|
|
初めての内観のときは、2日間母のゴミ出しをしました。
その後、母との関係がすごく良くなったかと言えば、そう簡単ではありません
でしたし、前回はこんなにあったのかと思うくらいゴミが出ましたが、まだま
だ掘れば出てくるように感じていたので、今回も母から始めました。
始めてみると案外ゴミが出ず、「ごめんなさい」が少しずつ出てきました。
無茶をしていた若い頃、母とは何ヶ月も口を聞かなかったことがありましたが
、それでも頃合いを見ては的を射たアドバイスをくれたり、口では言わずさり
げなく「悟りのお守り」を渡されたこともありました。
そのころの様子を思い出し、私が母の目を通して私を見ているような感覚を味
わいました。
反対の立場であったら、できただろうか。
ずっと見守ることの難しさ、懸命に努力している母の姿を見たように思いまし
た。
そのとき、私は母に心からあやまったことがないことに気がつきました。
素直に「ごめんなさい」を言ったことがなかったのです。
「何で私があやまらなくてはならないのか、こんなふうに育てたのは母なのだ
から、母が悪い」とずっと思っていました。
先生には、分析しないで、ただ思ったことを書くようにと軌道修正されました
が、今回の内観を終えてもまだ母に対しては深いゴミがありそうです。
どうしても、心からの感謝が湧いてこないのです。
翌日は、9年前に亡くなった父のゴミ出しをしました。
父に対してはいきなり「ごめんなさい」で始まり、あやまることがいっぱいで
、最初あまりゴミが出てきませんでした。
父は、あふれるほどの愛情を注いで育ててくれたと思います。
幼い頃、父には何一つ欠点はないように思っていました。
思春期になり、いろいろな面が見えてくるにつれて、反抗的になった私は、父
とほとんど口をきかなくなり、結局最後まで、あまりちゃんと話をした記憶が
ありません。
ガンの再発を告げなかった、入退院を繰り返し、短い間在宅看護したときも私
はあまり世話できなかった、急に実家に帰ると言った私のために、足が悪いの
に寒い夜にずっと待っていてくれた、それを私は勝手にキャンセルしてしまっ
た・・・
私がガンになったのは、バチが当たったからかもしれない・・
どんどん書いているうちに、そんなことまで自分が考えていたということを知
って、自分でも驚きました。
前向きだと思っていた自分の性格が、実は全然そうではなくて、自分を責めて
いたことを感じ、愕然としました。
先生のご指導で父と対話をしてみました。
父は許してくれているように思いましたが、何だかまとまりのない、ふわーと
した気分のまま、二日目が終了し、他の方々がまとめを話されているのを聞い
て、私は中途半端だなあと思っていました。
本当にゴミはないのか。
自問しながら、翌日も再度続けさせていただいたところ、出るわ出るわ、びっ
くりするくらいゴミが出てきました。
同じ言葉を何回も何回も書きました。
字もぐちゃくちゃでした。
ゴミと同時に、父への感謝の気持ちがあるのに、それを死ぬ前に告げなかった
ことへの後悔もどんどん大きくなっていきました。
そして、先生には気功治療をしていただき、やはりガンで亡くなった祖母(父
の母)を含め、父も癒していただきました。
その後、改めて父と対話したところ、今度は、とても穏やかで、温かな、わけ
もなくうれしいような気持ちになり、これが父の愛情だと思いました。
それは、すでにそこにあったのに、自分が拒否していた、または受け取るすべ
を知らなかっただけだったんだと感じました。
父は、すべてを受け入れて、許してくれていることを教えてくれたような気が
します。
父に自分の気持ちを伝えることができたと感じて、とても幸せでした。
そして、ただただ父の愛情に包まれている感覚を味わいました。
うれしくて、楽しくて、父にありがとうと心から言えました。
私は病気になるまで、人前で泣くことにとても抵抗を感じてきましたが、内観
では涙を止めることができません。
「内観は本音の世界」小野先生がおっしゃったことが心に響きます。
幾重にもつけた鎧を少しずつ脱いでいくことができれば、もっと幸せになれる
と感じます。
小野先生、奥様、お嬢様、そして一緒に内観を受けるご縁をいただいた皆さま
、本当にありがとうございました。