いきなりですが、イラストです。
何に見えるでしょうか? 漏斗(じょうご)なんですよ。
エッ、漏斗って、何ですか?
そうですね。仮にですよ。バケツの中の水を、入口の小さな一升瓶の中へ移すとしたら、どうなると思いますか? バケツを傾けて、水を流し込んでも、受けてのビンの口が小さいので、ほとんどの水は一升瓶には入らずに、外へ流れ出てしまうでしょうね。
それを可能にしてくれるのが「漏斗(ジョウゴ)」なんです。
植木に水やりをする「ジョウロ」とは違いますよ。
上のイラストですが、その漏斗を使って、先日、農家の方から頂いた大豆(だいず)を一升瓶に入れる作業をしたのです。そうしたら、漏斗の先端部分で、2粒の豆が詰まってしまったのですよ。
説明が下手なので、読者の皆さんの豊かな想像力を駆使して頂かないと、理解に苦しむ内容となり申し訳ない次第ですが、父、母、と、矢印がしてありますが、漏斗の先端部分のところで、二つの大豆(左の大豆が父、右の大豆が母)が引っかかって、流れが止まってしまった状態を示しています。
本来でしたら、漏斗に大豆を流し込めば、ザ〜〜〜 と、下へ流れ落ちるのですがね〜〜
さて、心の世界では、昔から、父母に対しての恩ということが問われます。
いま、こうして、自分が在るということは、両親が産んでくれたから、そして、育ててくれたから・・・ なんて、良く言われます。
産んでくれた両親、育ててくれた両親に対して、感謝の気持ちをもちなさい。ということなんでしょう。
でも、現実は、そう簡単にはゆきません。
憎しんだり、恨んだり、文句を言ったり。この世の中は、本音と建て前の世界ですからね〜〜 だいいち、どこの親だって、そんなに立派なものばかり持ち合わせているわけではないし、文句の一つくらいはありますよね。
まあ、私なんぞ、自慢じゃないですが、親父さんが大の酒飲みだったので、随分と苦労しましたし、嫌な思いもしましたし、恨んでもいましたし、感謝の気持ちどころではなかったです。
よく、まあ、グレルこともなく、まともな道を歩いてきたものだわね〜〜〜 と、親戚からはよく言われましたが。
ただ、言えることは、たとえ、どんな親であっても、その親を恨んだり、憎んだりしている自分がいると、または、こだわりを持っている自分がいると、その自分自身が損をするということは事実です。
いやですよね〜〜 まったく!
自分はけっして悪くないというのに、時には、一方的な被害者であるというのに、加害者である親に対してさえ、ネガティブな思いを持つと、自分自身が損をするとはねえ〜〜?
世の中、どこか、間違っているんじゃないの? と、文句を言いたくなりますか。
先日、こちらへ内観に来られた方も、小さい頃から、一方的に、母親から、何かあるたびに、ぶん殴られたそうですよ。
思い出すたびに、腹が立つと言っていました。
そうですよね。ありがたいようなことをたくさんして下さった親に対してでしたら、いくらでも自然に、感謝の気持ちが湧いてくるというものですが、仮に、あなたが、いつも、親から虐待を受けたとしたら、その親に対して、怨みこそあれ、感謝なんて、とても、とても、素直な気持ちで、できるわけがないでしょう!
そんなことが書かれているホームページを読んでいるだけで、気分が悪くなったきた。なんて、言われても、ごもっともだと思います。お詫び申し上げます。
ただし、今まで、人様の悩みや、苦しみを和らげてあげるお手伝い等をさせて頂き、私個人が素直に感じたことなんですが・・・
お叱りを覚悟で申し上げちゃいますが、親に対するネガティブな気持ちが強い人ほど、多大な問題を抱えていることが多いと感じました。統計をとったわけではありませんが。
私なりに、仮説を立てましたので聞いてください。
上記の漏斗、また、思い出しながら。
我々の一人一人が、天からエネルギーを受けて暮らしているとします。ちょうど、漏斗のように、広大な大宇宙からのエネルギーが、目には見えない漏斗を通して、人間という個々の人という小さな意識体(小宇宙)に、流れ込んできたとします。
肉眼では見えませんが、どなた様も例外なく、頭の上に、大きな漏斗のような「エネルギーの受け皿」を持っていて、その受け皿(漏斗)が、ぼう大な宇宙エネルギーを、自らに引き入れている。そう思ってください。
大きな、大きなパラボナアンテナから、宇宙の情報を得ているようなもんですね。
ありがたいですね。我々の一人一人の頭上に、大きな大きなパラボナアンテナが付いていて、それが、広大な大宇宙のエネルギーや情報を集めてくれるとはね〜〜〜
アンテナがしっかりとしていて、エネルギーが充分に注がれてくれば、人は幸せでいられるでしょう!
