内観体験談 NO.1〜100

 
NO.100
関西での集中内観に参加させて頂いて本当にありがとうございました。
今回の内観で御一緒させて頂いたみなさま、ありがとうございました。
 
今回4回目の内観を体験させて頂きましたが、内観の素晴らしさのお陰で、今回も色々な事に気づかせて頂きました。
本当にありがとうございます。
 
今の気持ちを言葉で表すのは、非常に難しいのですが、先日、ホームページでも御紹介がありました言葉、心のウロコがはがれると言う言葉が今の私の気持ちにぴったりで、内観の度に、心のウロコが1枚ずつはがれて行くようで、今とても新鮮な気持ちで過ごしています。
 
今回の内観が終わってから、なんだか肩の力がすぅーっと抜けて心がほんわかとしていて、ふにゃっとしてとても穏やかで、ふにゃっとした表情で、笑っている自分に驚いています。
 
今回の内観で自分についての内観をさせて頂きました。前回までの3度の内観を終えて、ずいぶんと楽に生きられる様になったものの、日々の生活に追われ
会社でのあまりにも負担の大きさに、自分の限界を感じて、今回の内観直前まで、泣きながらアオエレ瞑想を続けていました。
いくら辛くても、この職場を辞めてしまえば、収入もなくなり娘を食べさせる事も出来なくなってしまうと言う不安から私が、頑張らないと、私が頑張らないと…。と自分に言い聞かせ、頑張れば頑張るほど、ストレスと苛立ちがどんどん大きくなり、大好きな娘の笑顔を早く見たくて、仕事を急いで終わらせて帰るのだけど、いざ帰って娘の顔を見ると、イライラして娘に当り散らしてしまったりで、私が娘の笑顔をどんどん曇らせる日々を送り、娘の寝顔を見ては、 ごめんね とただ涙を流す事を繰り返していました。
 
1日目の内観で娘に対してごめんね。ごめんね。と書きつづけていた時に、先生から面接をして頂き、今の状況を説明すると会社での苛立ちをそのままスイッチを切りかえられずに家に帰っているからそのようになるのであれば、会社のことに対するゴミを書き出してみたらとアドバイスを頂きました。その後、岩出さんに丹田を整えて頂きましたがおへその辺りから温かい物がぱぁーっと広がり、涙がぼろぼろ出てきて、その後すごく気持ちが落ち着いて、また書き出しの席に戻りました。
 
今の会社に入社してから4年半、毎日、毎日、1日中、私の真後ろから社長の怒鳴り声が、がんがん響き渡り、自分が怒鳴られているわけではないのに、気分が悪くなり、何とも言えない、苛立ちで1日中イライラ、イライラして、いつも朝から晩まで怒鳴られている、私の上司は、私の後ろで1日中溜息をついてばかりで、それなのにまったく何も対処しないで、毎日同じ失敗を繰り返して挙句の果てには、いつも私に上司の失敗した仕事が回され、どんどん私の仕事の責任が重くなって…。
 
当の本人は社長の怒鳴り声も左の耳から右の耳へ自分の失敗が他人に回されても知らん顔でヘラヘラしています。
今まで積もりに積もった、ネガティブな感情が次々と浮かび、ガリガリと勢い良く書き出し続け1日目の終了間際まで書き続けていましたが、ぴたりと手が止まり、会社の事、社長の事、上司の事と考えても何も浮かばなくて、あれれっ。気分もスッキリしていました。その時に、何で今まで私はこんなに悩んでいたんだろう。
 
自分が怒られているわけでもないのに、こんなに切羽詰った感情で過ごしていたんだろう。という疑問が浮かび長年、私を苦しめてきた、?自分の癖?が分かりました。
 
幼い頃から家族間でなにか問題が起こると、いつもなぜか私のせいにされて責められていました。自営業で、毎晩遅くまで忙しかった母は、私の話を聞く暇もなく「あんたが悪い」「あんたのせい」たった一言で片付けられていました。
いつのまにか、何か問題が起こる度に自分で自分を責め私がいるからいけないんだ!私が生きているから…。と自分で自分の存在を否定し続けてしまい、いつのまにか他人の事までも自分のせいと思い込み苦しんでいたようです。そのことにやっと気づけて、良かったです。自分で自分を苦しめている事にも、気がつかなかったんですね。
 
2日目、今までの事で思い浮かぶ、さまざまなネガティブな感情を書き出していたら、もう関係ない、忘れたいと思っていた、大きなゴミにぶち当たり思い出したくもない…。と一瞬考えてしまいましたがお任せして、ただ書き出せばいいと言う事を思い出してそのゴミを書き出していましたら、何だかとても穏やかで温かくて気持ちの良い物が…。
 
それはずっと心の奥に大事にしまっていた、大切な大切な言葉でした。その言葉が心の奥にあったお陰で今まで頑張って来れたんだと思う反面ただの私の執着かもしれない…。ここで、書き出してこの言葉ともさよならしなければならないのだろうかと思うと涙が次から次へと溢れて止まらず、どうしたら良いものかと思っていた時に、丁度先生から面接に読んで頂き、小野先生に今の状況説明すると大切な想いは無理に捨てる必要はないよ。自分の本音はどうなの?自分の本音を誰が認めてくれなくても、自分が分かってあげなくてどうする? 自分の本音を書き出してみたら?とアドバイスを頂きました。
 
その時、自分の本音なんて…。ちゃんと分かってます。と言いかけて本当に驚いたのですが、自分の本音を話そうとしても本音が分からず、建前を並べるだけ、並べて自分でも訳の分からない事を言っていました。
丹田を整えて頂き、気持ちが落ち着いて席に戻り自分の本音に意識を向けてみました。もう涙が止まらず、書き出しの紙がヨレヨレになって目にワイパーを付けて欲しいくらいの涙が溢れて、私の本音ってこんなにも素直で純粋な気持ちだったんだ。
ほんわかとして温かかったのは、大切に心にしまっておいた言葉だけじゃあなくて、私の本音だったんだ。
いつもいつも心の奥深くに追いやられて耳を傾けるどころか常識や建前でがんじがらめになって、苦しんでいたのが良ーく分かりました。
 
自分の本音は自分だけは認めてあげる。自分には正直でいいんだぁーと言うこと、これからもありがとうござます。をいっぱいいっぱい言って自分のいろいろな癖が消えて、もっともっと楽に楽しく素直な自分になって、昨日よりも今日、1分でも長く笑顔で過ごせたら良いなーって思いました。
今回の内観で自分の本音に出逢えた事。バンザーイ♪です。
 
内観から帰って、またまたびっくり!!
社長が会社全体が、とーっても穏やかで怒鳴り声がしないんです。笑。内観ってほんとうに素晴らしいです。
今回の関西での集中内観に参加させて頂いて本当に良かったです。
 
NO.99
内観ではお世話になりました。今回1日だけの参加でした。前回の続きで「ゴミだし」をさせて頂きました。前回は大きく変化がでましたが、今回は大きく変化はないように思っていました。
 
しかし3日前、娘とのトラブルの後、布団をといれていた所私はケガをし現在、松葉杖状態です。
 
足を9針縫って安静状態ですが心は穏やかです。
というのも私は家族から「スーパーロボット」と
思われてるのでは!?と思うほど
「大忙し」で仕事・家事の負担も「大」でした。
 
しかし安静で動けないので家族が協力して動いてくれています。
 
家族も私の「日頃の大変さ」を感じてくれ、私も「家族の優しさ」を感じられ、結果「みんながいろんな気付き」があったように思います。これも「ゴミだし」のお蔭様でしょうか~。ありがとうございます。足は不便ですが、家族のチームワークの
調整が行われたように思います。
 
NO.98
私は小さな頃から、体が弱かった為、母と一心同体の様なところがありました。又、両親が不仲で、いつも父に対する愚痴を母に聞かされ育ちました。結婚しても、私は母に頼られ、離婚して一人になってしまった母を守らなくちゃ、と思ってきました。自分の気持ちより、母の気持ちを優先させて行動してきた事に気付き、内観を受けたいと思い、初めて参加させて頂きました。
 
内観を始めてから終わるまで、言葉が尽きる事がありませんでした。後半は忘れていた嫌な出来事が、次から次へと思い出されました。父と母に対して、仲良くして欲しかった、という思いが強く、母に対する不満を書くと父への不満も思い出されました。
 
内観中、気になる事があり、でも、筆は止まらず、ずっーと書いている状態で二つの事が同時進行している感じでした。そのせいか、帰宅すると、どっと疲れが出てしまいました。
 
体調も良くなってきた頃、あることをきっかけに、主人が心を開いて、いつもはしたがらない話をしてくれました。今まで、彼に対して「何で?」と、不思議に思ってきた事が、すべてわかった気がしました。内観中、私が感じていた事は、より主人を理解する為に、起きたことなのだと思いました。
 
母は具合の悪い私を心配して、毎日電話をかけてきてくれました。繋がりの深さにしみじみとしてしまいました。私を頼ってる、と思う事がありましたが、母にしか出来ないのだと言う事ができました。
 
自分の思う方向とは違う方向へといってしまい、戸惑いましたが解決されるべき問題から、解決されたのかもしれません。
 
NO.97
今回4回目の内観を体験させて頂きましたが内観の素晴らしさのお陰で、今回も色々な事に気づかせて頂きました。本当にありがとうございます。
 
今の気持ちを言葉で表すのは、非常に難しいのですが、先日、ホームページでも御紹介がありました言葉、心のウロコがはがれると言う言葉が今の私の気持ちにぴったりで、内観の度に、心のウロコが1枚ずつはがれて行くようで、今とても新鮮な気持ちで過ごしています。
 
今回の内観が終わってから、なんだか肩の力がすぅーっと抜けて心がほんわかとしていて、ふにゃっとしてとても穏やかで、ふにゃっとした表情で、笑っている自分に驚いています。
 
今回の内観で自分についての内観をさせて頂きました。前回までの3度の内観を終えて、ずいぶんと楽に生きられる様になったものの、日々の生活に追われ会社でのあまりにも負担の大きさに、自分の限界を感じて、今回の内観直前まで、泣きながらアオエレ瞑想を続けていました。
 
いくら辛くても、この職場を辞めてしまえば、収入もなくなり娘を食べさせる事も出来なくなってしまうと言う不安から私が、頑張らないと、私が頑張らないと…。と自分に言い聞かせ頑張れば頑張るほど、ストレスと苛立ちがどんどん大きくなり大好きな娘の笑顔を早く見たくて、仕事を急いで終わらせて帰るのだけどいざ帰って娘の顔を見ると、イライラして娘に当り散らしてしまったりで私が娘の笑顔をどんどん曇らせる日々を送り、娘の寝顔を見ては、 ごめんね とただ涙を流す事を繰り返していました。
 
1日目の内観で娘に対してごめんね。ごめんね。と書きつづけていた時に、小野先生から面接をして頂き、今の状況を説明すると会社での苛立ちをそのままスイッチを切りかえられずに家に帰っているからそのようになるのであれば、会社のことに対するゴミを書き出してみたらとアドバイスを頂きました。
 
その後、岩出さんに丹田を整えて頂きましたが、おへその辺りから温かい物がぱぁーっと広がり涙がぼろぼろ出てきて、その後すごく気持ちが落ち着いてまた書き出しの席に戻りました。
 
今の会社に入社してから4年半、毎日、毎日、1日中私の真後ろから社長の怒鳴り声が、がんがん響き渡り自分が怒鳴られているわけではないのに、気分が悪くなり何とも言えない、苛立ちで1日中イライラ、イライラしていつも朝から晩まで怒鳴られている、私の上司は私の後ろで1日中溜息をついてばかりで、それなのにまったく何も対処しないで、毎日同じ失敗を繰り返して挙句の果てには、いつも私に上司の失敗した仕事が回され、どんどん私の仕事の責任が重くなって…。
 
当の本人は社長の怒鳴り声も左の耳から右の耳へ自分の失敗が他人に回されても知らん顔でヘラヘラしています。今まで積もりに積もった、ネガティブな感情が次々と浮かび、ガリガリと勢い良く書き出し続け1日目の終了間際まで書き続けていましたが、ぴたりと手が止まり、会社の事、社長の事、上司の事と考えても何も浮かばなくて、あれれっ。気分もスッキリしていました。その時に、何で今まで私はこんなに悩んでいたんだろう。
 
自分が怒られているわけでもないのに、こんなに切羽詰った感情で過ごしていたんだろう。という疑問が浮かび長年、私を苦しめてきた、?自分の癖?が分かりました。幼い頃から家族間でなにか問題が起こると、いつもなぜか私のせいにされて責められていました。自営業で、毎晩遅くまで忙しかった母は、私の話を聞く暇もなく「あんたが悪い」「あんたのせい」たった一言で片付けられていました。
 
いつのまにか、何か問題が起こる度に自分で自分を責め私がいるからいけないんだ!私が生きているから…。と自分で自分の存在を否定し続けてしまい、いつのまにか他人の事までも自分のせいと思い込み苦しんでいたようです。そのことにやっと気づけて、良かったです。自分で自分を苦しめている事にも、気がつかなかったんですね。
 
2日目、今までの事で思い浮かぶ、さまざまなネガティブな感情を書き出していたら、もう関係ない、忘れたいと思っていた、大きなゴミにぶち当たり思い出したくもない…。と一瞬考えてしまいましたがお任せして、ただ書き出せばいいと言う事を思い出してそのゴミを書き出していましたら、何だかとても穏やかで温かくて気持ちの良い物が…。
 
それはずっと心の奥に大事にしまっていた、大切な大切な言葉でした。その言葉が心の奥にあったお陰で今まで頑張って来れたんだと思う反面、ただの私の執着かもしれない…。
ここで、書き出してこの言葉ともさよならしなければならないのだろうかと思うと涙が次から次へと溢れて止まらず、
どうしたら良いものかと思っていた時に、丁度小野先生から面接に読んで頂き、小野先生に今の状況説明すると大切な想いは無理に捨てる必要はないよ。自分の本音はどうなの? 自分の本音を誰が認めてくれなくても、自分が分かってあげなくてどうする? 自分の本音を書き出してみたら?とアドバイスを頂きました。
 
その時、自分の本音なんて…。ちゃんと分かってます。と言いかけて本当に驚いたのですが、自分の本音を話そうとしても本音が分からず、建前を並べるだけ、並べて自分でも訳の分からない事を言っていました。
丹田を整えて頂き、気持ちが落ち着いて席に戻り自分の本音に意識を向けてみました。もう涙が止まらず、書き出しの紙がヨレヨレになって目にワイパーを付けて欲しいくらいの涙が溢れて、私の本音ってこんなにも素直で純粋な気持ちだったんだ。ほんわかとして温かかったのは、大切に心にしまっておいた言葉だけじゃあなくて、私の本音だったんだ。
いつもいつも心の奥深くに追いやられて耳を傾けるどころか常識や建前でがんじがらめになって、苦しんでいたのが良ーく分かりました。
 
自分の本音は自分だけは認めてあげる。自分には正直でいいんだぁーと言うこと、これからもありがとうござます。をいっぱいいっぱい言って自分のいろいろな癖が消えて、もっともっと楽に楽しく素直な自分になって、昨日よりも今日、1分でも長く笑顔で過ごせたら良いなーって思いました。今回の内観で自分の本音に出逢えた事。バンザーイ♪です。
 
内観から帰って、またまたびっくり!!社長が会社全体が、とーっても穏やかで怒鳴り声がしないんです。笑。内観ってほんとうに素晴らしいです。今回の関西での集中内観に参加させて頂いて本当に良かったです。
 
NO.96
内観ではお世話になりました。
今回1日だけの参加でした。前回の続きで「ゴミだし」をさせて頂きました。前回は大きく変化がでましたが、今回は大きく変化はないように思っていました。
 
しかし3日前、娘とのトラブルの後、布団をといれていた所、私はケガをし現在、松葉杖状態です。足を9針縫って安静状態ですが心は穏やかです。というのも私は家族から「スーパーロボット」と思われてるのでは!?と思うほど「大忙し」で仕事・家事の負担も「大」でした。しかし安静で動けないので家族が協力して動いてくれています。
 
家族も私の「日頃の大変さ」を感じてくれ、私も「家族の優しさ」を感じられ、結果「みんながいろんな気付き」があったように思います。これも「ゴミだし」のお蔭様でしょうか~。ありがとうございます。足は不便ですが、家族のチームワークの調整が行われたように思います。どうもありがとうございました。
 
NO.95
今回初めて内観を受けましたが、私は中学校に入ったあたりから父親をうっとうしいと感じるようになり、どんどん父親と距離を置くようになっていきました。だけど、そのうっとうしいと感じる理由というのがはっきりわからないまま現在に至って、父親との関係も何だかぎこちないままで、このままじゃいけないと思い内観を受けてみることにしました。
 
二日間の内観で父親のゴミだしをやりましたが、私がなぜ父親と距離を置くようになっていったかという事が分かったような気がしました。
 
それは私には1歳年上の姉がいますが、その姉は私とは違って勉強も運動もできて、私は小さい頃から劣等感を強く感じていました。そんな姉をすごく可愛がる父親が嫌いでした。
 
それで自分は愛されていないと日頃から感じていたのです。そして父親を困らせようとして、話しかけられても無視したり、イライラする事があったら父親にぶつけたりするようになりました。今まで、そんなマイナスの事にエネルギーを使ってきたので病気がなかなか良くならないのだと、ゴミだしの最中に気ずきました。
 
内観を終えて家に帰ってから、父親と話をすることがありましたが、今まで話しかけられても、冷静に聞くことが出来なかった私ですが、イライラせずに話を聞くことが出来たので正直びっくりしましたし、同時にうれしく感じました。
 
今回の内観では自分自身と向き合うことができ、大変貴重な経験が出来たと思います。まだゴミは出てくると思いますが、瞑想をしてさらなる浄化に励みたいと思います。小野先生には本当に感謝しています。ありがとうございます。
 
NO.94
今回、私は前回に引き続き母に対して内観を行いました。前回あんなに母の悪口を書きまくったのに、出てくるだろうか少し心配もありました。けれど、実際に始めてみたらどんどん思いが湧いてきました。2度目の面接で、(いろんな種類のゴミを出す
ことより)自分にとって気になることを掘り下げていった方が良いのでは、とのアドバイスを頂きました。
 
ゴミを出していくうち、あるひとつの出来事に非常にこだわっていることに気づきました。それまでは数々あった腹の立つ出来事の中のひとつ、と受けとめていました。非常に生々しいことで恐縮ですが、母は私に生理がきて大人になっていくことに対して、喜ばしい感情を持っていなかったふしがありました。
 
そのことと関係あるのか、単なるうっかりだったのか、生理用品を用意してもらってないことが度々ありました。そのようなことは、お母さんのおられない方や自分で用意するのが当たり前と考えていらっしゃる方からすれば、大したことではないかも知
れません。ただ、その時はとても困ったし、悲しくて、何度か買ってきて欲しいと頼んだ記憶もありますが、自分で買いに行ったことも多かったように思います。母自身が必要な時には用意してあったくせに、どうしてなんだ、許せないという思いが湧き
出してきました。
 
翌日のゴミ出しでは、「許せない」という気持ちを持った自分は、暗く冷たくジメジメとした洞窟で、寂しくて、悲しくて、惨めな気持ちで過ごしているような、孤独の中にいるのだと感じました。本当は許して楽になりたいのだけど、母には様々な場面
で裏切られたという思いがあり信用できないから許せない、もう傷つきたくないから許せない、許してしまったら私の大事なエゴが死んでしまうから許せない、という言葉が出てきました。
 
そして「許せない」「許せない」と書き出していくうち、私はその出来事に怒っている訳ではなく、出来事以前に私の中にとても大きな恨みの感情が存在しているのではと感じ始めました。面接でそのことをお話しすると先生はヒーリングをして下さいました。
 
席に戻ってみると何故だか涙があふれてきて「ありがとうございます」、しばらくして「復讐は終わりました」「お疲れさまでした」という言葉が出てきました。ひとつ、仕事をやり終えてほっとしたような、充実感と安心感がありました。母に対して恨みを抱きながら、私も冷たくつれない態度で接したり、心配させるようなことをしてきたことが、私の復讐だったのだと思いました。
 
