kig_kokuban1.gif

NO.50 チベット医学

本棚を整理していたら、たまたま、面白い内容を見つけました。
20代の頃から、ズ~~と、私がそう感じてきたことでもあり、以前、気の学校にて、NO.29病気の原因というタイトルでも、それらしきことをご紹介しましたが、再び、似たようなことですが、ご紹介します。

その本とは、「チベット医学 地湧社 イェシェー ドゥンデン著 三浦潤子訳」です。本の内容を引用しますと、22ページに、「過去の心がまえや、煩悩が病の源であり、究極的にはこうした心のあり方が種々の病を引き起こすわけですから・・・」と書いてあります。

過去の心がまえや、煩悩が病の源ですか?

そして、著者は、数ある煩悩の中でも、「貪り」「怒り」「無知」の3つを重要視しているようですが、これら3つの煩悩が、「無明」から、生じると言っています。

無明とは、諸存在の真のあり方や、一切の事象の本質を正しく認識できない心の状態のことをいうそうです。

ブッタが教えた瞑想の中で、以前、この場でもご紹介しました気づきの瞑想は、この無明を取り払うことのできる瞑想と言われています。本日は、そのことが申し上げたくて、書いているのではないので、その内容については、後日に、また、機会があればと思います。

私が、注目した内容ですが、この本の中で、著者は、病気の原因を4つに分類しています。
(1)過去世のカルマ(行為)に起因する病
(2)今生のカルマに起因する病
(3)鬼神による病
(4)表面的な病

簡単にですが、説明しますと、(4)の表面的な病については、正しい食事をして、正しい生活をしていれば自然に治る病気ということらしいです。

それに対して、(3)の鬼神による病とは、釈尊によると、「目には見えなくても、人に害を与える存在がある」と、説かれております。

本によると、鬼神による病は、薬の治療を長期間続けても、いっこうに効き目がなく、患者は苦しみ続けるそうです。それは病の背後に鬼神の存在があるからで、外面的な治療ではなく、仏教的な手段で障りとなっている鬼神を折伏(しゃくぶく)しない限り、患者が病から解放することはない。という事らしいです。

祟っている鬼神を払いさえすれば、病は治ります。という事らしいですね。私個人の感想ですが、この(3)については、今までの私の経験からすると、あまり大げさに騒ぎ立てるようなものではなく、もし、そのような障りがあるとしても、それを対処することさえ出来れば、心配には及びません。

先日、ある方から相談を頂きました。その女性は、一年位前から激しい頭痛がして、何をやっても痛みが治まらず、心配なので病院で精密検査をしても別に異常が見つからない。ということでした。

お電話を頂いたので、電話が繋がっている状態の中で、それらしきことをしてあげましたところ(私の場合、遠隔気功は電話を切って受けて頂いてますが) 本人曰く、「やっていただいている間に、頭から何かが、サ~~~と抜けていったような気がしました」と言うことで、その後は原因不明の頭痛は消えたとのことでした。ありがとうございます。です。

私は霊能者ではありませんから、(3)については、本業ではありませんが、ただ、ヒーリング(氣功施術)を仕事としてやっていると、(3)ではないだろうか? と思える場面にときどき出会ったりもします。いかにも(3)は非科学的な解釈ではありますが、しかし、私個人は、それに対して否定できないものを感じています。

(1)についてですが、こちらについては、とても、とても、深刻なことであります。

再び、本の内容を引用しますと、「この種の病は、過去世の悪行に起因しています。過去世で行った悪行の因が、今生において熟し、病という形で現れ出た場合、非常に重い、致命的な病になりがちです。チベットでは、この種の病にかかった人々は、しばしば世俗を捨てて修行生活に専念します。しかし、過去世で犯した重罪の「果」であるこの種の病を乗り越えられる人はわずかです」と、がっかりするようなことが書いてありました。

また、26ページでは、癌という病気を例えに、4つの分類が更に詳しく説明されております。また、また、引用しますと・・・

「この観点から言うと、不適切な食事と生活態度によって引き起こされた表面的な病としての癌があります。このような癌は、適切な食事と生活態度を取り戻せば自ずと治癒します。ーーー(4)

次に、今生のカルマに起因する病であり、治療を施せば治るが、放置しておけば死に至るタイプの癌があります。ーーー(2)

また、「鬼神の障り」によって生じた癌は治療はきわめて難しく、お祓いをしなければ死に至ることもあります。ーーー(3)

また、過去世で犯した悪しきカルマに起因する癌もあります。どんな医者でも最後のタイプの癌は治すことはできません。」と、これまた、厳しすぎることが書いてあります。ーーー(1)

私も今まで、この本に書いてあることと同じようなことを感じてきましたので、「へ~~~ 同じようなことを感じている人がいたんだな~~」と思い、ビックリした次第ですが、もしも自分が、原因の深い病と出会ってしまったら、「どうしたらよいのだろう?」と、あわててしまいますよね。

実は、私は長年、このようなことを密かに研究してきました。
如何にして、自らのカルマを解きほぐすかということについてです。
自から申し上げるのもなんですが、私自身は、この世の中に生まれたときから、想像を絶する重いカルマを背負ってきたと感じました。ですので、今生で、これまでの人生、ほとんどの時間を、そのカルマ修正の為に使ってしまったようです。

今、思えば、自らのカルマに翻弄され、回り道の連続でしたから。これも、すべて、自らが過去に撒いたカルマの結果だと思えるので、誰を恨むようなことはありませんでしたが、貴重な体験をさせて頂きました。

そのような人生を送ったお陰とでも言いましょうか、一つだけ、大いに意義ありと感じることができるのは、そのような人生を天が私に与えてくらからこそ、私自身は、もちろん、自分自身のことを含め、人様のカルマを軌道修正するというノウハウを、この現実の世の中から、學び得ることが出来たように思います。

もし仮に、今現在のご病気の方がいて、その方の状況が(1)が原因だとすると、確かに、この本が言うように、改善はなかなか厳しいようにも思いますが、それでも、その方ご自身の今後も取り組み様によっては、光明を得ることも可能だと思えます。

捨てる神あれば、拾う神あり ですね。
確かに(1)の原因が、病を引き寄せていたという場合、正直に申し上げて、治癒されるのはなかなか大変なことかと思います。
「病気になってしまいました。どうぞ、治して下さいませ!」と、ただ、ただ、他人さまに依存していただけでは治らないかもしれません。自ら進んで、何かをしなければ・・・ということなのかもしれません。

エッ、自分にあった健康食品でも探しますか?
それとも、どこかに、名医を捜しますか?

それも一理あるかとは思いますが、もし、この本が語っていることが本当だとすると、善行を積むことが最優先されるということでした。この気の学校の中にも、徳を積む方法等が紹介されると思いますので、興味ある内容にぶつかりましたら、ご自分なりに、ぜひ、実践してみて頂くと宜しいのではと思います。

(3)の鬼神に・・・の場合に戻りますが、お祓いをしてもらえば、一応、一段落はつくでしょうが、その人自身にそのようなものを引き寄せてしまう要因があると、祓っても、祓っても、また別なものが憑いてしまうことがあるようですから、更に対策が必要となります。

(1)と(3)は、ある意味、似ていますので、どちらも、同じ要領で対処可能です。

チベットの医学では、人が病気をするということに対して、単に肉体のトラブルとは考えずに、ときには心の問題との因果関係や、過去世という時間的な繋がりも考慮しているようですね。現代の医療とはちょっぴり変わった視点を持っており、これもまた面白い世界です。