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今年から 父の内観を始めて9日目にして
おかげさまで ようやく大団円を むかえることが出来ました。
今回の父の内観は 内観を行っている最中よりも、
家に帰ってから、自分の中から 父への想いが いろいろと湧いてきて
1人でしみじみとすることが 多かったのです
と言っても、けっして私1人で 内観をやり遂げたわけではありません。
もちろん今回も 面接官の方々の 巧みなリードがあってのゴールでした。
特に最終日は「本当に内観が終わったのか??」の確認作業となり、
私自身にも 意外な展開・結末となってしまいました。
今日はトコトン父を観つめようと、意気込んで来たのに、
なぜか 書くことが出来ませんでした。全く書く気が しなかったのです
かと言って 桃色の用紙に感謝の言葉が 出るわけでもなく。
私自身が「?」状態でした。
しかし、なんとなく「父の内観」は終わっている気が致しました。
私が一番許せなかった父の言葉、たまたま 聞いてしまった母に対する
「誰が食わしてやってると思ってるんだ」と言う一場面
これに対して、心がゆざぶられない と感じたからです。
本当にこの岩(ゴミ)が 砕けたのだろうか?
私にも面接官にも はっきりと確認する術が 有りませんでした。
「では、出来そうならば、今度はお父さんの立場で 自分のことを
どう思っているか。お父さんの気持ちを書いてみて下さい」と面接官
私は、生まれてからのことを ザックリと、あっさり箇条書きで書いていました
でも「父は普段言葉にはしなくとも、今の私(結婚もしないで1人暮らし、
不安定な業界での仕事)をとても心配している」事が痛い程良くわかったのです
しかも、父が私のことを 心配していることを、私が 疎ましいと感じないで、
「申し訳ない・・」と、心配している父を
心から ありがたく感じたことに、自分でも 驚いていました。
この 相手の立場で書く作業は、実は、ゴミを別の角度から 観てみることで、
再度 どんな感じかを 観る作業なのだそうです。
別の視点で 観てみて、自分で もう平気と思った「相手の許せない言動」に
もう本当に ひっかからないかどうか?の 確認作業だったのです。
(この方法は、是非、面接官の方に ご相談の上、
ご自身の状態を 確認して頂いてからの方が 宜しいかと思います)
私は この作業で、「父の私への密かな心配」「それを疎まない私」
に気が付くという 思いがけない光を 頂戴致しました。
それでも、今の 父の内観が終わった事に対する感覚、
すっきりとか 穏やかさとかを 私は きちんと説明する事が 出来ませんでした
父の内観は 終わった気がする・・なんて妄想のような
いいかげんなことしか言えませんでした。
私には妙に「終わった」確信みたいなものが なぜかあったのです。
内観者の私がこの様な感じですから、面接官の方は 困窮極まったと思います
私の 本来の目的であった「自分の内観」を 早く始めたいがゆえではないか?
と慎重になられることは 面接官として当然です
あるいは、私が もういくらやっても終わらない父の内観を あきらめて
むりやり終わらせようとしている可能性が あったにもかかわらず
自分の内観へのスタートを お許し下さって 本当にありがとうございました。
内観の終了を きちんと説明・お伝え出来なくて、申し訳ありませんでした。
あらためて、今、父の内観を 振り返り、言葉として 整理をしてみました。
その前に 1つ是非とも、面接官の方に お伝えしたい事があります。
「何1つ 無駄なやりとりは 一切なかった」と 言う事です。
自分の内観の 最初の面接にて、面接官のアドバイスを 勘違いして受けた私が
あまりにも 壮大なスパンで話を 切り出してしまったために
のっけから いきなり、逸れた私の軌道修正 というお手間を
お掛けしてしまい 申し訳ありませんでした。 でもそれによって、
実は「父の内観の終了」を裏付ける 決定的な確信を頂戴できたのでした。
詳しい話は 長くなりますので 省略致しますが、
この場を お借りして お伝えとお礼を 申し上げさせて頂きます
私は 最初の就職は わりと大きい会社の子会社におりましたが、
業績不良で たたむことになりました。
社員は 母体会社へ移行することとなったのですが、
私は もう違和感を 感じておりましたので
自主的に辞め、転職をした先が 図らずも 父と同じ世界の業種でした。
全くの異業種へ 転職出来たこと自体が 運命のようなものでしたが、
その事務所も閉鎖を余儀なくされ、2度目の転職はいっそうのこと違う
職種にしたかったのですが、どうしたも同じ職種の会社にしか受かり
ませんでした。 この仕事に 係わってからは、
頭では 父の今までの苦労も理解できていたつもりでした。
しかし、この常識的な 顕在意識での理解が 私の父への本当の感情を
出すことを 阻む要因でもあったのです。
今では、この業界でやっていく事の辛辣さを 身を持って感じる事が
出来たことは 何よりも 貴重な体験であり、父の苦難と 重ね想うことが
出来た事を 感謝しております
事務所を 黙って1人で切り盛りして 家族を支えてきた父の偉大な愛・・
寡黙で我慢強い父が「誰が食わしてやってると思ってるんだ」と、
どんな想いでこの言葉を 口にしたかを・・
「お父さん、ありがとう!私達家族のために
とても苦労したんだよね。働きづめだったんだよね。」
このことを 父に伝えることが今なら 出来そうな気もいたします・・・
父の子供で よかった。
心から 私の父を誇りに想います。
雪溶けが ゆっくり、じんわりと やってきたような 穏やかな、
まさに 私の父のような内観でした