黄色い紙にたくさん書き出しをした後、他にもないだろうかとゴミ探しをしていたら、その日最後の面接で先生より「細かいゴミは探したらキリがないので、もういいんですよ。あとは感謝の言葉を書いて下さい」、そしていろいろとお話しをして頂き、ようやく自分の状況が把握できてきました。
 
・ 私には、自分が不幸になっても構わないから相手も不幸に陥れてやるという大きな恨みの感情があったこと、それが恨みを覚えるような出来事を引き寄せていたこと。「人を呪わば穴二つ」ということわざがありますが、私にとってそれは戒めではなく、慰めの言葉だと長い間感じていたことを思い出しました。
 
・ 一般的に、何か不幸な出来事が起こったせいで、恨みや憎しみを感じるのだと信じられているけれど、それは逆であること。まず自分の中に恨みや憎しみが存在しており、だからそれらを感じさせるような出来事が起こるということ。そして、そのような時には、それらを教えて頂いた出来事や人に対して感謝できれば新たな恨みや憎しみを作り出すことはない。
 
・ 母は(長い時間をかけて、様々な場面で)私の大きな恨みの感情を少しずつ感じさせてくれていたこと。もし、愛情豊かな家庭に育っていたら、極端な形でそれを体験する可能性もあったこと。
 
・ そして、それは母にしかできないことで、(本人が認識しているかどうかは別として)それこそが母の私に対する最大の愛情であったこと。私は驚きの気持ちでただただ「はぁぁぁー!!!」と繰り返すのみでした。けれど、席に戻ってみると、ようやく先生のお言葉がすーっと心に浸透してきて、ありがたくてありがたくて涙があふれてきました。
 
ここに自分を導いてくれたすべての人や出来事に対して感謝の気持ちで一杯になり、母に対しても(どのような過去があったにせよ)「産んでくれてありがとう」「今ここに存在していることが、うれしく、楽しく、本当に幸せです」と心から思いました。そんなことは今まで一度も思ったことはなく、自分でもとてもびっくりしました。面接の中で先生から頂いた「これからは、恨み(の感情に縛られて生きるの)ではなく新しい人生を生きて下さい」とのお言葉が胸にせまってきました。
 
内観を終えて一週間たちました。今は、心が軽くなり穏やかな気持ちで過ごしています。日常生活で不愉快な出来事が起こった時、まずありがとうございますと唱え、これは私の中のどんな思いを現して下さっているのだろうと考えるようになりました。
「ありがとうございます」も以前よりはありがたいなあと感じながら唱えているように思います。母にはまだ会っていませんが、たとえいやみを言われても愚痴を聞かされても「ありがとうございます」と受けとめられるような気がします。私を内観へと導いてくださった全てに感謝します。
 
NO.93
6月の内観が終わり、私の周りのゴミ出しが、たくさんありました。
先日、報告しました、愛犬チビタの大手術よりの生還、そして母との関係が、とてもよくなりました。
あんなに、どなりあったり、いらいらしていたのになにもないのです。逆に年老いた母がかわいく感じ、なんか感謝の気持ちがわいてきて嬉しくなってくるのです。いままで、いらいらしたり、どなってみたり、すごく損をしていた気分です。
 
もともと、母の影響が強いので、今回とてもおおきなゴミがでたと思いますが、会場では、ポカポカしてきて感謝の紙に書く事ばかりでおどろきました。
 
そして、しばらくして涙がでてきて思った事は、今まで踏み切れずいた彼の事がいっぱい浮かんできて、とても彼に会いたくなり私は、彼と一緒にいたい、彼と結婚したいと私の中で、叫んでいるのが聞こえました。自分で決める事ができました、やっと母から卒業できたようです。こんな事まで影響があったのにはまた驚きでした。
 
彼は今は地方にいるので、早速会いにいくつもりです。この1年半、すれちがっていたのは、私自信にあった事が、よくわかりました。 ありがとうございますを心で唱えながら明日、出発します。先生、いつも有難うございます。ありがとうパワーを感じてます。 
 
NO.92
内観が終わってから3日経ちますが、ちょっとした気持ちの変化がありました♪
 
実は今日、友人と話している時、話題が私の車の運転の話になり、ちょっと嫌な指摘をされちゃったんです。
そんな時、今までなら腹を立てて一日中彼女のことを恨んでいたのでしょうが、今日は恨むどころかズバッと言われたことが逆に嬉しくて、感謝の気持ちさえ湧いてきました。
 
きのうも、別の人に、”あなたは本当にのんびりしてるわね~” と言われて、” そうなんです。の~んびりなんです~” なんて納得して言ってる自分がいました。不思議です。今まで ” のんびり ” は自分の欠点だと思ってたのでそういうふうに言われるのが嫌だったんですが、それが、個性だと思えるようになったんですね。
 
どうも私は、いろんなことが真から解ってくるのも、内観の最中よりは、内観後に ”の~んびり” とでてくるのタイプのようです^^。
 
今回2回目の内観で、私は父のゴミ出しをしました。1日目、父に対してゴミを出しているはずが、父の欠点と自分の嫌な部分が重なってしまい、なんだか自分のゴミだしになってきてしまいました。
その事を先生にお話すると、”今はそういう方向に向かっているので、とりあえずお父さんのことは置いておいて、出てくるものを書き出して”とアドバイスをいただきました。そして、その日はひたすらその部分を書き出して終わりました。
 
2日目の朝、内観を始める前の先生のお話で、”あれこれとゴミを書き出すよりは、何か一点こだわりのある部分に焦点を当てて書き出した方がいいですよ。”とお話がありました。
 
それで私も自分の一番気になる部分を書き出していました。すると面接の時、”ちょっと方向を変えて、お父さんといる時どういう気分になるか書き出してみたら何か出てくるかもしれないよ”とのことだったので、私は父といるあらゆる場面を思い出してみました。
私は、父のことを軽蔑しているところがあり、また、いっしょにいる時どう接していいかわからず、いつも居心地の悪さを感じていました。
 
どんどん昔に遡っていくと、私が幼かった頃のことがよみがえってきました。
そこには、父が大好きで、側にいるのが楽しくて仕方ないという自分がいました。
でも、ある時期(たぶん小学校低学年頃)から家の中が険悪になりはじめ、母、祖母(母の実母)と、父との仲が悪く、家の中で父はいつも悪者でした。
 
私は、その頃から、父と仲良くすると母や祖母に嫌われるのではないかという恐怖から、父に近づかないようになっていったのです。私は、そんなゆがんだ考えを自分に植え付けてしまったのです。そして、母や祖母が父を悪く言っているのを聞いているうちに、いつしか私も母や祖母の視点で、父のことをみるようになっていたのでした。でも、それは私のものではなかったことに気がつきました。本当の自分は、幼いとき父を慕っていた私で、本当は父にたいして何も恨みなどなかったのです。
 
それがわかると、今までの私の父に対しての思いや態度が申し訳無く、ごめんなさい、ごめんなさいと謝り続けました。なんだかとても大きなゴミが出た気がしました。感謝で一杯!とまではいかないけど、素直に”お父さんありがとう”という気になれました。残念ながら父はもうすでに亡くなっているのですが、私の気持ち、あちらの世界の父にもきっと届いたと信じています。
 
小野先生、いつもためになるお話をしてくださりありがとうございます。そして、私のトンチンカンな質問にも毎回ていねいに答えてくださり、本当にありがとうございます。
 


NO.91
先日は東京一日内観でお世話になりました。
午前中ノートに母に対する怒りを書きなぐり、すっきりとしてしまいました。
もう長年戦ってきて、私の中ですでに諦めのようなものが生まれていて、これ以上はでてこない感覚になりました。
感謝の言葉も出る事はでるのですが、諦めの混じったものでした。
それでも、思い切り汚い言葉で文句を吐き出せたので、一種の爽快感と前向きな気持ちが生まれていました。
 
ここで終ってもいいと思っていたところ。。。。
 
小野先生に呼ばれ、アドバイスを受けました。
自分が感じている素直な感覚を書く。。。というアドバイスでした。
そこから出てきた言葉をずっと書き続けました。同じ言葉を何度も何度も。。。。
そうして、時間切れとなってしまいました。
午前中の爽快感はどこへやら、自分の書いた言葉から連想される嫌な気分に浸りきったまま終る事になり、それを、払拭するために帰り道歩き回りました。。。。
 
一日では出し切れなかったのか、まだまだゴミが山のように溜まっているのか、自分でもわかりません。
多分たくさんあるのでしょう。
午前中の爽快感は、なんだったのかな。。。。。とも思います。
翌日、足の裏がぞわぞわして邪気がたくさん出て行った感覚がありました。
ということで、残念ながら、大きな変化は感じられていません。
今後も無限の詩やありがとう貯金をしながら様子をみたいと思います。
 
ボランティアの皆様にも大変お世話になりありがとうございました。
毎回のことですが、場の雰囲気が静かで気負いがなくリラックスして参加できるのでうれしく思います。
どうもありがとうございました。
 
コメント⇒小野
 
一端は終わったかに見えたお母さんに対してのゴミ出しでしたが、一段深いレベルでは、今までのわだかまりが解決しておらず、次ぎの段階として、深いレベルのゴミが出てきたものと思われます。二日間位、続けて受けて頂けると、深いゴミまでが一気に消え去るものと思います。ぜひ、また、今回の続きをされて下さい。
 
NO.90
父に向き合うのは、正直言って怖かったのです。内観の3日前くらいから、怯えていました。
結果は、ゴミは考えていたよりずっと少なく、ものの3時間くらいで父に対するゴミは出し尽くしたと思います。
父のことを考えると、今までもいい思い出しか浮かばず、それは私が逃げているからと勝手に解釈し、深い深い心の奥にゴミがいっぱいあるはずだと決め付けていたのです。自他ともに認める父の秘蔵っ子は、やはり秘蔵っ子のままでした。
 
12月の内観の時、先生が父の供養をしてくださいました。あの夜、布団の中で目を瞑ったら、満面の笑顔の父が目の前に現れました。あの時、もう父に対してのゴミはあらかた消えてしまっていたのかもしれません。あれ以来、父に関わった人との出会
いに沢山恵まれました。
「あ、お父さん、自分の代わりに私をこの人に会わせてるな、世話焼かせるなぁ」と心の中で苦笑しながら、それでも私の知らなかった色々な事実を知ることが出来ました。
 
物心ついてからこの方、母への違和感の反動もあって、私は父の子でした。父の背中とあぐらをかいた膝とは私のものだったし、父も私のスケッチ画を描いて茶の間に飾り、人が来ると自慢げに見せていました。父の死後、母にその絵を捨てられてしまい、諦めていたのですが、父は生前、地元の同人誌に知らないうちに発表していたらしく、その雑誌が地元の図書館に保管されていることもこの半年の間に知り、次回の帰省時には、懐かしい絵との対面もかなう訳です。
 
結局、私が父によって苦しんでいると思いこんでいたものの実態は、私の心が作り上げている妄想でした。学生時代に父が死に、私は自分のことで精一杯でした。あの時、幼い妹をほったらかしてしまったから、妹は心の空洞をどうすることも出来ず依存症、うつ病になってしまった、全部姉である私のせいなんだ、という妄想。父ではなく、自分の心に悩んでいただけなのです。その心の闇は、内観でも言語化できず、紙いっぱいをペンで塗りつぶしていました。それを何枚か書いたら、父が恋しくて、恋しくて暫く泣きじゃくっていました。
 
考えてみれば、父の死に際しても、涙一つ見せず、兄弟、いとこ達を仕切って、挨拶もよどみなく済ませ、泣き崩れる妹や叔母達を慰め、父への自分の感情をあらわにしたことが一度もなかったのです。周りも私はそういうものだと思っているのです。
「頭領娘、親父の葬式如きで泣いてたまるか」です。要するに、最大のゴミは、私の力みかえった強がりと、どうすることも出来ないことに対する無駄な後悔だった、ということがやっと解かりました。
 
父は、私が気がつかなくても、ずっと見守ってくれていたのです。十数年前、私はある人と共同経営で会社を起こしました。順調だった真っ只中で、相棒との価値観の違いでぶつかり、金銭的な裏切り行為があったりして、死ぬほど悩んだことがありました。経理士に「悔しいかもしれないけれど、今、身を引くのがあなたのためだ」とアドバイスされ、私の人生の七不思議の一つなのですが、「はい」とあっさりそれを受け入れ、細々とフリーで生きる道を選びました。その後、その会社は紆余曲折があって倒産しました。私は今回の内観で「あ、お父さんがあの時、手を引けと教えてくれたな」と直感しました。金銭的打撃もさることながら、喪失感人間不信にさいな
まれ、不幸のきわみだと思っていたあの時期は、神様の大いなる力で大難を小難にしていただいていたのです。父の倒産ということを経験してなかったら、私はあの時ごり押しをして、ひどい目に遭っていたでしょう。
 
父の倒産の理由も、この半年の間に真実がわかりました。生前、自己弁護を一切しなかった父は、死後、他の人の口を借りて、私に真実を伝えに来ました。まったく、まわりくどい事をして…。そして、父の同級生と昔の社員の人達が父を偲ぶ会を開いてくれました。この幸せ者が!
 
内観中、あー、私は父に相当の影響を受けているなぁ、ということも気がつきました。好みや考え方は、知らず知らず父を基準にしている部分が相当あって、それを打ち消そうともがき続けた20余年だったのだと驚きました。結局、いくらもがいても、消せないほど身に染み付いていて、死ぬまで道連れにするしかない、私のありのままの姿、あの父の、この娘だったのです。
 
父恋しさの涙が止まったら、もう、この世的なあらゆることが、どうでもよくなってしまいました。妹の病気だって、直るときには直るだろ、私がでしゃばらなくっても、夫と三人の息子が支えてくれるだろ。姉でも、娘でもないただの自分になってこれからは生きていきたい。私は「まだだめだ、これじゃぁだめだ」と自分を責めつづけて生きていたのです。自分を許してみたら、本当に楽になりました。第一、自分を許せなければ人も許せないですものね。泣きたいときには泣き、頼るときには頼る、っていうのもありなのですよねぇ。少しくらい、甘ったれたっていいのですよねぇ。今もし、父が私の名前を呼びながら目の前に現れたら「はーい」と一声、5歳の自分に戻って、父の背中にしがみつくでしょう。お父さん、一杯、愛してくれてありがとう!!
 
暗闇をさまよい続けた魂が、やっとスタートラインに立つことが出来ました。「これじゃぁだめだ」と乗り越えよう、消し去ろうと努力してきたものは、そのほとんどがゴミでした。結局は、本来の魂への回帰。ありのままの私をさらけ出して、この道を迷わずに楽しんで、ゆっくり進んでいこうと思います。小野先生、ありがとうございました。
皆様、ありがとうございました。
 
NO.89
先日初めて内観に参加させていただきました。
父に対して、小さい時から溜めに溜めこんだ怒りがあるので大変な作業になると予想していました。
 
レポ-ト用紙の表裏にぎっしり、お腹に溜まっていて口に出さなかったことを書きました。書いてみて気づいたのは、私が直接被害を被った事柄より母が何故ここまで被害を受けてしまうのか。。どうして家で一番レベルが低いということが分からないのか? というようなことばかり書いていました。
 
3枚目辺りから、~してほしいというような希望、願いのような言葉が沢山出てきて、4枚目をまで全部埋め尽くしたら言葉が浮かばずに只ぼ~としてきたので黄色い紙に向かいました。私や兄の子供の時の話が出た時は、あんな人でも嬉しそうな懐かしいような顔をするんだよなぁ・・そのことを書き出していたら、涙が止まらなくなりました。
 
父なりの不器用な方法で愛してくれているのかもしれないと思いました。
感謝の紙はあまり埋まらなかったけれど、少しやさしい気持ちになれたような気がします。
 
NO.88
13日の内観では、大変お世話になり、ありがとうございました。
当日は、絶対 感謝なんか出来ないと思っていた主人に対して感謝出来た事、おどろきでした。
 
そして、その後、どんどん自分の子供時代、いや 物心がつくか、つかないかくらいまで、タイムスリップしてしまいとても、混乱してしまいました。 今も ちょっと混乱しているようです。
 
私の場合、母と私達家族を 取り巻く環境にあったようです。幼い頃の私は、父、母、弟2人と、父方の祖母、叔父、叔母の8人で、暮らしていました。
 
近所には、父の姉一家4人が暮らしていて、学校が終わるといとこ達が私の家に帰って来る、とても人がたくさん出入りしていてにぎやかな家でした。そんな、生活のなかで、私は色々な人達の心無い言葉、<嫁の子供なんか、可愛く無いに決まってる>とか、<あんな優しいお母さんから、どうしてあんな子が出てくるのかしら>などと、陰口をいわれていました。そんな時はいつも、口をヘの字に曲げて涙をこらえているか、怒って、泣きわめくかでした。でなければ、息をして、その場にいられなかったら。悲しかった。悔しかった。死にたかった。一杯、今まで忘れていたことを、思い出しました。
 
そんな中で、最後の頃には、母に対して感謝の言葉が出たんですよ。
やっぱり私は、母に愛されていると。。。。
生きていていいんだって。内観って、すごいです。
今、私の心は、とてもあたたかです。
今度、機会があれば、もう一度、父と母で内観を受けたい、そう思っています。
 
小野先生、スタッフの皆様、本当にありがとうございます。
このような機会に恵まれて、本当にうれしいです。
ありがとうございます。
 
NO.87
先日は集中内観、ありがとうございました。
初めての内観ということと、一人で東京の知らない場所に行くということもあって当日はかなり緊張していました。でも、ゴミ出し作業を始めたら、緊張していたことなど忘れて、初めてにしては時間もあまり気にせずに、かなり集中して作業ができたと思っています。
 
私は母に対してゴミ出し作業をしたのですが、激しい憎しみとか恨みという感情はあまり出てこなくて、どちらかというとなんで助けてくれなかったのかとか、なんで私の悩みに気付いてくれなかったのかとか、母に対して、なんで?とか、どうして?とかそんなことばかりを繰り返し書いていました。
 
何度か面接を受け、それまで感謝の紙に一言も書けないでいたのですが、ふいに感謝の気持ちがでてきて、最後までずっと書き続けていました。でも、心の底から湧き出
るような感謝の気持ちではなく、淡々とした気持ちで書いていました。できるだけ心に浮かんだことを書き出すようにしていましたが、でも、まだどこか遠慮しているような感じもあり、本当にこれでいいのだろうか?とういう感じでゴミ出し作業が終わってしまいました。きっとまだまだ沢山のゴミが残っているからでしょうね。
 
本当はもっと内観に参加してゴミ出し作業ができればいいのですが、子供がまだ小さい為、今度はいつ参加できるのかわからないので、「ありがとうございます」の言葉を唱えて、少しでも心のゴミを減らしていこうと思っています。小野先生、事務局の皆さん、本当にありがとうございました。
 
NO.86
昨日(6月13日)は期待していました。
期待しながらも、「お任せ」という気持ちも持てていたので、
なんだかいい状態だな、、と感じておりました。。
が、始まってみると 今までに書いたことのない新たな言葉がスラスラ
出てきて、4時まで止まることなく書き、まだ書き続けたい気持ちでした。
 
納得していたつもりだった事が、実は全然納得していなかった
というゴミに、今更ながら気付くことができ、 
当初の期待とは違う成り行きでしたが、収穫も大いにありました。
正直、光が見えない自分に不安も湧きましたが・・
 
それにしても、ゴミが多いのは分かってましたが、これほどだとは
思っていませんでした。
こんなにも母に対してゴミを溜める生き方をしてきていたことを
改めて思い知らされました。 そして思い知るチャンスを与えていただいた
ことに感謝の思いです。
 
「いろいろな色を持った自分でOK」 と、先生が仰った言葉が、
今の私をとても安堵させてくれます。 
昨日の夜から、久しぶりに頭痛が起きており、
「痛み」を眺めながら「ありがとう」を唱えています。
現状にもがいている自分は、いろんな色に変化しているようで、
この状況だからこそ発見できる色もあり、それを発見させてくれる
今の状況に感謝したいです。
今の状況まで導いてくださった小野先生や癒しの森の皆様に感謝いたします。
 
