほったらかしでも、私達兄弟を育ててくれました。

それに比べ私は、自分から逃げ、責任から逃げ、自分自身に不誠実で、人を愛せず、親から自立もできず
恨んでいた父以上に最低な人間です。
しかも、自分が「誰」か分からず、自分が無い為に「意志」の無い人形ような人間になってしまいました。
もし私に並ならぬ恐怖心がなければ、犯罪者になっていたかもしれません。
まともな人間になっていたかもしれませんが・・・・。

昨年末の「死の瞑想」で私が目標にしたのは「まっとうな人間になること」でした。
今すぐ死ぬとしたら?という問いには困ったという思いしかありませんでした。

弥勒氣功研究会に参加希望したのは、「人の為になる事をしたい」という思いからです。
長い間の強烈な緊張で脳の海馬がやられてしまったのか、「記憶力」が大変弱くなっており
精神的にも魂のレベルにおいても今の状態では遙か遠い夢ですが。

今は、仕事をこなしながら「ありがとう貯金」「便所掃除」「笑い」を続けていくことに
意識を集中して生活しています。

ぐっすり眠ることは、まだできていませんが、おかげさまで大分改善できてきました。
ありがとうございます。