多少、あちこちが痛かったり、辛かったりしても、心は穏やかです。
でも、イラストの漏斗のように、途中で流れが止まってしまうと、エネルギーが入ってこなくなりますから、たいへんなことが起こります。俗に言う、トラブルが起きたというやつです。
実は、宇宙と、我々個人個人との、その仲介役になっているものが両親なんです。
私をこの世の中に誕生させてくれたのは、まさしく両親、そして、その両親を誕生させてくれたのは、そのまた両親。つまり、私からすれば、祖父母ですよね。
また、その祖父母を誕生させてくれたのは? ・・・ と、どんどん遡ってゆくと、最終的には、宇宙の源となります。
ヒーリングの世界では宇宙エネルギーを取り入れて、その取り入れたエネルギーを患者さんに流す。なんて、言われていますが、宇宙エネルギーの取り入れ方ですが、例えば、私個人と、宇宙の中心とが、直接、結ばれるというわけではないようです。
漏斗で言えば、自分の一つ上段には、たえず、父母の存在がありますから、その父母にたいして、多少なりともこだわりがあると、充分なエネルギーが、その方ご自身に降りてきません。
つまり、宇宙と完全に繋がっている状態とは言えないようです。
生かされている以上は、まったく繋がっていない人などいませんから、誰でも、多少なりとは繋がってはいますが、でも、繋がりの状態があまり良くありませんから、気持ちが動揺しやすいです。
如何なる両親であっても、その両親に感謝することができれば、それは、それは、その人自身にとっては、ありがたいこととなります。
感謝できる。感謝できない。ということについては、ある程度、今までの両親との関わりの状況によっても違うのではないでしょうか?
と言われてしまうと、あとは、成すすべもない。となってしまいますが、それを可能にしてくれるのが、ここにご紹介しています記述式内観なんですよ。
先日、受けに来られた方も、両親から相当の虐待を受けたそうですが、内観の作業が終わりに近づく頃には、その両親に対して、まったく、わだかまりもなく、今はとても、ありがたい気持ちで一杯だと言っていました。 嘘みたいな話ですね〜〜
また、下記のイラストを見てください。(図2) 何だと、思いますか?
我々の心を描いたイラストです。

一番、内側に小さな 円 があり、その中に、「光」と、書いてありますよね。
これが、内なる光です。いろいろな呼び方がありますが、内なる自分とか、聖なる自分とか、本当の自分とか、ハイヤーセルフとか、仏性とか、神性とか・・・
まあ、呼び方なんて、何でもいいですが、とにかく自分自身の心の奥深くには、神殿があるということらしいですね。
その次ぎの円(潜在意識)ですが、円の中に、たくさんの「お豆」さんが入っていますね。
いえ、いえ、実は、豆(まめ)ではないのですよ。 先程の漏斗は、大豆のおまめ、そして、今度は、心のゴミの塊なんです。本日の内容は、頭の切り替えが必要な事ばかりで・・・ 申し訳ないです。
大阪城の石垣のように、びっしりとゴミが詰まっていて、崩しようにも崩れそうにもありません。この心のゴミが蓄積されている
円 が、世間でいう潜在意識だと思っていただければ幸いです。
そして、一番外側の大きな 円(白色の部分)が、顕在意識です。
あれは、良いことだ、あれは、悪いことだ。と判断したりする。通常、我々は、顕在意識をふる活動させて暮らしていますから、自分自身の心の中に、ゴミがあることなんて、気づきません。もちろん、その更に一歩先には、光の部分があることさえも。
ただし、ゴミの影響を受けているな〜〜 と感じることは可能です。というよりも、迷惑なことだよな〜〜 と思いつつも、日々、その影響を受けてしまっている。と言ってしまった方が良いのかもしれません。
ここにゴミが溜まっていると、ときには、それが体に出たり、ときには、それが性格的なことに出てきたり、ときには、それが精神的なことに出てきたり、ときには、それが経済的なことに出てきたり、・・・と、自分では望んでいない嫌な出来事が、どんどん現象化されてきます。
顕在意識のレベルからすると、私はそんなことを望んだ覚えはまったくない! ということでも、多くの場合、潜在意識のレベルに、そのことが起きてしまう原因が存在しているようですよ。
誰だって、自ら望んで病気になりたいとは思いませんし・・ でも、病気になるには、なるなりの何か原因みたいなものが、潜在意識レベルにあることが多いようです。
必要でないもののことを世間ではゴミと言いますが、ほんとうは必要ではないものを、私たちは、たくさん、たくさん、自らの内に貯めてしまっているようです。
たとえば、3才の時に、母親に叩かれたとします。すでに、20年も過ぎ去った今となっては、そんな過去のことなど、覚えている人も少ないでしょう。
ほとんどの場合、忘れていますよね。 でも、そのとき、そのことによって、とても恐怖を感じたとしたら、そのときの恐怖は、20年経った今となっても、ただ忘れているだけのことで、ご本人さまの潜在意識レベルには、しっかりと刻まれているようです。処理しない限りは何年経っても!