NO.85
今回の内観は、気負うこともなく取り組むことが出来ました。
最初は喉の異物感がうっとおしく、これから始めました。
頭が重く、体にはザワつき。いつものことだった。
黄色い紙を頂いても、これにいっぱい書くようなことはないな~と最初思いました。
私にとって「父親=酒=愚痴」
 
父親は思ったことを口に出せない気弱な人。普段は大人しく、何も言わない。
ただお酒が入ると人が代わったように仕事の愚痴から、家庭の愚痴まで同じことを繰り返し、いつまでもぐちぐち言っている。
愚痴は小さい時から聞いていた。こっちが文句を言おうとするものなら、またそれに向けて文句を言う。
 
母親も泣いていたと思う、口癖は「お酒は飲まない人と聞いたから結婚したのに」。
何度、頭から水をぶっかけてやろうかと、酒を捨ててしまおうか、水で薄めてやろうか、死んでくれたらと子供心にいつも思っていた。
 
酔っ払っては、愚痴を言い、夜中に目が覚めても酒が抜けきらず、押し入れをトイレと間違えてオシッコをしたり、漏らしたり、吐いたり、あげくにはトイレに起きたもののひっくり返って頭から血を流し横たわる、母親と布団に運んだことも。
もうやめてよ、恥ずかしい、普通のお父さんならよかったのにと何回も思った。炬燵の中で父が帰ってくる時間になると「今日は飲んで帰ってきませんように」と神様に願う日々。
 
ある日、酔っ払ってホームから落ちて事故にあった時、しばらく寝たきりになっていたが、私には何の感情もなかった。可愛そうとも、痛そうとも。私は冷め切っていたのかもしれない。
 
車の免許も持っていなかった父親にどこに連れて行ってもらったことも、楽しく食事をした記憶も無い。いつのまにか私の中では、言ってもしょうがない、相手にしない、普通の父親とは違うんだ!という思いが出来ていた。内観では「辛い。悲しい。我慢。最低。おまえのせいだ」ときつい言葉が出てくる。気持ちはクールだ。
 
手が止まったところで、外に出る。トイレに寄り部屋に戻ろうとしたところ、先生に呼び止められる。先生は「前の時も赤くなっていたけどどう?」と。いやさか健康会の時同様、体(首~胸の部分)に蕁麻疹の様に赤いブツブツ。言われて気が付く。「ゴミが出ているんだよ」と、丹田に調整をして下さる。気が緩み涙が出る。ザワつきも取って頂いた。
 
落ち着きを取り戻し、又始める。「愚痴、しつこい、ねちっこい、汚い、いつもじろじろ見ている」など出てくる。
 
甘えたい、頼りたいとも出てくる。ここで今付き合っている彼が思い出された。ところどころで両親がやさしくしてくれた記憶が出てくる。頭が重く、お昼前に調整をして頂く。
午後になってからは、「しつこい」「いつも見ている」「ねちっこい」に限られた。この単語以外浮かばない。しばらく同じことを書きつづけいやになった。これでいいのかな?そして手が止まり
何も出てこない。
 
外に出たら先生がいらしたので「何も出ないんです、同じ言葉の繰返しで」との問いに「それでいいんですよ、ここにいる皆さん同じです。同じこと何回も書いて。ゴミがなくなったら自然とかかなくなる」と言われ、最後二時間弱、書きつづけようと思った。途中、黄色い紙を取りにいく人がいて、感謝の言葉も出てきたんだ~と、気にする。
 
自分も時々出てきた「単語」は黄色い紙に書き続けていた。少し書いてみる。
それに対して、”さりげなく”ありがとうの言葉がでてくる。
心のそこからか?と思うとまだそうではないらしい。
子供が小さい時に両親と取った庭での1枚の写真。それが今日はなぜか思い浮かぶ。
もう14年も前のものだ。両親が2人並んでにこやかに笑っている。両親の愛はあった
んだと思った。
 
今思えば両親は共働き、いつもあくせく働き、その合間に親の面倒や畑仕事、家事。
私は、甘える機会もなかった。甘える子供でもなかった。
今は一緒に住んでいるものの、16歳で家を出てしまい、出戻り。いわば居候のような
状態でいることにいつも気を使っていた。
 
文句を言われまいと、気を張り詰めていた生活でもあった。子供もたぶん同じ思いが
あることと思う。先生にいつも教わったことを実行しても、私自身の壁は高かった。
乗り越えられなかった。が、いやさか健康会や内観に参加しゴミ出しの回数も多くな
るにつれ、今までのような「不安、怖さ、辛さ、寂しさ」など、精神的苦痛がなくな
ってきた。これはいつも願っていたことだ。
 
なんといっても1人で電車に乗り、会場まで行けるようになっている。四年前では考
えられなかったことでもある。
 
これは私にとってすごく大きな変化だと思います。感謝です。
昨日はゴミがいっぱい出たようで、ものすごく疲れ、帰ってから少し横になりました。
今も感想を書いていて、また蕁麻疹の様に赤くなってきました。まだゴミがでている
みたいです。というかまだ出そうです。
次回に期待して終わりにします。すごく長くなりましたが、先生、スタッフの皆様、
ありがとうございました。
 
NO.84
今まで”許し”という言葉を聞いただけで反発を覚えてきました。
「決して許さない」
それを心の支えとして今日まで生きてきました。
本を読んだり、人に助言されたりしてそれが間違いであると頭ではわかっていました。
焼けた炭を手に握っている人は迷わずそれを放しますが、
私は怒り、恨み、憎しみを放すことはできませんでした。
もしも相手を許したら自分が自分でなくなるような怖さもありました。
小野先生が面接の時「それは貴方の宝物だから、無理に捨てなさいとは言わないよ」
とおっしゃいました。その時私のココロの奥底で「違う、宝物じゃない。ガラクタだ」
と声がしました。すーっと、自然な声でした。そしてそれを捨てる事にしました。
 
今は息がしやすくなったような、胸のつかえがおりたような、また肺活量が増えたよ
うな感じがしてます。まだまだ光には遠い私ですが、これからも精進していきたいと
思い
ます。小野先生、スタッフの皆様、そして天の存在に感謝いたします。  
 
NO.83
昨日は、内観に参加させていただきましてありがとうございました。
5月に引き続き、感情的になることもなく、父のゴミ出しを淡々と行いました。
父に対しては興味関心がない(と思っている)ので、どんなカウンセリングに行っても、
ほとんど話題にしたことはありません。
が、ゴミ出しをしているうちに、父の欠点=自分の欠点であることに気づきました。
父ほど、「一生懸命」という言葉が似合わない人間はいません。
勤めていた頃は、外回り営業しているフリをして帰宅し、自宅から会社へ営業報告を
していましたし、
定年退職後は、ダンベル体操のビデオを寝ながら眺めています。
父には父の人生があるので、別にどうでも良いのですが、
父の歩んでいる人生と同じ軌跡を歩いている自分を発見し、愕然としました。
今後も、ゴミが出なくなるまで、父のゴミ出しを続けようと思います。
最後に、何度面接していただいても、何の進展もなく、同じ話を繰り返しているのに
もかかわらず、
辛抱強く聞いてくださっているサポータの方々、本当にありがとうございます。
これからも、よろしくお願いいたします。
 
NO.82
まず3日間の内観お世話になりました。私はいつも父の事で自分の心にしこりがある
ことに気づいていました。 でもそれは私にとって口に出すことはタブーでした。で
も内観で全部、父のせいにすることが許されたとき、堤防が決壊しました。書けて書
けてしょうがなかったのです。楽しくてすっきりして、まるでスポーツをしているか
のような爽快感がありました。いつもいつも我慢していました。父は何をしても何を
言っても私の事を信じて認めてくれることはなく、いつも怒りを感じていました。で
もこの内観に出て怒りはなくなりました。まだゴミはあると思いますが、前より父が
可愛く見えたりもしてきました。 まだまだ詳しい感想が書きたいのですが、パソコ
ンが直り次第、伝えたい気持をメールしようと思います。ありがとうございました。
 
NO.81
このたびは集中内観に参加させていただきありがとうございました。
思い切って、群馬まで出かけてよかったです。帰りは相当の渋滞を覚悟しておりましたが、大した渋滞に巻き込まれることもなく、おかげさまで順調に帰宅できました。
 
GWの3日間、ひとつの一連の出来事にまつわる父と母に対する感情を軸として書き出し作業を始めて参りました。ずいぶんひどい言葉も書きましたが、3日目に入ってから、私が両親に対して感じていたネガティブなことは「自分に対しても同じようなことがいえるじゃないか」と思え、また「自分(私)だってひどい
ことを言ってきた、やってきたじゃないか」などの思いが強くなってきて思うよ
うにゴミが書き出せなくなってきました。
 
その後の面談で、あとの時間は感謝の言葉を書き出してみては?とアドバイス
をいただき、ようやく「感謝の言葉」「ごめんなさい」を書き出し始めました。
(それまでは、ごみ出しに集中したいばかりに、ピンクの紙に書くべき感情に
ついては、感じてはいたのですがあえて無視したり流したりしておりました。)
ほとんど終了時間一杯まで「ありがとう」「ごめんなさい」を書いていました。
 
終えてみて、自分の中にも何かしらの変化があったようには感じております。
両親に接するときの以前のイライラした気持ちはあまり感じなくなりました。
 
ただ、皆さんの体験談を拝見していますと、自分は正しく内観できていたのかな
?などとちょっと心配にもなります。面談でいただいたアドバイス等で「コツ」
のようなものがわかったつもりで、順調(?)に書き続けてはみたものの、実は
まだまだフタの取れてない顕在意識の中での作業だったのかもと思い返しており
ます。自分自身と向き合えてないのかもしれません。
とはいえ今回が初めての体験。次回は、より良いゴミ出しをしたいと思います。
 
このようなご縁をいただきましたことに心から感謝申し上げます。
スタッフの皆様、ご一緒させて頂いた皆様、ありがとうございました。
 

NO.80
母は二度の離婚をしています。
実の父とは6歳頃に別れて以来会っていません。
その時のことは、今でも自分に影を落としていることを自覚していました。
今でこそ離婚を気軽な選択のように認識されているようですが、
当時の自分には、その事実を友人に伝えることも出来ない異例なことでした。
この内観では、当然のように母について書き出しをしました。
しかし、いざ離婚について、つっついてみても、
さほど大きなゴミは出てこないのです。
大人になった自分では、「まあ、そういう事もあるだろうなあ」と、
ある程度の共感を持って許しているようでした。
あまり手ごたえもないので、他にゴミはないかと浅いところを探ってみましたが、
細々としたものがチョロチョロと出てくるだけでした。
そんな折、「離婚についてもっと突き詰めてみては?」と
アドバイスをいただき、少し無理やりにでも文句を並べ立てていきました。
そしたら・・・出てきました、勢いよく!
今の自分の感情も、当時の感情も、はたまた当時の父の感情も(想像ですけど)。
この勢いは翌日も持続することを予感しながら、その日を終えました。
 
しかし翌日、その流れが再現されることはありませんでした。
出し尽くしたのかどうかも判断できません。
しばしボーっとしていると、だんだんと両親とはなんだ?母とはなんだ?
といった疑問が沸いてきました。「母」というものが心の中で定義出来ないのです。
母という存在と自分のつながりを実感出来なくなってきました。
それは言葉としても感覚としてもです。
やがて母との距離感に呆然としてしまいました。
そのことを小野先生にお話しますと「目の前に母を迎えて、不満を語りかけてみて
は?」と
アドバイスをいただきました。
確かに自分自身、不満を母に向けたことがほとんどなかった事に気づきました。
その後は、母に語りかけるように筆を進め、
「何度も何度も書いてみては?」と再度アドバイスを頂き、
「よし、筆を止めずに書き続けるぞ」と決心して、それからは母への語りかけだけで
はなく、
再び怒涛のように不満が噴出して、最後の1時間半は休むことなく書き続ける事にな
りました。
 
初めての内観でしたが、母との関係が今の自分を作り上げている事、
そして自分の認識以上に根深く関連している事を知りました。
 
こんな事もありました。
この内観を通して、今現在抱えている友人との問題とも繋がっていることに気づきま
した。
それだけではありません。その友人がご両親との間に抱えている問題も、
自分が代わりに内観をしているような状態にもなりました。
それも決して友人の為に行おうとしたのではなくて、
自分の境遇と友人から聞いた問題とが繋がっていて、必然とそのような流れになった
のです。
 
内観後、母とも友人とも会っていませんが、
関係の向上に確信のようなものが芽生えています。
 
最後に、これから内観される方へ。
ちょっとしたコツかもしれませんが、ゴミが出ない時、呼び水として、
無理にでも不満を書き続けると良いかもしれませんよ。
 
小野先生をはじめ、サポートをしていただいた方々、参加者の方々、
本当にありがとうございました。
そして、またお世話になります。よろしくお願いいたします。
 
 
NO.79
どぉ書いたらいいのか、自分の感覚では ありありと
感じているのですが、言葉にしようとするととても難しくて。。
どぉしたものか・・と何度も書き直しました
 
私は、「私自身」に対してものすごい嫌悪感・劣等感を
もっておりました。
そこから逃げるため、隠すために私は「別の私」になることで、
今まで生活しておりました。
でも、小野先生や癒しの森を通じてご縁をいただいた方々と
接っしはじめた頃から、徐々に「私自身」を見つめてみたい気持ちに
なり、「別の私」に違和感を感じはじめました。
 
そして3月内観後にはこの思いはどんどん強まり、
それと同時に「私自身」を許したい・認めたい・受け入れたい・
あるがままの私になりたい という思いに至りました。
 
そして今回(GW)の内観で、自分の内側を掘り出していきながら、
一時は、もぉ「別の私」を切り離すことは不可能かも。。と、くじけそう
になりながら、小野先生の助けをいただき、とうとう「別の私」と
さよならをすることができました。
とても素晴らしいお別れをさせていただきました。
小野先生はじめ内観の場でエネルギーを共有し合えた
みなさまに感謝しております。
 
小野先生は掌をかざして「別の私」を私の外へと連れ出してくださいました。
その時に感じた、深い安堵感と安心感・感動・光 は
言葉で言い尽くせない感覚でした。
 
そして「別の私」が去った時、小野先生は
「あなたは随分(別の私に)助けてもらったんだね」と仰いました。
私にはもぉ「別の私」は必要ない。だから消えて欲しい・
違和感・嫌悪感・憎しみ・・・否定的にしか思えなかった私に、
その瞬間、一気に”感謝”が湧き上がりました。
実は私はいつも助けられ守られここまで生きてきたことに
気づかされました。
あぁ、どんな時にも私は愛されていたんだと感じ、「今までどうも
ありがとう」という思いでいっぱいになりました。
今まで頑張って生きててよかったと感じました。
 
小野先生のHPに行き着き、小野先生やそこに集う方々と出会い、
内観を受け、少しずつ自分がラクになっていることを感じています。
これから先、愛を感じながら ゴミを消しながら、生きていきたいです。
そして、穏やかで安らかで愛に満ちた人に、なれるよう・近づけるように
なりたいです。
 
 
NO.78
お礼、感想が遅くなりました、3月の内観では大変お世話になりありがとうございます。
こんなにも時間がたってしまいましたが、私にはあっと言う間の時間に感じます。
内観で両親のごみ出しをして、自分が子供の頃感じていた素直な気持ちを思い出しました。
現実の生活の中で心では素直になりたくても言葉や態度にできない自分がまだ居ますが、内観をしてからは明らかに心が穏やかです。
 
私は、結婚してから自分が板ばさみの苦しい状態で、その、状況自体が悪いと思っていました。
嵐の状況の時にわざわざ外にでて、「私だってこんなに大変なのよ!」って、感じです。
嵐のときにこそ、備えや冷静な判断や思いやりが大切なのに逃げることばかり考えていました。
 
実際、自分も苦しいので自分で自分を被害者にして助けてもらうことばかり考えていました。
内観のとき、先生に言葉をかけていただきそのことに気づきました。
この感想が遅れた理由はもうひとつあります。具体的にはかけませんが、今までの私の態度、生き方がまねいた事態です。なのに、そのことが自分のなかでなかなか納得・・というか、心の整理ができず言葉にすることができませんでした。癒しの森のHPに出会ってからほんとに心が救われて、優しい自分にも
なれて・・でも、問題が解決したわけではないので波のように心が揺れてしまい、と、その繰り返しでした。
 
内観に参加して、それでもずいぶん落ち着いた気がします。こんなに時間がたってしまいましたがやっと、ここに感想をかけるようになりました。問題は解決したわけではないですが、私の心が変化したのかと・・・。
 
必要な時間だったのかなぁとも思います。内観のあと、新しいいろいろな事や、人との出会いがありました。
それもとても大きいと思います。
 
今まで受け入れられなかったことが、素直な気持ちで感じられるようになったり、気持ちにゆとりができました。
 
感想というには取り留めのない文章になってしまいました、でも、やっとここに書き込める私自身がとてもうれしいです。本当にありがとうございました。
 
 
NO.77
五月の内観から、一月近くがたち、明らかに私の内面は変わったと思います。
母に対するゴミに向き合うこと3回。ゴミがなくなれば、感謝の思いに到達することが可能なのだとやっと実感できました。
 
私は難産だったと聞いています。バーストラウマが今回明確になって、それを私は母への人格批判に置き換えていた面が相当あったのだと解かりました。
 
内観を終えてから、次々と私自身を試すように、色々なことが起こっています。仕事上のトラブル、妹の病気の長期化。しかし、とっても穏やかなのです。ただ、ありがたくて、幸せで、すべての事に対して「ありがとうございます」と言いたい気持ちです。「現象化されるということは消える方向に向かっているのだ」、と、先生に教えていただいているし、それを実感できるからでしょう。また、いやなことだけではなく、会いたかった人と30年ぶりに再会できたり、自分の本来いなければならない「場」に戻ってきた、という感じがしています。
 
今回の内観で、私は自分自身にも向き合ってみました。そして、私は自分の今後の方向性が見えてきたような気がします。消極的な意味ではなく、分相応な、自分にあった立場を、仕事上でも築いていけそうです。何よりも、今、心から人のお役に立ちたいと思っています。内観からのプレゼント、先生とのご縁、すばらしい仲間たちとの出会い、そして、涙もろくなったこと。泣いてばっかりで恥ずかしいくらいです。悲し泣きではなく、感謝の涙。苦しかったり、悲しかったりしても心穏やかでいられ、又、嬉しくても、楽しくても平常心でいられるというのが、不思議です。嬉しいことを大切に仕舞っておくのって、素敵なことですね!
 
