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気の学校とは、癒しクリエーション主宰 弥勒氣功研究会が発信する気&波動のメッセージ
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大 循 環

海鮮類の好きな人だったら、お皿にのった伊勢エビを見たら・・
「ワー、おいしそうだ!」 と思うでしょう。

または、焼き芋の好きな人が、ホカホカの湯気のたった焼き芋を見たら・・・
「ワー、おいしそうだ!」 と思うでしょう。

ステーキの好きな人が、牧場の牛を見て、
「ワー、おいしそうだ!」 と思うのかな?

先日、テレビを見ていたら、自宅で飼っている烏骨鶏(?)のある一羽を指さして、これは、おいしいですよ! と言って、すぐにその場で、今まで育ててきたその鳥を絞めて、とり鍋にしてしまった人がいましたが・・・

でも、このようなことが、あまり\例のない話でビックリしました。

余談が多くなりそうで、いつものように脱線しそう!

伊勢エビを見て、おいしそう! と思える人は、健康な人だと思います。
焼き芋を見て、おいしそう! と思える人も、やはり、健康な人だと思います。

食欲があってこそ、人は、健康であり続けることができるのですから、
何でも、おいしく食べられることが出来たら、それは、最高の宝物を天から頂いているに等しいことだと思います。

ひとたび、病気になると、人は、どんなにか、空腹の有り難さを知ることでしょうか?

何を見ても、おいしそうに感じる!
確かに、素晴らしいことだと思います。
しかし、ただ、これだけでは、真の健康には近づけないような気がします。

それは・・・
私たち人が、他の動物と比較されたとき、人類が霊長類と言われる所以になるような話ですが。

人は、他の生き物を意識したときに、そのものの内側に、「命」という神秘性を見いだすことが可能であるという点です。

毎日、食べているお米にしても・・・
今現在、私たちが食べているお米は白米となってしまったので、お米の本来の姿は想像できにくくなってしまいましたが、
春になって、田んぼに植えられれば、秋には立派に穂を実らせ、そして、また、子孫を残せる稲にまで成長することのできる「可能性を秘めた一粒の命」なのです。

お魚だって、そうですね。
一匹のサンマが、あなたの食卓に、載っていたとします。
たぶん、つい、先日までは、海で泳ぎ回っていたはずだと思いますよ。

私たちが口にする物をよく観察してみると・・・
お塩などのミネラル以外は、ぜんぶ、以前は、命として存在していた生き物達だったという事に気づきます。

私たち人は、自らが生きてゆくために、他の命から、生命力を頂いていたんだですね。
生きることって、他の犠牲の上に成り立っているんですね。

そうなると、舟盛りに載ってきた伊勢エビを見て、ただ、単に、おいしそう! とだけは、言っていられなくなります。

ホカホカの湯気の出ている焼きイモを見ても、ただ単に、おいしそう! とばかりは、言っていられなくなりますよね。

まず、食べ物を意識したときに感じて欲しいことは・・・
私のために、いま、目の前にいる「伊勢エビ」さんや、「おイモ」さんや、「お米」さん達に対して、
「本来なら、あなた方も生きることを楽しんでいたかったはずなのに、私のために、命を途中で絶たれ、申し訳ないです」 という申し訳なさではないでしょうか?

謙虚さがなくなると、人は「私に食われて当たり前!」と、なってしまうようです。

伊勢エビさんでも、ブタさんでも、キュウリさんでも、私たちの食材である前に、そのもの自らが大切な命なんだと感じます。

またまた、余談ですが・・・
最近、料理番組が多くテレビでありますが、そこに出演される料理人さんのほとんどの方は、私たちに命を捧げてくれた尊き存在に対して、そのものの命を感じているというよりは、単なる食材の一つとしてしか、そのもの達を見ていないような気がします。

残念ですね。

弱肉強食の社会構造ですから、「私たちに食われて当たり前!」
と言ってしまえば、それまでですが・・・
そのような感覚しか持ち合わせていないと、いつまで経っても、本当の健康は味わえないのかな?

いま、食物となっているものは、すべてと言って良いほどに、以前には、命として存在していた者達ばかりです。そんな大切な命を奪ってまで、私たち人は生きてゆく定めにあるようですから、せめて、食事の時に、自らに与えられた食物(命)に対して・・・

「私の為に、申し訳ないです。ご免なさい!」という気持ちは、決して、生活の邪魔にはならないように思います。

そして、その次ぎのこととして・・・
申し訳ないとは思うけれど、その命を頂かなければ、私たちは生きては行けない。
これも、事実なのですから・・・

もし仮に、私は、他の命を犠牲にしてまでも、自分が生きてゆきたくはない! ということであれば、それは、それで、結構な話ではありますが、まず、そうとは言っていられませんので、他の命を頂くことになるのですが。

その時、「私のために、命を捧げてくれてありがとう」という感謝の気持ちは、持ち合わせていた方がいいのなか。

もし仮に、いきなり、このような気持ちになれなくても、それは、それで・・・ あくまで、「練習!」ですからね。嘘でもいいから、毎食後に、このようなことに意識を向けてみるわけですよ。いつも、やっていると、段々に、ありがたいような気がしてくるかもしれませんしね。

それで、ありがとう。という気持ちになったとして、次ぎには何が待っているだろうかね〜〜 ということになりますが、

小さい魚は、それより少しだけ大きな魚の餌となり、その少し大きな魚は、更に大きな魚の餌となり・・そして、その大きな魚は、更に、更に、大きな魚の餌となり・・(食物連鎖)

そして、私たちは、寿司屋さんに言って、「トロ、一丁」と言って、食を楽しむわけですが・・・マグロを食べた私たち人間は、誰のエサになったらいいのでしょうか? え〜〜 ライオンさんの? え〜〜

この私まで引き継がれてきた循環(食物連鎖)は、私の処で断ち切れてしまうことにもなりかねませんが・・・誰かのエサとしては、自らの命を提供できないとしても、今の自分に出来ることがあれば、何か、お役に立ちたいな〜 という気持ちになれたらいいですよね。

実際、循環の流れに乗っていると、そういう思いが自然にやってくるらしいですよ?



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