|
|
初めてであり 始まりでした。内観に参加させていただいての わたしの思いです。
わたしの家族は 父、母、弟 わたしの 四人家族でした 父が突然の事故で亡くなるまでは。わたしは6歳、弟の四歳の誕生日が 父のお葬式になりました。その後 母は 女手一つで わたしたち姉弟を育ててくれました。
「父のいない家族」わたしは 受け入れて それが当たり前だと言いながら 納得したつもりで成長していきました。
母についてのゴミを出す事から始まりました。
わたしの母は 感情を 言葉に込めて 真正面からぶつけてくるタイプです。そして 祖母をはじめ 母親の苦労を案じる親戚達は「お母ちゃんに 心配かけるんじゃないよ!。」
と顔を見るたび言ってきます。「わたしのせいで パパが死んだんじゃないのに・・・。」と思いながら わたしは 当たらず触らず 自分で作った「母に心配をかけない良
い子」の きぐるみをかぶって 心だけは 勝手に作り上げた想像の世界で 一人遊びを繰り返すようになっていったような気がします。
母についてのゴミは 表面につもった埃のところは さっと 掃いただけで 出てきました。続いて 感謝の言葉が出てきましたが 心から湧き上がると言うようではなかった感じがありました。
先生の面接を受け「まだまだ 出るよ(ゴミの事です。)」と 言っていただいたように書き出しのお部屋に戻ってからの1〜2時間は 言葉も 言葉のような繋がったものもかけず ただ ただ 紙に 鉛筆の線がぐるぐるに 絡まったものを 力任せに 感情のあふれるままに 押し付けている そのような感じでした。
ゴミを出し 感謝の言葉が出、また 次には もっと重たいゴミが待っていたようでした。
「たくさん 出たね。」と 先生は言ってくださいました。表面のものが減った分 良く見えるようになっていくのでしょう 残っている物も そのうちに きれいにする。と心
に決めました。
「父のゴミ」わたしにとって いつも一緒にいた たくさん愛着のあるゴミでした。大好きな父の存在と 父に対してのゴミに過ぎない過去の思いの 分別が わたしにとっては とても辛く 向き合いたくない事 そのように感じていたと思います。
出すときが来ました。出てきたのは 母のときと同様に なんで・・・!どうして・・・!の連続 文字にならない 連続した 鉛筆の黒でした。先生の二回目の面接中「いや!」と わたしの口から言葉が出ました。自分の席に戻り わたしは苦しくなり始めました。それと同時に 今までの黒の連続が か細い言葉となって 紙の上に現れ始めました。その線は 次第にはっきりと わたしのゴミの姿を 露にしていき、それにつれて 息は荒くなり 左手は 髪をつかみ わたしの苦しさは増していきました。
先生と向き合わせて頂いた時 わたしの口から 紙に表れたゴミが 涙と一緒にあふれ出ました。それは 本当に もう どうする事も出来ない 解っているのに どうにもならない・・・ゴミでした・・・。
「寂しいとか 何か感じたでしょう?」治療中 先生が 聞かれたことから 自分が 父の死の時抱いた感情について 「何もない」 「わからない」と 感じている事に気づかせていただきました。本当に「わからない・・・。」と 声を出すのも やっとと言う状態で お答えするのが精一杯でした。
わたしから出てきたのは もう死んでしまっている父の傷を治して、何も着ていない父に服を着せて、冷たくなった体は嫌だから暖めて、お墓は寂しいから出してあげて 一緒に帰ろう 弟が遊べなくなっちゃうし・・・。このように 本当に どうにもならない事・・・ゴミ以外の何物でもありませんでした。
大いなるお力が 小野先生を通して 父を癒してくださいました。「お父さんを 光のところに送ってあげるね」と、言われたので、わたしは そのようにして頂きたいとお答えしました。
その後、「お父さんと話してごらん。」と言われたので、自分の場所に戻ったわたしは あふれてくる暖かい涙を感じながら 笑いました 笑いながら泣いていました。そして 父と話をしました。本当に 本当に 楽になったと お前は何も心配しないで 安心して生きて行けと 伝えてくれたようでした。
わたしがゴミを抱えた心にふたをしている間 ずっと父は 自分の痛みや辛さを抱えながら 光のところに帰らずにいてくれたのでしょうか・・・。わたしの 大好きな父と一緒にいたい というその気持ちが エゴとなり 父が光に帰るのを遅らせてしまったのでしょうか・・・。それとも わたしが抱えてしまったゴミに 気づくまで ずっと見守ってくれていたのでしょうか・・・そうかもしれません。父はわたしに 自分の辛さなど 少しも伝えてはきませんでした。父から伝わってきたもの それは わたしへの愛情でした。いつも わたしとともに あったのでした。死を超えても 変わることなく。
内観を迎える週に 父と母の誕生の日がありました。父のお墓に参り 誕生日の母のところに行きました。「ありがとう」と心で言って 二人で 大笑いしながら 食事をしました。わたしの車を見送る 母の姿に 暖かい方の言葉が重なりました「もっと、もっと、幸せになってください。」心が揺れました。これは 母の願い 親という人すべての 子供への願いでもあるのだと わたしは感じさせていただきました。
内観に参加させていただくまでのわたしは 日にちの変更に揺れ ゴミの選別に揺れました。メーリングリストの皆様や たくさんの方々に 支えていただき 今日があると思えます。ありがとうございます。
そして この二日間のわたしを支えてくださったのは 大いなる存在 小野先生 若子さん お嬢さん 参加された皆様お一人お一人でした。心からの感謝 そして愛おしさで 一杯です。ありがとうございます。
わたしは とても楽になれました。父が光に帰った時に 一緒に 何かが 自分から去ってくれたのでしょうか 心地よい軽さを感じ 何かがなくなったところから もう とまることなく溢れてくるものがある そのように 感じさせていただいています。
わたしは 始めの一歩を 踏み出させていただいたようです。
大切に 歩を 進めさせていただきます。自分なりにです。存在している皆様に感謝の気持ちを持ちながら ある時は 先が見えないと思えることも あるでしょう 立ちすくむ事もありますね きっと。それぞれを すべて感じながら わたしとして 生きさせていただける事に 心から感謝を申し上げます。
ありがとう ありがとう ありがとうございます。