萌える若葉と色とりどりの花々の中に浮かんだ、たまゆらを忘れません。今、何もいりません。幸せをかみしめて、「ただ在る」「ここにいる」という気持ちで、静かに暮らしております。ありがとうございます。
 
 
NO.76
まず3日間の内観お世話になりました。私はいつも父の事で自分の心にしこりがある
ことに気づいていました。 でもそれは私にとって口に出すことはタブーでした。
 
で も内観で全部、父のせいにすることが許されたとき、堤防が決壊しました。書けて書けてしょうがなかったのです。楽しくてすっきりして、まるでスポーツをしているかのような爽快感がありました。
 
いつもいつも我慢していました。父は何をしても何を言っても私の事を信じて認めてくれることはなく、いつも怒りを感じていました。で もこの内観に出て怒りはなくなりました。
 
まだゴミはあると思いますが、前より父が可愛く見えたりもしてきました。 まだまだ詳しい感想が書きたいのですが、パソコ ンが直り次第、伝えたい気持をメールしようと思います。ありがとうございました。
 
NO.75
このたびは集中内観に参加させていただきありがとうございました。
思い切って、群馬まで出かけてよかったです。
帰りは相当の渋滞を覚悟しておりましたが、
大した渋滞に巻き込まれることもなく、おかげさまで順調に帰宅できました。
 
GWの3日間、ひとつの一連の出来事にまつわる父と母に対する感情を軸として
書き出し作業を始めて参りました。ずいぶんひどい言葉も書きましたが、3日目
に入ってから、私が両親に対して感じていたネガティブなことは「自分に対して
も同じようなことがいえるじゃないか」と思え、また「自分(私)だってひどい
ことを言ってきた、やってきたじゃないか」などの思いが強くなってきて思うよ
うにゴミが書き出せなくなってきました。
 
その後の面談で、あとの時間は感謝の言葉を書き出してみては?とアドバイス
をいただき、ようやく「感謝の言葉」「ごめんなさい」を書き出し始めました。
(それまでは、ごみ出しに集中したいばかりに、ピンクの紙に書くべき感情に
ついては、感じてはいたのですがあえて無視したり流したりしておりました。)
ほとんど終了時間一杯まで「ありがとう」「ごめんなさい」を書いていました。
 
終えてみて、自分の中にも何かしらの変化があったようには感じております。
両親に接するときの以前のイライラした気持ちはあまり感じなくなりました。
 
ただ、皆さんの体験談を拝見していますと、自分は正しく内観できていたのかな
?などとちょっと心配にもなります。面談でいただいたアドバイス等で「コツ」
のようなものがわかったつもりで、順調(?)に書き続けてはみたものの、実は
まだまだフタの取れてない顕在意識の中での作業だったのかもと思い返しており
ます。自分自身と向き合えてないのかもしれません。
とはいえ今回が初めての体験。次回は、より良いゴミ出しをしたいと思います。
 
このようなご縁をいただきましたことに心から感謝申し上げます。
スタッフの皆様、ご一緒させて頂いた皆様、ありがとうございました。
 
NO.74
母は二度の離婚をしています。
実の父とは6歳頃に別れて以来会っていません。
その時のことは、今でも自分に影を落としていることを自覚していました。
今でこそ離婚を気軽な選択のように認識されているようですが、
当時の自分には、その事実を友人に伝えることも出来ない異例なことでした。
 
この内観では、当然のように母について書き出しをしました。
しかし、いざ離婚について、つっついてみても、
さほど大きなゴミは出てこないのです。
大人になった自分では、「まあ、そういう事もあるだろうなあ」と、
ある程度の共感を持って許しているようでした。
 
あまり手ごたえもないので、他にゴミはないかと浅いところを探ってみましたが、
細々としたものがチョロチョロと出てくるだけでした。
そんな折、「離婚についてもっと突き詰めてみては?」と
アドバイスをいただき、少し無理やりにでも文句を並べ立てていきました。
そしたら・・・出てきました、勢いよく!
今の自分の感情も、当時の感情も、はたまた当時の父の感情も(想像ですけど)。
この勢いは翌日も持続することを予感しながら、その日を終えました。
 
しかし翌日、その流れが再現されることはありませんでした。
出し尽くしたのかどうかも判断できません。
しばしボーっとしていると、だんだんと両親とはなんだ?母とはなんだ?
といった疑問が沸いてきました。「母」というものが心の中で定義出来ないのです。
母という存在と自分のつながりを実感出来なくなってきました。
それは言葉としても感覚としてもです。
やがて母との距離感に呆然としてしまいました。
そのことを小野先生にお話しますと「目の前に母を迎えて、不満を語りかけてみて
は?」とアドバイスをいただきました。
 
確かに自分自身、不満を母に向けたことがほとんどなかった事に気づきました。
その後は、母に語りかけるように筆を進め、
「何度も何度も書いてみては?」と再度アドバイスを頂き、
「よし、筆を止めずに書き続けるぞ」と決心して、それからは母への語りかけだけで
はなく、
再び怒涛のように不満が噴出して、最後の1時間半は休むことなく書き続ける事になりました。
 
初めての内観でしたが、母との関係が今の自分を作り上げている事、
そして自分の認識以上に根深く関連している事を知りました。
 
こんな事もありました。
この内観を通して、今現在抱えている友人との問題とも繋がっていることに気づきました。
それだけではありません。その友人がご両親との間に抱えている問題も、
自分が代わりに内観をしているような状態にもなりました。
それも決して友人の為に行おうとしたのではなくて、
自分の境遇と友人から聞いた問題とが繋がっていて、必然とそのような流れになったのです。
 
内観後、母とも友人とも会っていませんが、
関係の向上に確信のようなものが芽生えています。
 
最後に、これから内観される方へ。
ちょっとしたコツかもしれませんが、ゴミが出ない時、呼び水として、
無理にでも不満を書き続けると良いかもしれませんよ。
 
小野先生をはじめ、サポートをしていただいた方々、参加者の方々、
本当にありがとうございました。
そして、またお世話になります。よろしくお願いいたします。
 
NO.73
どぉ書いたらいいのか、自分の感覚では ありありと
感じているのですが、言葉にしようとするととても難しくて。。
どぉしたものか・・と何度も書き直しました
 
私は、「私自身」に対してものすごい嫌悪感・劣等感を
もっておりました。
そこから逃げるため、隠すために私は「別の私」になることで、
今まで生活しておりました。
でも、小野先生や癒しの森を通じてご縁をいただいた方々と
接っしはじめた頃から、徐々に「私自身」を見つめてみたい気持ちに
なり、「別の私」に違和感を感じはじめました。
 
そして3月内観後にはこの思いはどんどん強まり、
それと同時に「私自身」を許したい・認めたい・受け入れたい・
あるがままの私になりたい という思いに至りました。
 
そして今回(GW)の内観で、自分の内側を掘り出していきながら、
一時は、もぉ「別の私」を切り離すことは不可能かも。。と、くじけそう
になりながら、小野先生の助けをいただき、とうとう「別の私」と
さよならをすることができました。
とても素晴らしいお別れをさせていただきました。
小野先生はじめ内観の場でエネルギーを共有し合えた
みなさまに感謝しております。
 
小野先生が掌をかざして「別の私」を私の外へと連れ出してくださいました。
その時に感じた、深い安堵感と安心感・感動・光 は
言葉で言い尽くせない感覚でした。
 
そして「別の私」が去った時、小野先生は
「あなたは随分(別の私に)助けてもらったんだね」と仰いました。
私にはもぉ「別の私」は必要ない。だから消えて欲しい・
違和感・嫌悪感・憎しみ・・・否定的にしか思えなかった私に、
その瞬間、一気に”感謝”が湧き上がりました。
実は私はいつも助けられ守られここまで生きてきたことに
気づかされました。
あぁ、どんな時にも私は愛されていたんだと感じ、「今までどうもありがとう」
という思いでいっぱいになりました。
今まで頑張って生きててよかったと感じました。
 
癒しの森のHPに行き着き、先生やそこに集う方々と出会い、
内観を受け、少しずつ自分がラクになっていることを感じています。
これから先、愛を感じながら ゴミを消しながら、生きていきたいです。
そして、穏やかで安らかで愛に満ちた人に、なれるよう・近づけるように
なりたいです。
 
これからもよろしくお願いします
ありがとうございました

 
NO.72

関西内観ではありがとうございました。あれから1ヶ月経ちました。身の回りがキラキラ輝いてます。毎日が「ありがとう」の連鎖を起こしていまして偶然のラッキーなんてすごく起きてて、マイナスに感じた事も結果おーらいになったり、何に関しましても「ありがとうございます~」の連続です。
 
 私の仕事が「スーパーウルトラ忙しい」のですが今までどんなに大変でも「僕は僕」タイプだった主人がびっくりする位ヘルプしてくれるようになり優しくなり感謝の連続です。
(ご飯も作る時間取れない時もあるのですが、「男子厨房に入らず」の人だったのが「ピラフつくってあげるよ」と助け舟をだしてくれたりする程の変化に子供たちもびっくりです。うれしそうです~)
 
そして『父ともっと時間をすごしたい』etc・・・という「ゴミだしさせて頂いた内容」が流れたようで、長年の夢だった実家の父と、このゴールデンウィークに買い物にまで誘われてしましました。目が飛び出るほどびっくりでした。
 
仕事の面でも、内観終わった週の4日後にあるひらめきが起き急進展してそれらをサポートして下さる方々が次々登場されて来まして更なる進展を起こしています。
 
ゴミだしって本当にすごいです。こんなに毎日「ありがとうございます」の連続でいいのでしょうか。こわいくらいです。歌にもありますが『いつも心に太陽が』の毎日です。心がととえも満ちてほわっとしています。本当にありがとうございます。
 
NO.71
今回3日間内観を参加させて頂きました。
光にはたどり着けなかったですが、今回は今まで何度も参加させて頂いた中で、今日までやってきてよかったな!!と思えた3日間でした。
私は今まで何度も何度も内観に参加させて頂きました。
毎回毎回ゴミが少しづつはがれていくのを感じていました。
1枚はがれると、また違うゴミが出てくる。。。その繰り返しで今日まできました。
最初の頃から今回までは一番深い部分がなかなか見えなくて、凄く辛かったです。
 
でも今日まで何度も何度も少しづつゴミをはがしてきたおかげで、
今回やっと大きくひっかかってたゴミを見つけることができました。
その大きなゴミは20年以上も自分の気持ちをずっと抑えてきた大きな感情でした。
今までのゴミ出しの中で一番汚い言葉でした。
 
小さい頃からずっと両親を憎んでた、恨み辛み、悲しさの大きなゴミの感情。
恨み辛みから自分が産まれた事さえも憎んでいた感情。まさに28年間そのもののゴミです。
でも幼い頃から自分の感情を抑えることに慣れてた私はいつしかずっと感情を封じ込めていた事に気づき、改めて昔の心が痛いほどの感情を思い出すことができました。
そして不思議なことに、内観初日お腹(子宮)のあたりが痛くて痛くて内観に集中できなくて内心途方にくれ困っていました。小野先生に面談で正直に相談しましたところ、今やっているお母さんの事かもしれないよ。とアドバイスを頂きました。
 
本当かな???と半信半疑で、必死に痛さを感じながら、痛い、痛い、痛い。。。。とずっと書いていたら、その痛さが、昔の心の痛さに変わり、どっといろんな感情が濁流のようにでてきたのです。それと同時にお腹の痛みが嘘のように消えてしまいました。
 
そこで私は全てに無駄がなく、全てに意味がありつながっているんだなと知りました。今回は本当に、今まで見えなかったゴミが見えただけでもう凄くありがたいなと思えました。感謝の気持ちはたいしてかけなかったのですが、小野先生にアドバイスを頂いたおかげで、私は、改めて20年ぶりに母に対しての温かい気持ちになれました。
母にたいするゴミ出しで一番許せなかったものが実は一番母の愛だった事に気づけました。
そして、母の嫌なところが自分とかぶり今まで凄くコンプレックスだったのですが、母を許せた事で,自分も許せたように思います。
内観終了後、今まで母の側にいるとイライラだったのですが、今回やっとイライラもぬけ、本当に母を許すことができ、今まで、一番言いたかった言葉「お母さん、ありがとう」今やっと心から言えます。
今では最高の母親です。私は母が大好きです。
まさに、母に対しての、長年の心の冷たいカチカチツンツンした氷が今やっと溶けたって感じです。
本当に本当に小野先生、皆様ありがとうございます。
そして不思議なのですが、母の態度というか、行動も変わったように見えるのです。
今まで、みなさんがよく体験談で話されていることが、まさに自分の身にも起こっていることに、今、びっくりしてます。。。
 
今回、私は感謝の言葉よりも、最後の30分での感想を書くことで、凄く感謝の気持ちがあふれてきて号泣きになりました。
今まで参加した内観で、自分ではうまくいかないなと思うと正直感想をかけない時がありました。
でも今回感想を書いてみて、良くも悪くも3日間の自分を正直に振り返り、書くことで改めて気づく事が沢山出てきました。
本当に最後の最後まで無駄がない事を知りました。
 
小野先生、皆様本当に3日間、ありがとうございました。そしてお疲れさまでした!!
 

NO.70
今回の内観の目的は、今している2つの仕事(父親の事業と私自身で始めた事業)について、どちらかを選択をしたく参加しました。内観前は白黒つけたくて、でも決断出来ずに不安や迷いを感じながら生活をしつづけて1日も早く、内観の日が来ないかと思っておりました。
 
内観をはじめると自分が仕事に対して抱いている様々な思い、感情が出てきました、それをそのまま紙に書き出しつづけ、もうその日は終わろうかという時間に小野先生に呼ばれ、お話をしました。
 
私は1つの仕事に熱意を持って取り組みたい、2つの事業を同時に行うのは中途半端になるだけだ、という思いがあり早くどちらかに決めたい、しかしどちらを決めたとしても今の私にとっても、私のまわりの人間(家族)にとってもあまりプラスになる事はなくむしろマイナス要因が多くやはり何も決断することは出来ませんでした。
 
そこで小野先生はどちらかを選択するのではなく、まず今、選択するかしないかを、考えてみたら?と聞かれました、その瞬間に私の視野が一気に広がったのを感じました。
次の日朝から、〔今日は選択するかしないかを決めてみる〕と紙の1番上に題名として書き内観を始めましたがお昼を迎える前に結論はでました、というより前日に小野先生が言われた質問の直後に答えは出ていたように思います、今日はそれを理解しただけなのかな、と感じました。
 
そのあと小野先生に残った時間で母親について内観をしてみれば?と言われ始めました。
最初は覚えている限りのゴミを書き出したのですが1枚も書いたら手が止まり、隣にあるピンクの感謝の気持ちを書く方の紙に目をむけたら、昔まだ自分が小学生だったころに母親がしてくれたこと〔お弁当を作ってくれたり、忘れ物を学校まで届けてくれたり、熱が出たときに看病してくれたこと〕
を思い出した瞬間に涙と鼻水が止まらなくなってしまいました、しばらくすると、なんともいえない、落ち着いた気持ちで”ありがとう”を2時間近く書いていました。
その後は小野先生に言われたとおり、ただただ母親の暖かさを感じ続け2日間の内観を終えました。
 
内観をする前に決めていた目的は果せませんでしたが、それで良かったのだと思います、単に問題の先延ばしという解釈もあると思いますが、今の私にはそれを選択するに至っていない、まだまだ学ぶべきことが残っているのだと思います。
これから目の前に起こることに正面から取り組み、少し時間の流れに身をまかせてみようと思います。
そして又内観に参加して、ゴミを少しでも減らしていきたいと思います。
 
NO.69
今回、初めて内観に参加させていただきました。
小野先生、スタッフの皆様、ありがとうござしました。
 
母は、会社に行けばセールスエンジニア、家に帰れば、一日もかかさず家族のために食事を作り、父方の祖母が具合の悪いときは、お風呂や下の世話もする、家事と仕事を完璧にこなすアンドロイドでした。
そんな母親を尊敬していたため、わたしは知らず知らずのうちに、プチ・アンドロイドとして、35年間を過ごしてきました。
「母親なら、こうするだろうな」という選択肢を無意識に選び出し、自分の考えだと思い込んでいたため、母親に対する怒りが、まったくなく、ゴミを探すのが大変でした。
とりあえず、最初の二日間は、頭をフル回転させてゴミ出しをしました。が、ゴミ出ししても気分はスッキリしないし、ど~もピントがずれているような気がしたので、ゴミが出ないのがゴミのようだけれど、どう対処していいのかわからない、と相談したところ、「母親」「自分」、それぞれの意識を分ける訓練をするようアドバイスをいただきました。
 
 
つまり、内観の前に、意識分けという前処理が必要とのことでした。
「前処理をした人の体験談なんて、アップされていなかったよなぁ。
表面的には問題なく社会生活を営んでいるけれど、意外と重症なんじゃないか。。」と感じました。
 
残りの三時間は父親のゴミ出しをしました。すると、出るわ出るわ。母親とは大違いでした。
同じ悪口を30回くらい書くと、自然に次の悪口が出てきて、そしてまた次・・、悪口が溢れかえりました。
快調にペンを走らせているうちに終了時間になり、「天にお任せするって、こういうことなのかなぁ。。。」と思いました。
この調子で、次回も内観に参加したいと思います。
楽しい体験をさせていただき、ありがとうございました。
 
NO.68
昨日一昨日と2日間、内観に参加させて頂きありがとうございました。また、夕食会にも参加できてよかったです。
 
正直、3月頃に内観を申し込んだときは、その当時過度のストレスにさらされており、以前から座禅のような自己を見つめることに興味があったので動機が十分にありました。
しかし日が経つにつれストレスも弱まり、本当に自分は参加したいのだろうかと自問自答する日々が続いていました。
そこでふと思ったのは、少しでも興味があり気になったということは、やはり深いところで自分は必要としているのではないだろうかということでした。そこで初志貫徹した次第です。
 
実際参加してみると、申し込んだ当初はこんなことを解決したいと思っていたはずなのに、日々の日常に終われているうちにストレスが弱まったせいか、自分が何を解決したかったのかをすっかり忘れてしまいました。
そんな訳ですので、実際の書き出し作業は、量としてはさほど進まなかったのですが、面接などでアドバイスを
頂くことにより自分では思っても見なかったような視点を与えられ、なんとか進めることができたように思います。
 
2日間終始眠く、まどろみの中にいるようで気持ちよく、とてもリラックスした気分に浸っていました。
夕食会などでも有意義なお話を聞くことができ、私としては十分に満足しています。
 
今回の内観は初めての参加でしたが、途中からの参加であったにもかかわらず受け入れて頂き、また夕食会にも参加できるようにして頂けたことに感謝いたしております。
 
小野様をはじめ、スタッフの方々、お世話になりました。どうもありがとうございました。
今回は父母を中心に内観を進めて参りましたが、次回参加するときには兄弟や近隣の人々に対しても広げていけたらと思います。
 
NO.67
こんにちは。3月に群馬での内観でお世話になりました、
3月の内観では父へのゴミ出しをし、その後単身赴任中の父を母と一緒に訪ねました。
私は今まで父とはどう接したら良いか分からないことが多くて、話しをしていてもすごくカリカリしてしまうことが多かったのですが、今回会ってみてそれが以前より減った気がしました。ずっと両親からは大きな愛情を感じていても、素直に受け取ることが(特に父からは)難しかったのですが、今はそれも前に比べて負担と感じないで受ける事が出来るみたいです。
 
○○○瞑想は朝か夜一度だけになってしまうことが多いのですが、それでもなるべく毎日するようにしています。また、「ありがとう」も、いつも「無限の輪」を描きながらではないですが、口ずさむように心がけています。
 
内観と○○○瞑想と「ありがとう」のためか、今まで3年ほど迷っていつつ、決められなかった「仕事を辞めること」も決心がつき、先日辞表を提出しました。今後のことは一切決まっていません。しかし、家族も友人もおらず、上司とも同僚とも合わないところにいて文句ばかり言っていては、誰にも良いことは無い。それだったら自分を愛してくれている家族のもとに帰って新しいスタートを切ったほうが良いのでは、という結論に達したのでした。
 
いったんそう決めると気持ち良さがある反面、「楽な通勤環境は捨てがたい」とか、「お気に入りのカフェや舞台観賞もあきらめなくてはいけないのか」という気持ちも出てきて、「私って本当に欲深いんだなあ」とあきれてつつ苦笑してしまいます。これも手放せない「ゴミ」なんでしょうね。
 
まだまだ出さなくてはいけないゴミを、また内観に参加して出したいと思います。
それまでひたすら「ありがとう」、と感謝の気持ちを持って生活したいなあと感じるこの頃です。
 
これらの気持ちを、感謝を持ってお伝えします。ありがとう、ありがとう、ありがとう。
またお会いできることを楽しみにしております。
 
NO.66
わたしは内観を受けて一ヶ月が過ぎました。
 
変化は…ありました。
それは「こわさ」のようなものがなくなったことと、掃除をするようになったということです。それにともなって心のありかたも変わってきている気がします。
 
「こわさ」というものはいろいろあると思うのですが、今回は物理的なことで一つ。わたしは高所恐怖症なのですがそれが薄れてきた気がします。マンションの駐輪場まではスロープで下るのですが、高いところが嫌いなわたしはそれが怖かったのです。
小さな子どもでもすいすい行けるのに、怖い!と思いながらヨロヨロ下りていました。でも最近はむしろ楽しいんですよね。バランスを取りながらスーッと下りるのが。「怖い」という気持ちが、うまく下りるのを妨げていたように思えます。
 
またアオエレ瞑想も内観を受ける前は「何かあったらどうしよう」と思ってできませんでしたが、内観後は朝・晩やっています。一時的に胸のあたりがかゆくて寝ている間にかきむしってしまい、とんでもないことになりましたが、今は治まっています。
 