・・・と、このように考えてゆくと、大なり、小なり、誰でも、潜在意識レベルにネガティブな思いや感情を、つまり、心のゴミを溜めてしまうということになります。
我々、一般的には、先のイラストのように、ゴミが石垣状態にびっしりと詰まっていますから、にっちもさっちもゆきません。
ですが、下記イラスト(図3)に矢印が書いてあるように、父、母、父、母と、両親のゴミを一つずつ、取り出したらどうでしょう? 下記イラスト(図3)では、最初に、記述式内観で父のことをやりましたので、父に対する「一つ目のゴミが出た瞬間」を現しています。
この作業(両親のゴミ出し)を継続することで、最終的には、顕在意識と、光とが繋がりました。これが、下記イラスト(図4)です。
潜在意識に穴が空き、顕在意識と光の部分が繋がりましたが、このとき、何が起こると思いますか?
不思議なことに、ただ、ただ、感謝の気持ちが起こようです。
これ以上、私が書くと嘘っぽくなるので、匿名ですが、先日、内観を体験された方から、お便りを頂きましたので、そのまま、ご紹介します。
先日は 内観と 体のほうもみていただき 大変お世話になりました
なんだか すごく報告したくなったのです
今 お風呂に入っていて 洗面器に湯を満たしたものに 手をいれて ぼんやりしていたら急になんだか 味わったことのない 安心感というか あたたかさみたいなものが、こみあげてきました
内観の面接の時に、お腹の辺りに手を あてていただいていたときに近い感覚で 正直あのときよりもさらに安定してました
宇宙を想い すべてつながっているんだ〜みたいな ことが なんか わかるっていうか・・・
言葉でうまくいえないのですが 身体で感じたというんですかね?
同時に もう心が 躍るというか 感謝の気持ちが 自然にわいてきました
言葉にすると なんだか伝えきれないですね
今まで 表面的な感謝しか でてこなかったんですよ、私
でも今回は心からの感謝というか わ〜うれしい ありがとう ありがとうっていう うれしくてたまらない感じでした
というように、この方の場合には、内観にお越しいただいたとき、その場で、そのような心境になられたのでなく、自宅へお帰りになって、2〜3日位してから、それを体験されたそうです。いずれにしても、素晴らしい話です。
個人差はありますが、記述式内観での作業をして頂き、ゴミをかき分け、ゴミをかき分け、潜在意識レベルを深く深く掘り進んでゆくと、最終的には、どなた様でも、彼女のように、必ずや、自らの中心の光と出会えます。
不思議なことに、一度でも中心(光)にまで掘り進んだ(たどり着いた)人は、今まで、大阪城の石垣のように堅く、堅く、固まって、まったく、緩む気配もなかったゴミの石垣が崩れ始めます。
満員電車のように、まったく、身動きもできない状態でしたが、一人でも電車から外へ出てくれれば、次の人が動くゆとりが生まれ・・・
そうなると、次から次へと、順序良く、内側のゴミが自然に外へと出てまいります。その人自身に、自然に、浄化作用が始まるというわけです。
今、こちらで行っている掘り出し作業は、父、母に対して焦点を絞り、自らの中心(光)へ掘り進んでゆきますが、なぜ、父、母をターゲットにすると良いのか、少しはお分かり頂けたでしょうか?
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