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内観を受けるのは初めてですが、一言で表すならこの作業は私にとって「長年の謎を解くこと」でした。
私には、子どもの頃に母から言われたことで、とても悲しくショックかつ不快な思い出がありました。
ちょうど二年前、急な病気で手術をし、その後の長い入院期間中、かなりひまなので、いろいろと来し方など思い出しては日記に書き出して、今思えば「内観的」な作業をしていました。
そこで、母から言われたその言葉を何度も思い出すのです。その言葉は思い出すたびに悲しく、不快なだけで、「何でそんなことを私に言ったのだろう?」という疑問で終わり、それ以上にはならずにいつも出口がないまま、怒りをため込んでいくだけでした。
しかし、母との関係がその言葉のせいで悪いというわけではなく、過保護なくらい大事に(?)育ててもらったと思っていたし、病気になったことで、母をはじめ家族のありがたさがよくわかったつもりでいました。
今年、病後の回復のため、小野先生に遠隔気功をしていただいた際に「両親との関係は?」と聞かれ、「別に悪くはないんですけど」と答えたくらいです。
先生に勧めていただいたこともあり、直感的にも惹かれるものがあって今回の内観に参加したところ、初日にこの言葉がキーワードとなり、大げさでなく「目から鱗が落ち」ました。
病気の原因がわかったと思いました。母の言葉そのものよりも、その言葉に含まれる空気を私は受け入れることができなかったのです。
自分の意識のうえでは認めていなかったけれど、母に愛されていなかった。幼い頃、そう感じていた自分を「発見」したのです。
そうすると全ての謎が解けました。
愛してほしかったとずっと思っていたのです。「母なるもの」「母性」に対する反発。
恥ずかしながら子どもがきらいで、「母親になる」ことにわけもなく嫌悪感がありました。
小さい頃の強烈な思いを引きずって、とうとう臓器まで摘出してしまった・・・
そういう自分が悲しくて泣いてしまいました。
不思議なことに、謎が解け、母との関係を「認識」した後は、すごくさわやかな気分になりました。
ただ、母への感謝の気持ちはなかなか素直に湧いてはこなかったです。
たぶん時間切れだったのでしょう。
二日目もゴミ出しに精を出し、さすがにゴミも少なくなり、それと共に疲れが出てうとうとしたりしているうちに終了となりました。
帰宅後は、先生の言われる大掃除のあとの「ほこり」でしょうか、いろんな気持ちが渦巻いて、複雑な感じになり、実はまだ母とは話をしていないのです。
おかげさまで、病気については原因がわかった時点で「治った」と思いました。
しかし、まだ母に対する「心からの感謝の気持ち」が出てこないのと、亡くなった父のゴミ出しをする必要があると実感しています。
「ゴミの量」は人によって違うとのことですので、今回はこれが私の到達したレベルだということでしょう。近いうちに又、内観に参加させていただきたく思います。
残念ながら「光」は完全には見えなかったですが、少なくともそばまでは行けたような気がします。
内観の最後に、一緒に参加された皆さんの「気」にも触れることができてすごくうれしかったです。的確に導いて下さった小野先生、本当にありがとうございました。
先生の予言通り、水はがばがば飲むわ、トイレはしょっちゅう行くわでした。奥様やお子さんにも大変お世話になり、心からお礼申し上げます。ありがとうございました。