掃除は…これはすごいです。名前に「水」がはいっているせいか、水まわりだけは何とかやっていたのですが、わたしは掃除があまり好きではありませんでした。そんな自分を直したいなあと思いながら直らない。子どものころからの悩み(?)でした。それが今は、するする!ムリにしているんじゃないんですよ。ただ「きれい」にしたいなあと思うのです。心と同じように身の回りも。GWはいろんなゴミを出しました!またお皿を洗っていてもなんだか楽しいんですよ。
 
前は半分義務感でやっていたのに。水が流れて石けんの泡がしろくてきれいで、洗うとお皿がきれいになって…。お皿を洗っているのに有難い!幸せ!って気持ちになることもあります。不思議ですね~~~~。まあ、一番喜んでいるのは夫だったりするかもしれません^^
 
浄化のプロセスの一環か試されるような試練(おおげさですが)もあったりもしたのですが、たぶんすべて必要だからおこるのでしょう。これからも自分がどう変わるのか楽しみです。
 
 
NO.65
二日目の午後から父のゴミ出しをはじめたので、途中で時間切れになり、正直なところ、なんか中途半端ですっきりしないな~という感じで、これで大丈夫なのかな~という感じでした。
 
それに、内観の時に集中出来ず、周りの物音などが、気になってしまいました。
内観の時に説明されていた、ただその場にいるだけでも、浄化されているという言葉を信じて、これでも良いんだと思いながら、あの場にいました。
 
受けた直後はこのような感じで、なんだか中途半端ですっきりしない、そういう思いだけでしたが、その後いろいろな変化がありました。
まず、まず周りの人を見ていて、もしかしたら快、不快の感情って、本人次第でどうにでもなるものかもしれないな~と心から感じられた事です。
 
どうも、自分が不幸だと思っている人って、自分から進んで、自分が不快になるそういう場面を探しているのではないか?そんな風に思える場面に何度か遭遇して、もしかしたら、今まで私もこんな風に、行動していたんじゃないかと、ふと気が付いたからです。
 
以前なら、一緒になって、腹を立てたり、いろいろな思いを抱いていたのですが、今は、ありがとうございます。ありがとうございます。と唱えています。
そうすると、前はいつまでも、いつまでもその思いに囚われていたのですが、あまり気にならなくなりました。
 
そうして、自分の事でも、今までは、無い物にばかり目を向けていたのですが、恵まれている事に目を向けるようになってきました。これは私にとって素敵な発見です。本当に、こういう気持ちになれた事に感謝しています。ありがとうございます。
 
NO.64
こんにちは。3月に群馬での内観でお世話になりました、
3月の内観では父へのゴミ出しをし、その後単身赴任中の父を母と一緒に訪ねました。
私は今まで父とはどう接したら良いか分からないことが多くて、話しをしていてもすごくカリカリしてしまうことが多かったのですが、今回会ってみてそれが以前より減った気がしました。ずっと両親からは大きな愛情を感じていても、素直に受け取ることが(特に父からは)難しかったのですが、今はそれも前に比べて負担と感じないで受ける事が出来るみたいです。
 
内観のためか、今まで3年ほど迷っていつつ決められなかった「仕事を辞めること」も決心がつき、先日辞表を提出しました。今後のことは一切決まっていません。しかし、家族も友人もおらず、上司とも同僚とも合わないところにいて文句ばかり言っていては、誰にも良いことは無い。それだったら自分を愛してくれている家族のもとに帰って新しいスタートを切ったほうが良いのでは、という結論に達したのでした。
 
いったんそう決めると気持ち良さがある反面、「楽な通勤環境は捨てがたい」とか、「お気に入りのカフェや舞台観賞もあきらめなくてはいけないのか」という気持ちも出てきて、「私って本当に欲深いんだなあ」とあきれてつつ苦笑してしまいます。これも手放せない「ゴミ」なんでしょうね。まだまだ出さなくてはいけないゴミを、また内観に参加して出したいと思います。それまでひたすら「ありがとう」、と感謝の気持ちを持って生活したいなあと感じるこの頃です。
これらの気持ちを、感謝を持ってお伝えします。ありがとう、ありがとう、ありがとう。
またお会いできることを楽しみにしております。
 
NO.63
3日間お疲れ様でした。
自分にとって本当に見つめられたよい時間を持つことができました。
内観の前から今年はずっと「青い鳥」のことを考えてました。
あの物語の「青い鳥」のことです。
大事なモノは遠くでなくきっと自分のまわりにあるのではないかなと感じることを思うようになり自分を深く掘り下げて、ゴミを出したいなぁってことを考え始めて今回ありがたくそのチャンスをいただきました。
 
 私は今回「父」のことをやりました。
私の父は自営業です。お店は母と切り盛りをして、祖母も健在です。
父は外で働いたことがなくいろいろなことに顔を出し、仕事は二の次の父です。
そんな父は母が外に出かけることまで必用にいやがるくらいの人です。
自分の気に入らないことがあると当たり散らし、朝、起きるのは母の愚痴の声か父の怒鳴り声というこもめずらしいことではありません。
 
そんな中で、姉も私もご飯の時間が大嫌いです。なるべくはやく食べて自分の部屋に行く。
そうでないと、父がついているテレビ番組が気に入らなければ文句をいい、話すのも面倒でした。逃げていたのでしょう。
私が言う前に話を断定されるので話すのがいやでした。
私が遅く帰ってくるともっと遅く帰ってきた酔っぱらいの父が遅いといって怒りだし、酒にようと私のやっていることが、気になるのかいつも否定的なことばかりいわれ関わりたくないというのが本音でした。(例えば「そんな勉強しておまえいったいなんになるんだ!!」)
 
はきつぶした靴をゴミを捨てようとするとまだ使えるから親戚にあげようとといって拾ってきたり、たいして父にとって必要でもない会合にも出かけ口を出して威張っていること。
父は捨てることが出来ない性分で自分に必要か必要じゃないかの選択ができず、自分のやっていることに根をはれず中途半端なわりにまわりの人のことが、気になり干渉する父が私は目障りで仕方なかったのです。
 
 そんな経緯から今回、母より、父の方が直接いい関係ではないので迷わず父の方で内観をさせていただきました。
 
 「そこにいたくない」「迷惑だ」「抜け出したい」
「大人として尊厳をもって」「子供だって意志はある」
「もっと自分をコントロールして」「かまわないで」
「もっと自分の行動に根を張って」「だまっていて」
「(権威やプライド+いらないモノを)捨てろ」
 そんな言葉が一日目はずっと出てました。
 
どうして、姉と私で扱いが違うんだろう。
姉にももっとかまえばいいのに私だけ注目していられるのがすごいいやでした。
同じ姉妹だから平等にみてほしいのにひとつ上の姉は男の子みたいに自由であるのに私はそうじゃなという不平等な扱いが嫌でした。
 
午前中の面接の後に丹田と命門に手を当ててもらったときに足の裏に重いものが抜けていき、涙が出てきました。
特に何を考えるともなく、うわって吹き出したような涙でした。
 
 二日目、午前中は順調に書いてました。
びっくりしたことに手が追いつかなくヒートアップしてたみたいで「黙れ」「口を出すな」、「かかわりたくない」、「あっちいって」という言葉は出てました。ほんと、狂気じみていた感じです。
「お願いそっとしておいてという言葉」から「あなたのもちものではない」ぽーっと目がうつろになってきて、胸が苦しくなり
呼吸が完全に口呼吸になってしまい、金魚のように口をぱくぱくしていました。
 
 途中、自分じゃない人がいるようで古語で書いている自分がいました。
そんなに長くはないんですが、2,3行くらいです。
「こそ~けれ」なんて普段使わないのに・・・。
言葉遣いが変わったり「~であります」のような言葉になったりと別の人格が書いている自分がいたりして不思議でした。
 
 そうして書いていくうちに、だんだん、きちんと「です、ます」の形になったり、諭すような言い方で草書のような文字から読めるような字になり(普段縦書きをすることはないのですが文字の勢いをとめたくなかったので縦書きにしました)
 
 2日の午後になるとピンクの紙(感謝の方を書く紙)をかけるようになりました。
父はいろんなものを選択出来ない状況で育ち、それを私達に押しつけたということ。
我慢することで子供として成長しているようで逆に父には何か寂しい思いをさせていた気がします。
内向的でわりとものわかりのいい子供を演じていたのかもしれないなと。
ものを買ってくれておねだりしたこともなく甘えたことがあまりなかったように思います。
 
父が一人の人間として見えてきた頃に諭すようにもう「私ももうすぐ30になりますので(今年29ですが)もう、ひとりの大人として扱ってください。私は私なりに精一杯自分の道を生きていき、きっともうすぐ父の側から離れると思います。
ただただ、その日が来ることを静かに見守り、ただただ、黙ってそこにいてほしいのです。」ということを書き始めました。
 
父はどこか一方通行に不満や不安を感じていたのでしょう。
その遮られた、焦りが変なちょっかいを出してみたり、私を子供ままの幻影を見続けていたのでしょうし、私も老いていく
父をどこか受け入れられなかったのかなと感じました。
 
慈愛に満ちた光を感じられたときにふと、何か背負っていたものが抜けた気がします。その気持ちになり、白い紙(ゴミをたくさん書いた紙)を目の前におくのが辛いこと辛いこと。重いのです。ものすごく重いのです。こんなにネガティブなエネルギーってあるのかと思ってしまった程です。
 
3日目は、その感覚がありつつ、まだ何かあるのではないかと疑っていたみたで、そのあたり、父のことではなく、そこに座っていること自体が私にとって辛かったのです。
胸がつかえてました。そこにいるだけで浄化が強くなるのか・・・ものすごく午前中は水を飲んでいたようです。途中、体が右や左に緩やかに回転を始めました。
少し、散歩に出かけ、ぽーっとしていると、辛さがとれてきたみたいで、午後にはピンクの紙(感謝を書く紙)にまた戻ることができました。
私がほんとに危ないといけないと思うまで、じっと見守っていてほしい、自由で、そして責任を受け入れ、まず母のことを大事にして生きていってください。それが私のお願いでもありますと。
 
 感謝の気持ちって書くのがはずかしいので、最初はハングルで書いてました。(そんな片言に毛が生えたくらいしかわからないんですけどね)
「カムサハムニダ」って数行です。
「言葉が出ないんだけど・・・」って書きながら・・やっと躊躇していながら・・・も日本語に戻りました。
 
潜在意識が開いたときに人は不思議なことがあるものですね。
ひとつ、大切なものを許すことに恵まれた気がします。
実は、家に入る前に道のところに父の後ろ姿を見ました。
確かに、いつも着ていた服の父がいたんです。
帰路の時、家に帰るのがドキドキしいていて・・・あっーっ、
 
こんなものかって感じて家に帰って母が言った言葉「父は神宮球場に野球を見に行って今すごい雨が降ってきたよと」
えっ、私は確かに見たはずなのに・・・(誰だったんだろう?)
ちょっとびっくりですが、本物に会ったときに私はどう思うのか楽しみでしたが、翌日、本物?の父に会ったのですが、不思議となんとも穏やかな感じでした。前みたいにそこにいるのが気になったりしなくなったんです。
 
内観の感想を書こうとゴミの紙と感謝の紙を持ち帰り、体験談を書いたらゴミの紙を捨てようと思い、帰ってからすぐに書き出しました。捨てて、ほっとしました。目の前に置くのもなんだか重くて気持ち悪くて・・・。自分で書いたものなのに、言葉のエネルギーってすごいなと思いました。
 
翌日、朝、目が覚めようとしたその瞬間、体の中から黒い影がぽこっと音を立てて私の体から離れてったのをみました。
あーっ、これがゴミだったのかなって思いました。父の内観を通して、血縁の父の母、(私から見て祖母)のこともあまり気にならなくなったのも不思議でした。
 
あーっ、父が生きているうちに父への感謝の思いが出来て、ほんとうれいしいです。慈愛ってこういう感覚なのかなと思いました。本当に、ありがとうございました。
 
NO.62
私は父との関係を改善したい、その思いで今回の内観に参加させて頂きました。
父の病状を受け入れられず、父の存在、父の言動のひとつひとつがうっとうしく、私の目に映る父の情けない姿にイライラし、感情的になる自分にも罪悪感がつのり、私が感情的になり父を受け入れないことが、父の病状をさらに悪くしているようなそんな気がして苦しくなっていました。何とかしないといけないと思っていたところ、今回のご縁を頂きました。
 
私は初め難しく考えてしまって、父への感情を書いているにもかかわらず、何にも書けていない気がしていました。どんな感情になって何を書けばゴミ出しになるのか、そんなことを考えながら、ただただ父を思い、父への腹立たしさを書いていましたが、小野先生に、どうですか? と質問される度、何をどう答えればいいんだろうって戸惑っていました。
 
途中、こんなことしてて何になるんだろう。父はあのままなのに、私がこうすることに何の意味があるのだろう。という思いがわいてきました。何とか自分の気持ちの持ちようを変えたいとゴミ出しをしているのに、こんな気持ちになるのは、ひねくれますね。ホント。
 
でも、面接の時に、小野先生からあるお話しを伺い、涙が溢れてとまりませんでした。何でこんな父なんだろう? 何で家族に迷惑ばかりかけるのだろう?家族に対して思いやりのかけらもなく、自分勝手でどうしようもない人、そう思っていた父に対する私の気持ちがガタガタと音を立ててくずれていきました。
 
父の中に私と同じ部分を見つけ、父を嫌っていた私。父のことを、うっとうしい、情けない、大キライと思っていましたが、父を嫌うことで私は私自身をも嫌っていたんだと気づかせて頂きました。
 
内観を終えてから、私の父への感情は確かに変わりました。この人こそ、絶対に変わらないだろうと思っていた、その父が少し違って見えます。何の意味があるのって思ったゴミ出しですが、大きな意味がありました。この機会に参加させて頂いて本当によかったです。ありがとうございました。 
 
 
NO.61
今年2月から 小野先生のホームページに出会ってありがとうございますと毎日つぶやいているところで まだ日が浅いです。
本日 内観が体験しました。
 
私は 物事を最後までやりぬこうと決心するものの 壁にぶつかるとつい立ち止まり進むことができず それから逃げてしまいがちです。
息に抜き方もへたでいつも気負ってしまいがち、 まわりに認めてもらいたいという変なプライドから完璧にしようと肩肘張ってつかれてしまう・・・・・という感じです。
おまけにそれが裏目にでて身体のだるさや生理が不順になったりと体調が良くない日も多く、30半ばにさしかかる私は 結婚して5年なかなか子供にも恵まれず・・・・という感じです。
 
昨年 身体作りのためと主人と相談して仕事をやめパートにきりかえたものの 今になってやはりやりがいのある仕事したいでも子供も欲しいなんてなんともわがままな自分がいたりします。
そんな私は 自分のことがもどかしく 嫌気がさし 好きになれません。こんな思いをただひたすら紙に書きつづけました。
 
一時間ほどして先生とお話してお昼だったのですがどんどん湧き出てくるネガティブな感情がとまらず 休みなしでさらに一時間半ほどつづけることにしました。
いろいろ書いているうちに涙もとまらず 心臓の鼓動もはっきり感じられるほどにドキドキして寒気もしてきました。 字も段々乱暴に殴り書きのよう様になってしまい、自分でもとめられないほど イライラしてきました。机をコツコツとたたき 足もバタバタ・・・・という感じです。まるでだだっ子のようにです。大人になってからこんな風にとりみだしたの初めてで自分でもびっくりでした。
 
そうして 先生とお話してこの行き場のないエネルギーを換気していただき、そのあと一休みして また紙に書き始めました。
すると 今度はす~っと肩の力が抜けていき あんなにひどかった紙の字もまともになり 出てくる言葉は感謝のきもちはありがとうばかり。
 
自分の嫌いなところを表す言葉もなんだかこれも自分と受け入れていけるのです。どんなにまだまだ不満があるはずだと書こうとするのですが言葉がでてこないのです。
おまけにねむ~くなってしまうぐらい気持ちよくなってきてしまいました。 先生にこのあとお話をしたところ 何か大きなゴミがひとつ処理されたんだね。とのことで自分でもびっくりの体験でした。
 
まだまだ これからもいろいろあると思いますが、この世の中の見えないエネルギーの力も借りながら感謝の気持ちを忘れず、自分自身を振り返っていけたらと思います。
小野先生、本日の貴重な時間ご指導ありがとうございました。
 

 
NO.60
2月に内観をしました。母に対してです。ずっと母に振り向いて欲しい、私の事も見てよ!という思いがあって、いまだに甘えたい・・と思う気持ちがありました。でも母の前ではいつもいい子でいてしまいます。ゴミだしでも、母にこんな事言われた、こんな時にこちらを向いて欲しかった・・でもその時母もいろいろ悩んで忙しかったはず・・と母の気持ちまで考えてしまって・・。
 
小野さんに「お母さんはいいから自分の事だけ考えて。それにもっと殻をやぶってみたら。まだ自分自身の深い気持ちが出てないようだよ・・」と言われたのですが、そこで一日目が終わりました。
 
二日目は朝から、私の要求ばかり言葉になって出てきます。そうしてるうちに、ふと、母にこんなに要求してもあかんわ。母は元々さばさばとした人で私がうじうじ悩んでるなんて知らないだろうし、言ったところで「ふ~ん」で終わりそうだし、私が悩むだけムダちゃうか?・・と、なんだか悩んでる私が可笑しくなってきて、急に力が抜けて、すうっとしました。
 
自分の子供に対してもちゃんと向き合えなくて私が母に感じた同じ事を子供たちに感じさせてるのでは?と気になってたのですが、それも大丈夫、うまく育てる事ができるやろ・・と、晴れ晴れとした気持ちになったんです。自分の中で母への想いが整理できました。
 
ちょうど引越しも考えてて、「ゴミだしないと入ってくるものも入ってこないよ」との小野さんの言葉どおりに、気持ちのゴミを出し、内観後は生活のゴミ(不用品)を出してたら第一希望の物件に入居でき、念願だった実家のそばに住む事ができました。今毎日のように母と会いますが、そんなに構える事無く接することができます。
 
当日ご一緒だった皆さんとはほとんどお話しもできませんでしたが、同じように内観したんだ!という連帯感を感じてます
(私だけ??)小野さんにもご指導いただいてありがとうございました。これからも感謝の気持ちを忘れずにしたいと思います。
 
NO.59
 今回で三回目の内観となりました。
前回までの私は、内観を「なんて、かわいそうな私…。」
と、被害者の気持ちで受けていたように思います。
 初めて内観を受けた昨年10月から半年が過ぎ、
自覚はないけれど、何かが少しづつ変わってきていたようで、
今回は、何故か明るい気持ちで初日を迎えました。
 
 前回までは、ウダウダ、タラタラと読めない字で書き出ししていましたが、
今回は、バッサバッサ切って捨てるような勢いで書き出ししていました。
(自分でそうしようと思ったわけではないのですが。)
 
 ある程度、書き出しをして
「ハ~」っと呼吸をして、お茶を飲み、書いた文面に目をやると
心の底からこんな思いが湧いてきました。
「私は『救い』と言うものが何なのかを知りたかった。
そして、その『救い』がなんであるかを、ようやく理解した。
理解できたのは、この両親の元にいたからではないのか?
だとすれば、両親のお陰で傷つけられた!と思っていた
これまでの人生は、実は自分が望んでいたのではないのか?」
やっと何かにたどり着けた思いがしました。
そして、小野先生の面接の時間がちょうど回ってきました。
先生が「あなたが最善の事が理解できるように、
お父さん、お母さんが演じてくれていたんだよ。」と教えて下さいました。
両親とは同じ道は歩めない、別の道を歩んでいるんだと思っていた
私ですが、両親と一緒に歩んできたんですね。
そして、これからも。
 
この時に、やわらかい何かに包まれた感じは、今も変わっていません。
 
二日目、先生の面接の時間に、
「話していると、何かビクビクした感じを受けるのだけれど、
何か心当たりはありますか?」と、聞かれました。
 幼稚園の頃、私は父が大好きだった記憶があります。
けれども、小学校に入った頃から、父との関係が壊れ始めました。
父は厳しい人で、(父の価値観で)間違った事をしたり話したりすると
叩かれたり、蹴られたりしました。
子供の心理なんて、父には通用しません。
どんな理由があったか、なんてことは重要ではないのです。
正義か悪か、二つに一つ。
「間違ったことを言っていないか?」と考えながら話すのは
子供の私にとっては、かなりのストレスであったように思います。
 人と話す時に、相手の思いに沿った事を話しているか、
分ってもらえるように話せているかがとても気になり、不安になります。
このビクビク感を、先生は察知されたのですね。
 
 これを、指摘されただけで泣けてきましたが、
これが、最後に残った最大のゴミなんだと思いました。
これから解放されるために、三回目の内観を頑張ったんだなとも。
このゴミを出すのに、時間はかかりませんでした。
書いたゴミが瞬時に消されていく感覚も味わう事ができました。
最後の面接では、スッキリした気持ちで先生とお話できました。
 
 内観が終わり、父と会う事がありましたが、
不思議に、今まで感じていた圧迫感はなく、
両親には、穏やかな心で話せます。
 
今日まで内観を導いてくださった小野先生と、
先生に出会わせてくださった神様に心から感謝いたします。
こらからは、心にありがとうございますを響かせていこうと思います。
 
ありがとうございました。
 
 
NO.58
先日、初めて内観に参加させてもらって大変お世話になり、改めてありがとうございました。今現在は大きな変化を感じる事はまだ出来ておりません。内観の感想をうまく表現できないかもわかりませんが、文章にしてみました。
 
1日目の内観は姑に対して行いました。
私は主人とは6年半の恋愛を経ての恋愛結婚だったのですが、結婚が決まる前後から何か不自然な違和感があったのです。
 
結婚式まであと3ヶ月というくらいで主人の家の借金の事を知り、私が育ってきた環境からは程遠い家庭に嫁ぐという不安から「結婚を辞めたい」と主人に訴えた事もありましたが、そんな私の気持ちなんてちっぽけなもので、自分の力ではどうしようもない、何か有無を言わさない大きな力によって結婚してしまったという感じでした。
 
結婚してから思いがけない事の多さ、こんなはずじゃなかった、どうして私ばかり・・・という連続で結婚してからの1~2年は騙されたという意識が強く、離婚届を手元に置く事で、いざとなったら我慢しなくてもいいんだという心のより所にしていました。どうして私がこんな思いばかり・・・と被害妄想の中、すがる思いで内観に参加しました。
 
内観が始まり、姑に対して納得できない事を書こうとゴミ出し用の紙を前に、心の中がざわついた様子も無く、あまり感情が出ないまま「こんな状態でいいのかな?」と思いながらポツポツと書いてました。
 
はじめは、結婚して自分の置かれている環境に納得が出来ない事柄を書いてました。でも、心は特に動くことも無く、なんだかいつもの憂鬱感を引きずったまま書き続けていました。「悪口ばかり書くのもなぁ~」と思いながら「感謝」の紙にも何か書こうとピンク色の紙を前にしても1行しか出てきませんでした。
 
先生との面接時に「ムリして感謝の言葉を書かなくてもいいよ」と言ってもらって、なかばムリして書いたのがどうしてバレたのかと少し恥ずかしく思いながらモジモジしていると「遠慮しなくてもいいから思ったことを書いて下さい。納得できない事を全てこの内観の場に置いて帰るつもりで何でも書いて下さい」と言われました。
 
それから席に戻ると、ただひたすら手が勝手に私の心の中の叫びみたいな事を書いてました。否定的なとても凶暴な言葉達が、自分の意志とは関係なく出てきて、書きなぐってるという感じでした。
 
内観を終えて、まだお姑さんとは会っていないので変化が起こっているのか起こっていないのかは分かりませんが、次に会う時には優しい気持ちで会えるように毎日「ありがとうございます」を唱えています。
 
2日目は亡くなった母に対しての内観をしました。母には頭を下げても下げても下げ足りないくらい私は薄情な娘でした。10代から20代の頃は母にキツく当たり、ひどい事もたくさん言いました。母が病気になって他界するまで短い時間ではありましたが、母の病気がキッカケで私は今までの自分を反省し、振り返ることに気づかされたのです。母が病気になるまでの親不孝を、別の形で私が被らないように母は自分の身をもって私の為に病気になったのだと思います。
 
母は私がひどい事を言ってもいつもニコニコと何も言わない人でした。今思うと、本当に神のような愛で私を見ていてくれたんだなぁと思います。内観前までは母を思うと愛しくて、どんな事でも自然に涙がポロポロと流れてきました。今でも愛しい思いに変わりは無いのですが、小野先生に母の幽体の治療をしていただき、「ラクになったわ」と光の元に帰って行った母を感じる事が出来て、何か心に現しようの無い安堵感に包まれました。今は思い出しても涙は出ず、自然に母に微笑みかけています。
 
NO.57
まずは、2日間ありがとうございました。集中内観に参加させて頂きとても良かったと思います。自分のしてきたこと、自分が感じてきたことを振り返り確認する貴重な体験でした。
 
集中内観に参加したいと強く思ったのは、日常の人間関係の問題や、離婚など過去に起ったトラブルなど、突き詰めていくとすべて母との関係からきていると感じていたからです。以前にはACのカウンセリングを受けてみたり、自分なりに考えなんとかしたいと思ってきましたが、どうしても自分の中に壁があって、それを越えることができませんでした。
 
もうあきらめようと思うのですが、何かが起きるたび母とのことが蘇ってくるのです。幼い頃からいつも愚痴を聞かされ、怒りをぶつけられ、感情のゴミ箱にされていると感じていました。私が楽しんだりはしゃいだりすれば、調子に乗るな、甘ったれるんじゃないと怒られました。そんな訳でとにかく人(特に同性)とは距離を置くこと、感情に覆いをかけることで何とかやり過ごしてきたような気がします。
反面、経済的には特に不自由なこともなく、やりたいことをさせてもらってもきました。大きな不幸やトラブルがあった訳ではないのに、こんなに母のことを嫌悪してしまう自分をもて余していました。
 
 ゴミ出しをしていく中でわかったのは、自分の想いが自分を動かしてきたという事です。
思った以上に母に対する激しい恨みの言葉が出てきて、びっくりしました。
「お前には母親の資格はない」「何で私を産んだ?」…長い間子供を欲しいと思えなかったことと深い関係があると思いました。
 
「(私にしたことは)絶対に許さない」「土下座して謝れ」「お前が悪い」「お前のせいだ」…普段は隠れているのですが、親しい人・心を許した人になればなるほど、困らせたり、精神的に追い詰めたり、傷付けてしまう自分を止められせんでした。そして謝らせたくなるのです。
 
私は今母親にされたことをしている、昔母親にして欲しかったことを求めているとわかっても止められないのです。元夫にもひどいことをしてきたと思います。基本的に人を信じられない、みんな私から何かを奪おうとしている、利用しようとしている、という感覚に苦しめられてきたことを改めて思い返したりしました。
 
そして、「(私が苦しんだのと同じように)苦しめ 苦しめ」という言葉が出てきて止まらなくなりました。面接で先生にお話しをすると「恨みを消す」ということを施して頂きました。不思議なことですが、その後ゴミ出しを再開したところ恨みの言葉が全く出てこなくなり「ごめんなさい」ばかりが出てくるのです。申し訳なく泣きたくなるような気持ちでした。後でお聞きしたところ「潜在意識の深い部分に浸透していて、私一人が書き出すだけでは処理しきれないであろうと思われる恨みの感情の一部が消え去ってゆきました」とのことでした。
 
2日目もとにかく心に浮かんでくる言葉を書き出していったのですが、1日目よりは感謝や謝罪の言葉も多くなってきたものの、怒りの言葉を書き連ねても手ごたえが感じられず、何をやっているんだろうと思ったりもしました。面接中に先生にお腹に手を当てて頂いたら熱いくらいの温かさを感じ、その後は気持ちがすっと落ち着き、「ありがとう」の言葉も出てくるようになりました。
 
けれど、しばらくするとまたいつものあきらめの気持ちが出てきて、先生にお話しをすると「あなたがそんなことを言っていては、こちらはもうそれ以上何も言えなくなってしまいますよ。」と言われました。そうだったなあと思い直し、「ある人はゴミだしの作業は岩盤を掘るようなもの、だと言ってましたよ。」とのお言葉を励みに、ただただ続けていこうと思いました。結局、今回は大きな感謝の気持ちを感じるまでは至りませんでしたが、とてもありがたい体験をさせて頂いたと感じています。
 
一週間たって大きな変化はないのですが、気持ちが以前より安定しているような気がします。教えて頂いたようにお腹と背中に手を当て「回転をととのえる」とすっと心が落ち着くようになりました。それから、目つきが変わったように思います。良くなったとか悪くなったとかではないのです。
 
他の人にはわからない微妙な変化ですが、先生より「内面が変わる時は目つきも変わることもあります」とのお言葉を頂いたので、これでいいんだと安心しています。母とは別に暮らしており、まだ会っていませんが、近いうちに訪ねるつもりです。
 
たぶん、まだ先は長いのだと思います。でもあきらめず、「光」にたどり着くまでゴミ出しを続けて行きます。
 
 
NO.56
内観を体験して。
 
私は、ずーっと人と関わるのが苦手で人に対して心が開けないところがあり、なんとかしたいと思ったことから、今回始めて内観に参加させていただきました。こんなに長い時間自分と向き合ったのは人生ではじめての経験でした。今のところ、世界が違って見えるほどの変化というのはないのですが、それでも、内観に参加する前と後とでは何かが違ってきてるように感じます。
 
父母のゴミだしで、一日目母の方から始めてみました。母に関しては、よく煩わしいと思うことがあったので、一気にたくさんのゴミが出てくるのかと思っていたのですが、中々出てきませんでした。面接の時そのことを先生にお話したら”出そう出そうと力を入れすぎるから出てこない。「潜在意識に向かって語りかけてみて下さい」とアドバイスをただき、そのようにしてみました。
 
それでもうまくいかず、どうしたらいいのかなあとちょっと焦っていると、2回目の面接で、「人によっていろんな現れ方をするから、書けなくてもあの場にいるだけでも浄化されているんですよ」とのことでした。そんなものなんだなあと思い、自分の席で暫く待ってみました。不思議なことに、その後しばらくすると今までがウソのようにたくさん母に対しての思いが出てきて、それと同時に涙もあとからあとからあふれてきました。それは、母に対してごめんなさいの涙でした。
今まで自分が母に対して思いやりのない言葉や態度で接してきたことを思い出し、申し訳ないと思う気持ちで一杯でした。
 
2日目、”天にお任せする”という気持ちで席に座っていました。午前中は全く何も浮かんでこず、でもなんだかスッキリした気分でした。もう母のゴミは出切ったようなので、その後は父に対してのごみ出しをすることにしました。その中で一つ気づきがあり、私は今まで父の事が嫌いだと思っていたのですが、本当はそうではなかったという事がわかりました。その後は、時々ポツンと出てくる程度になって、でもまだ終わったという気がしなかったので最後まで待ってみようと思いました。結局時間がきてもそのままの状態だったので、次回はこの続きをしたいと思いました。
 
”内観はゴールではなくスタート地点です”と先生がおっしゃっていたように、やっと”自分への道”が始まったばかりなんですね。これからもまだまだ一杯あるだろう自分の中にあるごみを出し続けて、心の弊害をなくしやがて私も、知らないうちに自分のしたことが世のため人のためになってしまっているようなそんな人間になりたいと思います。
 
NO.55
昨日の初・内観では大変お世話になり、ありがとうございました。
人見知りをする自分が難なくとけ込めた事、お二人がきめ細かい気遣いと柔らかくて暖かい波動の中での贅沢な時間と場所を提供して下さった事に感謝の気持ちで一杯です。
 
帰りの車中では、書き出す作業でゴミ出しをし、その間のインタビューでもまたゴミを消してもらい…と本当に一日中ゴミ出しをして下さっていたのだと改めてありがたかったなぁと思っていました。
 
また、
・群馬まで行ったのだから、モトを取るべく何かしらの(目に見える)収穫がないともったいない。
・眠くなっても寝ていたら時間がもったいない。
・憎しみ・怒りのゴミが消えていくには大泣きする等
 それなりに大きな反応が伴うはずでは?
と考えるのは私にとっては当然の事であったのに、
これも顕在意識で決め付けている観念(ごみ)だったとは。
そしてゴミ出しに関して「私は流れるままに天に任せよう」と決めていたのに
そして任せていると信じて疑わなかったのに、これこそ目からうろこでした!(笑)
 
こういった類の観念は掘れば掘る程、
わんさか出てくるのではないかしら(#^.^#)。それも楽しみです。
 
NO.54
前回2月の関西内観の時に、母に対するゴミは、本当はほとんど出ていたと思います。それでも、母の本質は離してくれませんでした。え? まだあるの?終わりはないの?って感じで、ずっとずっと母に対するゴミ(と
思いこんでいた)を書き続けていました。でも、さすがに、3月頃から、これは母に対するゴミなのか、自分自身の問題なのか、分からなくなっていました。分からないままに今回4月の内観に参加しました。
 
そして、初日、ずっとずっと書き続けてきた「あんたのせい」って言葉を書いていたけれども、途中、「これは終わらないな」って思いました。
そして小野先生と面接をしていて、それは、私自身の一番ネックになっている、弱い自分を守る為のズルイ逃げの文句だって気付かされました。
母は、私のそんな一番ズルイ部分を見せてくれていました。そして、ほとんどのゴミを出したにもかかわらず、それでも、それでも、私がそれに気付くまで、見せ続けてくれていました。
 
自分の一番見たくない自分・・・・・、それが怖くて怖くて壁をつくって逃げ込んでいました。
きっと、このズルさが、ずっとずっと昔から持ち越して、その何でも、人の責任にしてしまう責任転嫁な私だったから、今まで色んなことで問題があったのだろうって分かりました。責任転嫁とイイ子ぶりっこが表裏となって、私は今まで沢山のゴミの種を蒔いていました。
 
内観の終わりに、もう、何が来ても、自分の責任であると! 逃げない! って決心しました。そして、帰宅後、やはり怖さが舞い戻ってきて・・・・思わず小野先生にメールをしてしまって・・(ごめんなさい)それでも、今現在、一瞬は怖さを感じながらも、自分の本質を観る場面が、いっぱい
来ていますが、今までだったら、「でも~~」とか「だって~~」とかの言葉でとりあえず逃げていた私が、「ごめんなさい」とか「すみません」とか自分の失敗を認める言葉が出始めました。
 
内観って、ゴミを出すって、ものすごく深い意味のあることなんだなって、よく分かりました。沢山のゴミを出したけれども、本当の勝負は、これからの、今今今の一瞬一瞬なんだと感じます。いつもの生活で、逃げないで、何が来ても受け入れることかな?何て、エラそうに書いている私ですが、日々、逃げの態勢と戦う弱い私です。そして、沢山のゴミを出したけれども、まだまだ、もっと沢山のゴミがあるなぁって思った今回の関西内観でした。最後に、私の諸悪の根元を見せ続けてくれた母親に感謝を送ります、ありがとう。
 
 
NO.53
この内観で私は、母に対して4度目の取り組みをしました。
終わった今は、「静かな安定感」を感じています。
 
一番最初の内観で母をやり、自分にとっての大発見があったときは、気分も高揚し、涙も出ました。母との関係が、私の病気の大元になっているのかもしれないと強く感じ、2回目、3回目と続けましたが、出たのはゴミがほとんど。こんなにあったのかと思うくらいの量で、この分では、母に対する内観を永遠に続けなければならないのではないかと思ったくらいです。
 
今回、さすがにゴミは出にくくて、なぜか「ごめん」という言葉が出ました。幼い頃から、「謝りなさい」と言われても素直に謝れず、いつもごまかして、「ごめん」など言ったことがなかったように思います。長じても、他人に対しては言えるのですが、なぜか母に対しては反発心がありました。
 
そのまま、ありがとうまで行くのではと期待したのですが、次に出たのは、今までとは違う種類のゴミでした。「束縛しないで」「一緒にはいたくない」というような内容で、その反面、「生きていてくれて良かった」や「長生きしてほしい」「(母が)死ぬことが恐い」といったように、ゴミではないけれど感謝でもないようなことをたくさん書きました。
 
先生には、母との距離感について指摘され、親離れ子離れができていない、独立しきれていないのではと言われました。反発し、できるだけ離れたいと強く思っていながら、実は互いに依存し合った部分があるので、もし母が死んだら、自分のその部分もなくなるということを恐れているのかもしれないとのことでした。
 
私は、自分で思っている以上に、母に依存しているんだなあ、そしてそれは、過保護に育てられた過去のことと思っていましたが、その関係は消えることなく現在も進行形なんだと感じました。
 
それでもとにかく、出てくるゴミを書き続けたら、「死んだら恐い」が「死んだら困る」になってきたのです。母の存在の大きさ、大切さが少しずつわかっ
てきたように思えました。「もうゴミはいいから、存在の大きさのほうに焦点を当てて書いてみたら」と言われ、ようやく少しずつですが、感謝の言葉が出てきました。
 
父の内観をしたときは、劇的な感謝の感覚を味わったので、こんなに起伏のない気持ちでいいのだろうかと疑いつつ書いていました。先生に、「感動は人それぞれだし、泣かないからといって感動していないということではない。静かな気持ちでいい」というふうなことを言われ、最後は書くのをやめて、母へ「ありがとうございます」を心の中で言い続けるようにと
のアドバイスでした。
 
終わった今になってみると、母とは屈折した関係だった、避けながらも依存していた自分、依存している自分がいやでなお避けるという悪循環だったような気がします。距離感をとることに、ずいぶんエネルギーを使っていたようにも思います。感情の高まりがないということは、意外な結末でしたが、それも私にとっては大切なことかもしれないとも思いました。
 
ありがたいことに、今までの内観で出した数々のゴミは全然戻って来ていないようです。そして、ごめんも言えた。生きていてくれるだけでありがたいと思う気持ちを感じた。今後、母との距離感がどうなるのかはわかりませんが、これで一区切りついたような、静かな、安定した感覚を感じています。
 
NO.52
二日間本当にありがとうございました。
初めて内観という場に参加させて頂き、がんじがらめでガチガチだった心のゴミ出しをさせて頂きました。
私は「子連れ再婚」からの「心の葛藤」に苦しんでいました。
 
「あの人、継母なんだって」「継子ちゃんかわいそう」と言われてる、責められてる気がして苦しかった。
継子ちゃんが悪い事しても「それはストレスからきてるん違う?」と、いかにも私が原因かのように言われている気がして何でも私が責められている気になっていた。
内観は「父母」のことからとおっしゃって頂きましたが、私は「継娘の事」が大きいのでということで、この事から始めさせて頂いた所、ある時点から、私の母と私のことに変化していきました。
 
結婚という一大事も、一度目の結婚は「母の勧めるお見合い結婚」でした。考えると幼少の頃から「母の言うことは絶対」という観念が私を苦しめていたという事がわかりました。そのゴミを出している間に「母も幼少時代から私と同じ道を歩いてきた(祖母と母との関係)。
 
 
母は愛情を上手に表現できる人じゃないが、精一杯私を愛してくれている」事が、胸の底から込み上げ張り裂けんばかりに涙が込み上げてきました。
 
同じく父に関しても、父も実母を2歳半でなくし「継母」に育てられました。
よい母だったらしいけど、やはりどこか寂しかったのでしょうか? =「私と継娘との関係との、感情の関係に関わっている!!!」
そして、父も表現は下手なだけで私を愛してくれている。という事がわかりまた号泣しました。
 
貴方は許しができたのです。受け入れることができたのです、と先生がおっしゃってくださいました。
その時の先生のお慈悲満ち満ちた顔が焼きついてます。
ほんとに父母の魂が先生に乗り移ってるかのような感覚です。
今思い出しても涙がでます。
 
継娘も私にいろんな事を教えてくれる為に私の所にきてくれた。
私が悟るために出会うべくして出会った。神様のお引き合わせ。だったのです。
 
その後、我が家の家族関係へのゴミだしを始め出しても出しても納得いかないまま時間が終了してしまいました。
 
そして二日目、最後のテーマの納得なかなかできず焦っていた所、先生が「今、納得しなくても風景が変わるよ~という言葉に「内観1日めの昨日の夕方の帰り道、街の風景がかわりました~」
とオオボケ(;^_^)を言ってしまいましたが(でも本当に街の風景が澄み渡って見えました~ 心がクリアになったからだと自分で思います。・・・)
 
そして家での家族の関係が・風景が・本当に変わったように感じます。
ありがとうございます。
 
今、毎日が「修学旅行に行く前の子供のような気持ち」ですごしています。
お花を見ても、自転車走っててもなのです。
今までは子供に文句を言われると、死ぬほど腹たってたのが、なんだか文句言ってる子供が少し可愛く見えてしまう、という変化が起こってます。
 
全て「内側から発信」してるものなのですね。
 
最後に、貴方がみんなに勇気を与える番です。という先生の言葉に、又涙・・・
 
世の全ての方々みなさん、ありがとう、虫さん、ありがとう、お花さん、ありがとう
そして気づかせてくださった小野先生ありがとうございます。
 
NO.51
 まず、最初に感謝の言葉を申し述べます。ありがとうございました。昨年末の内観から3ヶ月、私はこの日のために生きていたと言っても過言ではなかった。指折り数えて迎えた二日間を終えて充実感が心の中いっぱいに広がっている。
 
 小野先生、若子さん、お世話役のお二人の手助けを頂きなら、この二日間、最終的には自分との闘いだったような気がする。最後の面接で先生から「山なら八合目まできたね」と言って頂き、米谷さんから「よくここまでがんばったね」と労わって頂き、自分の席に戻ったとたん、二日間の壮絶な体験を乗り越えた、心地よい疲労感と充実感で胸がいっぱいになってしまい、思わず涙が流れてきた。
 
 前回同様、母に対するゴミ出しを行った。前回の内観を経験して、自身のゴミの多さを自覚した私は、「ありがとう貯金」をそれなりにこなし、内観一週間前には集中的に自己浄化瞑想をやって、ぶっ倒れそうになりながら、肉体のゴミ出しをやったことになり、それらを経て臨んだ、気合入りの内観である。
 
 腱鞘炎を患ったことのある右手が麻痺したら、左手で書いてやる、と覚悟して書きに書いていたら、気合を入れすぎた私には、本来の流れをせき止める雑音が入ってきてしまい、その流れに乗ってしまった。面接の際、先生に軌道修正して頂いたが、そのとき、私の魂にかかわる深い深い対面を経験し、私は心と身の芯からの安堵を生まれて初めて経験した。
 
 また、その日の最後の面接では、私の持って生まれた最大のゴミ、これを先生がずばりと指摘してくださり、まったくそのとおりなので、すがすがしく納得し、対処法まで教えていただけて、本当に晴れやかな気持ちで一日目を終了した。
 
 夜の懇親会もとても楽しい気持ちで参加できた。このときばかりは「お酒の飲める体質に生んでくれて、お父さん、お母さんありがとう」なんだから現金なものである。
 
 二日目、私にとって、今までで、最も恐ろしい対面をした。鳥肌が立ち、心臓がバクバクし、体中が震えた。
 午前中、母のことを書いているつもりが、いつのまにか「あいつ」という表現を使うようになり、母なんだかその「あいつ」なんだか、混乱状態に陥ってしまった。先生に面接をお願いして、窮状を訴えると、なんとその「あいつ」とは、私自身が勝手に作り上げた、私のネガティブなところだけでできている、架空の人格だったのだ。
 
 溜まりに溜まったゴミは、人格までも作り上げていたのである。私は、私が勝手に作ったその人格に対して、恐怖感を持ち、不安を感じ、焦りをむき出しにしていたということになるのだ。余りのことに、笑いが出て、そして、ばかばかしさと愚かさで悔し涙が出てきた。
 
 しかし、その後、私は二度の内観でどうしても書くことが出来なかった、母への感謝の言葉をたどたどしく書き始めることが出来た。
 
 子供のころ、母と歌った歌の歌詞、そして、私の心の中に大切に大切に仕舞われている3枚の母との思い出のスケッチ画を取り出し、言語化した。私はその3つの思い出については、ずっと昔から、その気になれば絵にすることも、詩にすることも、歌にすることだってできたのに、意地になって(ゴミのせいで)そうしなかったんだ、ということを認めることができた。
 
 感謝の言葉が書けるようになったからといって、ゴミはまだまだたくさんあると自覚している。今は内観直後の放心状態を抜け出し、自らを整え、5月の内観を心待ちにしている。
 

NO.50
今回は父に対するゴミ出しをしました。実を言うと、普段父には当たらず、触らずの距離をとってきたため、親に対する愛情を感じてはいても、特に強い感情は無いつもりでした。実際に、ものすごい恨みつらみを紙にかいたわけでもありませんでしたし。ただ、自分が意識している以上のこだわり(以外と押さえつけられてるように感じていたのだと思ったり、うざったいとか)が出てきました。特に先生が父の「深い意識」と私をなげてくれた後には特に、短時間で色々な言葉がたくさん出てきました。
 
父は現在単身赴任をしており、内観後でもまだ会っていないのですが、あさってから母と訪ねていくつもりなので、内観を受けた後の変化というものが感じられるか少しドキドキわくわくしています。
 
あと、メーリングリストでの皆さんの体験談などを読みながら、「父に対してのゴミ出しだったはずだけれど、あの時出てきた言葉は現在の私自身についても当てはまることだったかも」と思えてきています。同時に自分に対してのゴミ出しだったなんてことはあるのでしょうか???
 
集中内観後に皆で歌った「ありがとうの歌」はいいですね。今まではとにかく、回数を言うことが大事だと思って、ものすごいカオで「ありがとう」を言っていましたが、今はずっと気楽に楽しく言えています。歌を歌いながら無限の輪をすると、苦しさがありません。お風呂の中でこっそり(大きな声ではちょっと・・・)歌うと楽しいです。これで無限の輪で想定している相手と今までよりはいい関係(もしくは関係が切れることも?)になれればいいなあと思います。
 
また、最後に頂いた「ミュータント・メッセージ」にはアタマをガツンとやられた気分になりました。勝ち負けではなく自分も相手をハッピーにさせるチカラというのがどれだけ大切か、そしてそれを私達がいかに忘れているかを思い知らされた気分でした。本当に私達は後天的に学習した習慣、感覚に覆い尽くされているのですね・・・。
 
集中内観によって「劇的に」状況が変化したとは今のところ言えませんが、細かいところから徐々に変化が現れているような気がして、今後もますます楽しみです。
 
NO.49
 1月沼田で初参加させていただいた翌日に今回も参加を決めていてこの日を非常に楽しみにしていました・・・。と言うとすごくきれいに聞こえるものですが、実際はと言うと・・・当時は期待に胸膨らませていたにも関わらず、日常(仕事上)の行き詰まり感からか日程が近づくにつれてとても今回はやり遂げられないと弱気になり不安で、重荷にさえ感じていたところもありました。
 
ところが2日間やってみて、非常に清々しい気分を得ることが出来ました。また次回に向けて、いろいろ準備したり、勉強したりしたいと純粋に強く願っております。ありがとうございました。今回もこんな気持ちにさせていただきまして。
 
 うまく伝えることが出来ませんが、今回自分が長年「かわいがってきた」感情について、小野先生から心温まるアドバイスを頂けた、ただただそれだけで、ゴミがどこかへ出てしまったようなすっきりした気分を味わえました。それがただただうれしかった。夕暮れ時の太陽があんなにも明るく、眩しいものなのか、どこかで亡くしてしまった何かを再び取り戻せるのではないか、そんな期待感と勇気をもちあわせながら家路につくことが出来ました。
 
 今回も皆さんの姿勢に励まされました。毎回励まされっ放しなので、今度は逆に皆さんを励ましてあげられたらという目標も出来ました。次回も頑張りましょう!ありがとうございました。
 
それから、数日後、再び、お便りを頂きました。下記
 
 非常に苦痛であった、憂鬱感がだいぶ解消されております。油断は禁物ですが日々余裕が生まれているというか、快活に過ごさせて頂いております。これでやっと本当の内観のスタートラインにたどりついたんだと、そう思うだけでまたうれしくなります。もっともっとゴミを出して、これ以上ないくらいに心の底から感謝の気持ちが湧き出るようになりたいです。ありがとうございました。
 
NO.48
正直言って、不思議な2日間でした。。
今日は、酔っ払った次の日のような感覚です(?) ふぅわぁ~とした
感覚でしか2日間を思い出せないのです。
内観を受ける前と後では、確かに自分の中の何かが動いたような気はしている
のですが、それがなんなのか、どぉ動いたのか~。。考えるのは良くないですね。
今は、今の状況を眺めて、次に起きる何かを待ってみることにします。^-^
いづれ それが何だったのかを気づける日が来るのを信じて、
日々「ありがとうございます」の気持で 楽しく・明るく
何かの役に立てるようにトイレ掃除などしながら過ごしたいと思います。
 
それから、数日後に、また、ご報告を頂きました。
 
内観から帰って、
少しずつ 気持ちがゆったりと丁寧になっている、と感じています。
今までは、事を荒立てたくないし自分がイラつくのがイヤで、
ドライに形式的に接していた母や姉・仕事の取引先にも、
とても穏やかにゆったりと接したくなるのです。。。。
 
がっ、しかしっ!恥ずかしいのです (≧▽≦)ゞ
今まで相当ドライだっただけに 心を込めて穏やかに丁寧に振舞う自分が、
こっぱずかしくなります。。。(;^_^A    
「○○さん、どーしちゃったの??」なんて思われやしないか・・と。
 
そして昨日は、咄嗟にわざとドライぎみに接してしまいました。 
その時、小野先生が以前仰った言葉
「自分が幸せになることに貪欲になって下さい」を思い出しました。
幸せになるには、自分に正直に、そして人や物事から逃げちゃいけないんだ
と実感し、今までの自分の「問題を避けて、人を寄せ付けない」
「カッコつけて感情を抑え、素直になれない」というゴミが浮き彫りになりました。
 
今とても、人や物事と関わり合いたいです。
自分の思いを心を込めて素直に表現したいです。
少しずつ、自然な自分へと生まれ変わっていけるように感じ、
今年の春はいつもよりもワクワクしています *^-^*
 
以前は、”内観=衝撃的に愛を感じられる” と、思い込んでおりました。
が、皆さんの感想にもあるように、内観での経験は、その後 様々な形となって
私たちに愛を見せてくれるのですね。
 
NO.47
今回は二回目の内観でした。
一回目は母に対してでした。書いても書いても出てきました。二日目の真ん中あたりで急に出てこなくなり静かな気持ちになりました。でも源に対して「ありがとう」という気持ちはでましたが、母に対して心のそこからあるかというと、まだでした。
 
でもその後、一月以上たってからお風呂に入ってきたときに、感謝の気持ちがでてきました。ただただ泣きながら「ありがとう」と繰り返していました。
 
今回は最大難関(だと思っていた)の父です。一日目、最初はただ円や線を意味もなく書くだけでした。ことばが出ません。少しして感情のようなものが出てきたので書いたのですが、どうもしっくりきません。自分ではものすごくたくさん出るはずだと思ったのに、出ないのです。小野先生から「期待して来たのに出ないんでしょう」と言われましたが、まさにその通りです。感謝のことばがあれば書くようにというので、思いつくことを書いていました。
 
結局父に対してはそれ以上出なかったので、祖母に対してすることにしました。とっくに亡くなった祖母ですが、私には後悔していること、謝りたいこと、少しだけ文句をいいたいことがあったのです。紙に書いていると出てくる、出てくる、祖母への後悔の念は私の大きなゴミだったんだと気がつきました。そして途中から「会いたい」という字をひたすら書いていました。先生のご指導で、祖母と泣きながら話をしました。終わった時はとてもすっきりした気分でした。
 
二日目です。自分は何かから逃げていないだろうか?と思いながら座っていました。少しすると「父」と書いていました。ひたすら何枚もその字だけを書きました。そのうち「娘」と書いていました。少し書くと「私は父の娘だ」ということばがでてきました。たいていの人にとっては当たり前のことかもしれませんが、わたしにとってこのことに気づいたのは凄いことでした。すごい、すごいと思いながらその文字を何度か書いていましたが、最後には涙がとまらないので書けなくなっていました。
 
涙がおさまると今度は「お父さん」と書いていました。わたしには呼ぶ機会があまり与えられなかったことばです。何度も書きました。そして書いているととても楽しいのです。そのうちに感情がでてきました。「勝手なことして」とかいくつか書くのですが、それも楽しいのです。内観は苦しいものという思い込みがわたしの中にありましたが、こういうこともあるのですね。そのあとは「お父さん、ありがとう!」という気持ちでした。
 
天のはからいで、内観の場というものが自分に用意されていたことに、震えるような気持ちになります。ただただ「ありがとうございます」という気持ちです。そしてまた、内観はすばらしいものですが、普段の生活やその中での心がけもとても大切なものだと思っています。内観を受けてこの先自分がどう変わるかは分かりません。ただ、今思っているのは「自分で自分を苦しめるのはやめよう」ということです。
 
NO.46
今日はお世話になりました。大変貴重な経験をすることができました。
また、自分の中でじゃまをしているものを感じ取ることができました。
それは、自己否定の感情でした。自分で自分を必要以上に責めていたり、自分を価値のない存在だと思っていたりしたことがわかりました。・・・というより、思い出しました。私は3人兄弟の末っ子長男で、姉2人はけっこうできが良く、学校ではほめられる存在だったようですが、私は超劣等生でした。
 
小さい頃から、家族にからかわれ、育ってきました。子供の頃、「なんでこんなことも自分はできないんだろう。」「なんで生まれて来ちゃったんだろう。」
と真剣に悩んだのを思い出しました。いつの間にか、そんなことは忘れ、一人前のつもりで暮らしてきたのですが、いつもどこか緊張しているような気がして心が安まらない。何をしても自信がもてないので、ミスも多くなり、疲れる。教員なので人前で話す機会も多かったり、意見を求められることもあったりするが、あがってしまったり、考えがまとまらなかったりして、そういう場面がすごく苦痛でした。
 
自分のことに対して、いろいろ勉強して、大きな原因は親子関係にあるのかなとずっと思っていました。それで、今回内観に参加し、父親に対して行いました。父親に対す恨みや憎しみの気持ちは、はじめどんどんでました。でも、書いているうちに、それが父への要望となり、そしてその要望は誰に対して
いっているのかわからなくなりました。たぶんそれは、自分に対して言っていたのだと思います。
 
内観をしている最中、ずっと頭が痛く、気持ちが悪くて仕方がありませんでした。今日の3回目の面接の後、先生のアドバイスで、自分自身のことを書いたら、一時的に頭が痛く、気持ち悪さが増してきましたが、書いているうちにとれました。自分に対しての情けない気持ちや嫌いなところどんどんどん書きました。手が止まらなくなるような感じがしました。そして、終わりの時、先生に声をかけられたときは、とてもすっきりした気分でした。原因がわかったような気がして、安心感もありました。ずっとあった頭痛や肩こり、疲れなどとも大きくかかわっているような感じがしました。
 
人間関係に対しても大きく影響していると思います。うまくいかないタイプはいつも同じです。それがとても多いのですが。仕事で子供を指導するときも、自分と同じタイプ(境遇)のような子供にはきつく指導してしまったり、自分に自信がもてないので、その場の状況で言うことや態度が変
わったりしていたのも振り返ることができました。2日間の内観で、自分のおかれた状況を感じ取ることができ、本当に良い体験でした。ありがとうございました。
 
NO.45
明日は休みです。
今、ビールを飲んでいて、少しクラクラしています。
大阪から今日まで・・・今までの自分とは違う自分を感じます。
 
体験談だなんて言える程の文章は書けないけれども・・・・。
 
私は、みんなの体験談のように光をしっかりとは感じませんが、
大阪から帰ってから、家にいても仕事をしていても、心がほわ~~っと
しています。
今まではイライラしがちだったのに・・・・ほわ~~っとしていて、
全然イライラしません。
それに・・・・みんなの優しさを感じます。
今まで、どちらかと言うと、悪いことばかりを見つけていたのに
今は、あぁ・・・みんな優しいなぁって思います。
 
今日、長男が学校でちょっとした悪さをしました、が、
今までは自分から言わなかったのに、学校から帰って正直に教えてくれました。
いつもなら、ここで怒り狂っていただろう私が・・・・
悪かったことは冷静に伝えたけれども、怒ることはなかったです。
だからか・・・長男は素直に色々話をしてくれました。
 
今まで「ありがとう」をいっぱい言っていたけれども・・・
正直、口先だけで、全然心には響いていませんでした。
でも、今は「ありがとう」を通勤中に運転しながら歌っていても
全部、心に響きます。
あぁ・・・心に響くってこういうことなんだなぁって・・やっと分かりました。
 
母に対して、沢山のゴミを出したけれども、
出すことによって、自分の中にある、まだまだ沢山あるゴミを実感しました。
私には、まだまだ沢山のゴミがあるなぁって。
やっと「ありがとう」が響くようになったから、やっとスタートラインに立ったような
気がします。
 
時間はいつもとは変わりなく過ぎていってるんだろうけれども・・・
私は今、とてもゆったりとした時間を過ごしています。
4月の大阪での内観参加の件・・・・ありがとうございます。
絶対に休みをもらってまた、参加します!!
 
NO.44
小野先生、お世話になりました。
大阪まで来ていただいて、本当にありがとうございました。
直接お会いできて、本当に良かったです。
先生とご縁があって、内観を受けた事、感謝してます。
力を貸して頂いて本当にありがとうございました。
 
内観の感想ですが、あまり、人に自分の事を伝えるのは苦手なんですが、もしかしたら、これを読んで、誰かの役に立つかも知れないし、そうなれば幸いです。
 
内観は母について書こうと心に決めていました。
内観の説明で、ゴミ出し用の紙と、感謝の言葉を書く紙を用意して、それを言われた時、私は絶対感謝の言葉なんて書けないわ、まあ心のゴミを出すだけで十分。そう思っていました。
 
書き出すうちに、母に対する不平不満は大体おさまりましたが、今ひとつすっきりしません、
私も独立して、自分で生活をしていくうちに、甘い事言ってたら、会社で通用しない、など、体験するようになっていたからかもしれません。
 
母に対する不満はあるものの、書き出すうちにだんだん、もし、母と父が離婚していなければとか、もっといい環境で、周りの人間が、もう少し理解があったらなどと、思うようになっていきました。
 
そして、行き着いたのが、運というか、神様に対する不満。本当に神様なんているの?という疑問。
 
本当に文句を言いたいのは母じゃなくて、神様だ、そう思ったものの、そんな事言っては天罰が下るんじゃないかとか、自分の中で、それは、触れてはいけない事なのに、と、ブレーキがかかります。
面談の時、小野先生に話してみたら、
「それをみんな書いてください。罰なんて当たらないから大丈夫」
「神様は本音の世界だから、建て前は通用しない。すべて書き出す事で神との距離が縮まるから」
そう言われて、書き出してみると、これでもかという位、不平不満が出てきました。
 
「あんた全知全能をつかさどるんだったら、どうしてこんなに苦労させるのよ、私が、なんか悪い事したの?」
「あんた、信じた人しか助けないの、全知全能のくせに、うつわがせまいね~」
などなど、ぶちまけるように、書きなぐっていました。
 
それに、私はキリスト教でもないし、聖書も読んだ事ないのに、なんだか、キリスト教への不満が出てくるんです。
あんたのために何人死んでると思ってるのとか、(そのときに浮かんでくるのは、魔女狩りや、宗教戦争の場面)
本当に不思議でした。
 
そして、最後に出てきた言葉が、「そりゃあの人だって、感情的な人だけど、そこまで悪い事してないよ、
ちゃんと働いて、私を育ててきたじゃない、動物かわいがったり、やさしいところもいっぱいあるじゃない、どうして神様は、もっとあの人に楽させてあげないのよ。」でした。
 
そこで、やっと私は、母に対して、苦労して育ててくれてありがとうという言葉が出てきました。今まで、女性一人で子供育てるって、大変だ、と頭で考える事は出来ても。心から素直に、そう思える事はありませんでした。いや、どうしても超えられないわだかまりがあって、心の底から、そう思う事に、ものすごく抵抗がありました。
 
それがやっと書けるようになりました。そして、今までず~っと、心の中にあった、のしかかってくるような、息苦しい岩の塊の様な違和感が、胸のあたりから、消えていくのが感じられましたまるで、岩が砂になってどこかになくなる様な感じです。
 
それからは眠くて眠くて、本当に穏やかな時間を過ごさせて戴きました。本当にありがとうございました。小野先生の後押しがなかったら、ここまで自分のゴミを掻き出す事は出来なかったです。
 
今までずっと、中途半端な頭での理解なのですが、輪廻転生はあるだろうし、今苦労するのも、もしかしたら前世で何か悪いことをしているのかも知れないと物知り顔で、納得したふりをしていたからです。それを先生に話したら、表面意識では理解しているけど、潜在意識は、納得してないのだから、それを納得いくまで書き出さないと、いつまでたっても、今の状態だと、教えて戴きました。
 
そして、私の中の神という存在も、自分で作り出した存在で、いろいろな制約や約束を守らないと罰を与えるような、制限つきの神であることも。本当に心が軽くなって、今まで、なんて、堅苦しい考え方をしていたんだろう、と思います。いろんな事に気付かせて戴いた、2日間でした。
 
NO.43
2回に分けてわだかまりのある主人に対するゴミ出しをさせていただきました。
本当に心から実感するのは、小野先生のおっしゃる通り、内観で書き出した愚痴や不平不満、泣き言は、もどってこない、と言うことです。心の底から感謝したい、ありがたいことです。
 
ありきたりですが舅姑に対する苦情(?)を主人に受け入れてもらえないことが、わだかまっていました。過去数年分の嫌な思い出、自分だけで抱えるしかなくてつらかったことをすべて書きました。いままで、気持ちをわかってくれる友人や母に何度か聞いてもらったりしましたが、気が済んだようで、ぜんせん済んでおらず、いつもくすぶっていた思いが、内観後には、本当に心のどこにも見あたらなくなりました。とてもうれしいです。
 
書く手がとまったらある瞑想をすると良い、とアドバイスを受け、その瞑想を途中ですると、つらかった、でもがんばった、という思いが吹き出るように出て、号泣していました。その言葉を気が済むまで書いていくと、他の言葉も思いつくままに書いていくと、本当にその負の気持ちがなくなっていくのです。
何分か後にさっき号泣までした負の気持ちを書いてみても、もう悲しくなかったのが本当に不思議です。内観って、本当にすごいと思いました。
 
1回目の内観終了時に「まだ7割ぐらいだけど、時間があればもっと出るはず」と先生に言っていただきました。2回目は、「なんとしても光のところまで行こう」と、私なりに気合いを入れました。後から考えると、このときの気合いの入れ方は肩に力が入っていない、自然ながんばろうという気持ちでした。自分と向き合うの
って、エネルギーが必要でしょうか。内観の前日はいっぱいご飯を食べていました。
 
そして2回目、「気の学校」の「雲」の話しのように、表層で自分が思っているものとは違う気持ちが出てきました。主人との関係性の問題点の源みたいな負の感情が出てきて、正直言って訳がわからなくなりました。
 
先生に「それはまだあなたの言葉で書いているでしょう」と言われ、調整していただくと、次からは、自分の感情は動かず、ぽん ぽん と静かに短い言葉だけが浮かんできました。
屈辱、とか、ひどい、とか、恨みがましいことばかりでした。明らかに今のこと、私の人生のことではないものも浮かんできて、それを手で勝手に文字にしていました。
 
「思い浮かぶことがあったら、ただ書けばいい」という境地に、ここへきて初めて達しました。それまでは主人とのことに関して、なにが悲しいんだろう、なにがひっかかっているんだろう、と、無意識にも思って書いていましたが、このときは本当に、かすかに浮かんでくる言葉を手が勝手にかいている感じでした。
 
実は主人の前に父をやらせていただいたときにも、すごい恨みがましいものが出てきて、そのときは「こんなものを自分がもっているなんて」と驚き、少し恐くもありました。でも今回は、恐い、という感情さえも動かず、ただ静かに書くだけでした。
「あ~、こんな思いを自分の中にもっていたら、女の幸せは得られないだろうなぁ」と納得するばかりでした。
 
短い言葉を何度も何度も書きました。もう書かなくてもいいや、と感じるまで書きました。すると、パタと手がとまり、いままでの言葉と同じような静かな感じで「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」が出てきたのです。
それまでの言葉とちがって、「ありがとう」は何度書いても疲れないと感じました。それまで心のどこかで劣等感や生まれた事に対する罪悪感を感じていた私ですが、ありがとうに混ざって「生きててよかった」「生まれてよかった」「ハッピーバースデー」「ありがとう私」「ありがとう皆様」と、すべてのものに感謝していました。
 
私はずっと静かな感じで過ぎてしまい、皆さんのように「ありがとう!」と感激できなかったのが残念です。解決すべき問題が残っているからでしょうか。
 
「ありがとう」が出た後も、主人とのことに対する現状のゴミなのか、無力感、不安、考えられない、などの負の気持ちがでました。ただ、ありがとうに達した内観後、まだ日が浅いですが、私は確実に変わっているのだと思っています。
 
2回目の内観の前半、主人に対する愚痴や不満を書いていたとき、細かいところは抜きにして「まるで鏡のように、向こうも同じことを思っているんだろうなぁ」と気づいたことも収穫でした。そこで気づいた問題点は、やはりどうすることもできないものなので、あとは流れにお任せするばかりと思っています。
 
実は、教えていただいた無限の輪(教えて頂いたある人間関係を改善する方法)さえも、主人にたいしては、なかなかできなかったのです。
正面を向いた彼を思い浮かべることができなかったのです。「向き合えない」とはまさにこのこと! と思っていました。1回目の内観のころから、向き合えるようになっています。そもそも結婚するときに、向き合わないですむ相手を選んだのだなぁと、いまはわかります。そのままではすまされないあたりが、人生厳しくもあり、素晴らしくもあるところですね!本当にありがとうございました。
 
NO.42
三回目の内観になる今回も母のゴミ出しをやりました。
そして、まだこんなにあったのかと思うくらい、ゴミが出ました。
右手が勝手に動いているかのような、とても手が疲れた二日間でした。
 
母のことを「お母ちゃん」と呼んでいた幼いころの思いがあふれ出てきて、
「拒否された」「甘えたかった」「冷たい」「いらいらする」「お母ちゃんのせい」
というような言葉が何度も何度も出てきました。
私が子ども嫌いなのも、病気になったのも、すべて「お母ちゃんのせい」だと、
手が書き綴るのです。
 
前2回のゴミ出しは、こんなに平易な言葉は少なく、もっと文章も長かったと思います。
先生にも言われましたが、やっと対等に母と向かい合ったのでしょうか。
固い固い殻がやっと、割れてきたのでしょうか。
 
二日間、とうとう最後までゴミ出しだけで終わりでしたが、最後に先生が
「過去の書き換え」をやってくださいました。
小さな私に、笑いかけてくれた母の笑顔が印象的でした。
 
それでも、心からの感謝はどうしても湧いてきませんでした。
逃げているのかもしれません。
どうしてよいのかわからない壁があるように感じます。
ただ、前2回では思い出しもしなかった「お母ちゃん」という言葉が出てきた
ことは今回の収穫だと思いますし、エネルギーを充填した上で、再度挑戦させ
ていただきたいと思っています。
ありがとうございました。
 
NO.41
関西内観、2日間、大変お世話になりありがとうございました。
前日より熱を出してしまい、大阪に行っても書き出し作業は無理なのでは
ないかと思い、心配していました。
 しかし、心配していたこととは逆に、いざ内観を始めると、
熱っぽい感じが取れてきて、翌日には薬も飲まなくても良いぐらいになりました。
ゴミの方は、今回の作業ではすべて出しきれていない感じがするのですが、
体が軽くなっていく感じがあり、翌日も心がすっきりとしています。
母親にも、「自分の意見がしっかり言えるようになったね。」
「なんだか少し感じが変わったね。」と言われて、意外な感じがしました。
 
今回は、初めての集中内観への参加でしたが、皆さんの真剣な姿勢に大変助けられて
私自身もがんばることが出来ました。
宴会では、楽しい雰囲気の中、貴重なお話も聞けて嬉しかったです。
どうもありがとうございました。
 
PS、今回の内観で、新たな自分自身のゴミを見つけることができ、また次回もがんば
りたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。
 
 

NO.40
今回は、父親のゴミ出しをしました。いくら書いてもキリがないほど同じ言葉を書いていて、いつになったら終わるのか全く見当がつきませんでした。ゴミを出して楽な筈なのに書くのがまどろっこしい位のゴミがあるのだと思いました。
 
一日目が終わり、小野先生からのアドバイスもあり、宿泊先のホテルで少し父の事を考えていました。生まれて初めてと言っていいと思いますが、父の事を知りたいとふと思いました。父の事を知りたいなんて思った経験が私の記憶にありません。それ程父の事は心の奥底に閉まっていたし、思い出すと怒りがこみあげる対象でした。そんな父の事を知りたいと思った瞬間、涙がこみ上げました。
 
2日目になり、一日目から同じ言葉を書いている私に、先生が面接でヒーリングをして下さいました。なんだか、スーッとして内観の部屋に戻ってもあれだけ書いていたゴミが出なくなっていました。
それからお母さんの事も書いて、もういがみ合うのはキリがないという結論になりました。頭のどこかでキリがないと思っても、心が納得しなかったのでずっと苦しかったんだと思います。
 
父親こそ内観に来た方がいいのにと思っていた私ですが、今回の内観で自分にその役割が託されているような感触が得られて、納得しました。どっちが発端かどうかというのは関係ないし、こうして群馬で内観に参加出来た自分が本当にありがたいと思いました。内観終了後一番の変化は、怒らなくなった事です。あんなに、些細なことにイライラしていたのに、平然としていられるのはとても気持が良いです。
 
以前の私ならここでイライラしていたと思う場面でも平気でいられます。イライラの原因が今目に映っている状況ではなく、心のゴミ、特に父親のゴミのせいでイライラしていたんだと気付きました。内観を受けて本当に良かったと思います。今まで人や自分にイライラしていた事を反省する良い機会を与えて貰いました。小野先生始めご家族の方、内観にご一緒させて頂けた皆さん全てに感謝します。ありがとうございました。
 
NO.39
内観に参加させていただくのは、今回で2度目でした。
 
1度目は、母についてのゴミ出しをしました。昔から母に対してはものすごい苛立ちを感じていました。なんでこんな人が私の近くにいるんだろうって、いつもいつも考えていました。母は、全く私という人間を1人の人間として信用してくれはしませんでした。でもそんな風に母の事を思っている自分自身の事が私はもっと嫌で、私は母に対しての怒りと、母に対してそんな事を思っている自分自身に対しての恥ずかしさで、どんどん自分の事が嫌いになっていました。
 
そんな状態でしたので、何年か前辺りから、私は自分自身が親に対して感じている怒りなどの感情を全て自分の中でごまかすようになっていました。ですので1度目の内観の時はなかなかうまいようにゴミを出す事が出来ずにいました。そうしている内に小野先生から呼ばれ、「うまく書き出せないのなら、うまく書き出せないという事もそのまま感じた通りに紙に書いていくといいんですよ」と言われ、それからは書き出せないという気持ちなどもそのまんま紙に書いていくようにしてみました。そうしたら段々と書けるようになってきて、母に対しての怒りばかりを何十枚も書いていました。でもその内にそれが段々とごめんなさいという言葉に変わってきて、最後には有難うという言葉だけに変わっていました。
 
2度目の内観の時は、父に対してなどその他にものすごく嫌いだった人のゴミ出しなどを最初の内はやっていたのですが、小野先生から「お母さんの事をもう1度やった方がいい」と言われ、実は私もまだ母に対しての気持ちがすっきりしていない所があるような気がしていたので、また新たに母についてのゴミ出しをやり始めました。そうしたらまたものすごい量のゴミがどんどん出てきて、途中精神不安定にまでなってしまい、その間は本当に大変でした。
 
その内に段々とペンを握る手も痛くなってきて、気分も悪くなってきたりして、何度も何度も書き出すのをやめようかとも思ったのですが、ここでやめたら今回ここまで来た意味がなくなってしまうなと思い、必死になって書き続けていました。そうしている内に段々と、母という人間が私のそばにずっといた事や、その他全ての事などが、私の事を小さい頃から見守ってきてくれた神様が、私の事を鍛えるために実は全て仕組んできた事ではなかったのかと思えるようになってきたのでした。そうしたら段々と「神様有難う」という言葉が出てくるようになってきて、その時にちょうど小野先生から呼ばれまして、「ほとんどお母さんに対するゴミは出切ったと思うから、後は有難うという言葉を書き続ける事によって、残りのゴミは自然と消えてゆくと思うから」と言われ、その後は終わりの時間までずっと有難うという言葉だけを書き続けていました。
 
2度目の内観が終わった時、私は本当に心がすっきりとしていました。今までどんなに考えてもどうしても分からなかった事などが、全て私の中で1つに繋がったような気がいたしました。そしてその時に私は、私の事を小さい頃から見守ってきて下さった神様のお姿を、確かにこの目で見たような気がしたのでした。本当に小野先生始め、奥様に心から感謝しております。
 
NO.38
二日間 お世話様になりました。ありがとうございました。
明るく 楽しく 生活していく事ができると 思うことが出来ました。心より 感謝を申し上げます。ありがとうございました。
 
父の事、母の事 わたしにとって 命を与えてくれた 愛してくれた ずっと そうだったこれからも そうあってくれる 神様と同じ存在なのだと 気づかせていただきました。
愛に包まれている自分を 感じる事が出来たわたしは もう 何があっても  大丈夫だと 何があっても 自分の足で 歩いていくと そう思うことが出来ました。今年1年 成長させていただけた事 来る年を迎えるにあたり こうありたいと思うこと たくさん たくさん 書けました。
 
これが わたしの宝物だと先生にお伝え頂き 自分はこの宝物を 周りの方々と分かち合い 生きさせていただけるのだと思いました。これからも一歩、一歩 自分のままで 進ませていただけること 支えていただき 導いてくださり 生きさせていただいたいる事に 心のすべてで 感謝をいたしたいと 感じる事が出来ました。ありがとうございます。
 
自分の生活の中で自分と、そして いま ご一緒に 生きてくださる皆様と 自分にできる事を 自分なりに 明るく 楽しく 愛と感謝とともに 現して生きたいと 感じています。
 
本当に この気持ちは  わたしにとって かけがえの無い宝物です。
今年は 小野先生に ご縁を頂き もう ずっと この先も 忘れる事のない1年を 過ごさせていただきました。
ありがとうございます。これからも 進んでいきます。
 
NO.37
内観を受けさせていただき、ありがとうございました。
 
今回の内観に参加させていただけたのも大きな導きであったと思っております。参加前日の瞑想中に見通しのつかない将来に意識を向けて不安にとらわれるよりも「今」というの時の恵みに意識を向けてゆけば、先のことも大丈夫だと気づかされて群馬に向かうことが出来ました。
 
道中でもベジタリアンのような私が食べれる昼ご飯が食通の金沢では、見つけるのが難しいと心配して大阪駅のコンビニで買う予定でしたが、最近では珍しく車内で腹痛になり、トイレを探してバタバタしていて、おにぎりを買えずに特急に乗ることになりましたが、金沢でち
ゃんと蕎麦とおにぎりを食べることが出来ました。夕御飯も同じように用意されていました。
 
ついつい今までの様に先のことを心配して用意する私の癖を、やさしく指摘されて教えられたように思います。
内観の全ての時間で、天の導きを信じて喜んでいれば必要なことは全て準備されていると体験でき嬉しく思います。先生に言われたように、これからは与えられるだけでなく、自分から世の中に与える生活をして行きます。
 
この気づきを与えてくださった天と小野先生、奥様とお嬢様、共に内観に参加された皆様、金沢駅のうどん屋さんやホテルの方々など皆様に感謝いたします。ありがとうございます。
 
 
NO.36
内観を終えて、翌日は実に楽しい気分でした。その次の日からは、かさぶたがはがれたように、いろんな感情がむき出しになりました。今、子供の頃から弱かった扁桃腺がはれています。これも浄化のひとつなのだろうと、解釈しています。
それから、顔や、手足の自発動がしょっちゅう起こります。今朝も出勤の地下鉄の中で、顔面が動き出すので、寝たふりをして下を向いていたわけです。ガハハハ。
 
正月には入院中の妹も含め、兄弟で集まりました。妹のうつ病はかなり回復しているようですが、何かに依存する性質がどうしてもよくならず、買物の次はお酒、人、などいろんなものに依存しています。退院してからのことが心配ですが、三月の内観まで、「うれしき たのしき おもしろき」の歌を歌いながら、明るくくらしてみよう、そう思っています。
 
そしてそう思えたことが、今回の内観に参加させていただいた一番の効果であったかもしれません。感謝の言葉は全くかけなかったけど、とても有意義でした。父にとっても、一入ならぬ懐かしい沼田の地で供養していただけたことは、嬉しかったことでしょう。重ね重ねありがとうございました。また、よろしくお願いします。
 
小野 ⇒ それから、半月後に、また、お便りを頂きました。以下、そのままご紹介します。
 
内観を終えて、約半月立ちました。今までにはなかったことが、起こっているので、これは何だろうと不思議に思い、お便りします。
 
夜、布団に入ってから、全身の力を抜いて、体の部位の一つ一つに「ありがとう」と声を掛ける様に、心がけています。そろそろ、眠りに入りそうだ、というときになると、必ず、部屋のどこかから、ウッドベースの弦をはじいたような「ビン」という音が聞こえます。
 
その音で、眠気が覚めてしまうこともあれば、そのまま、眠ってしまうこともあります。
何か目に見えないエネルギーが、反応しているのかなあ、と考えるのですが、馬鹿の考え休むに似たり、だと思って、そのまま受け流しています。
 
イライラしなくなったこと、頭の上に時々輪があるなあと感じること、視界の隅に時々、透明のシャボン玉のようなものが浮かぶこと、これが内観後の変化です。どちらかというと、飲み込みの悪い性格のくせに、割と判断力や直観力を求めれる、この何年間でしたので、なんだか、もともとの実にのろまで、のんきな自分に戻っている様で嬉しいです。星空を見上げると、子供の頃の「あ~、星ってきれいだなあ」と素直に感じていた、あの感覚がよみがえってきます。
 
問題は山積みですが、逃げずに、かといって焦らずに対応していけば、いつかみんな幸せになれる、そう確信しています。
 
 
NO.35
なんか不思議な事が起こってしまいましたので、書かせていただきます。
12月の初めての内観では、父親についての文句のようなことをず~~~っと書いていて、でも、あまり自分の感情はでなかったですが、自然に動く手に任せるような感じで、小さい頃の父に対する恨みねたみを、ずらずら書いていました。
 
でも、その反面、金銭的に苦労しないでここまで育ててくれて、そんなに文句をいうのもな~~と内心ちょっと思いながら、書いていましたが、小野先生の面接のときに、本音と建前はべつで本音を思いっきり書き出してみて、とのアドバイスに、じゃあ、書いちゃえ~~~というきになり、すごい悪い言葉をずらずら書いていました。
 
あの書き出したノートを見たら父はショックで立ち直れないかもしれないというような悪い言葉を書いてしまいました。でも、あまり感情はそんなに出なかった気がします。内心感情がでなくても、ごみは出ているのかなって、疑問に思いました。それから、自分の内面
的な、恐怖感や、怒り、諦め「不安感、寂しさ、悲しさ、ありとあらゆる、否定的な感情の言葉が、ばーっと出てきました。その中で私はかなり、凶暴な、狂った部分があるような気がしました。
 
私の中では、父には感謝の気持ちが湧き出ないまま、今回の内観がおわり、今の現状では、かなり、まだごみが詰まっているようなきがしたまま、家路につきました。
 
家に着いて父には、まだ近寄れないような、距離を感じ、あ~~まだだめだな~~~と感じながら、また、潜在意識にある怒りが余計に表に出てしまったような、怒りを感じ2~3日が過ぎました。
 
でも、不思議な事に、最近ゆがんでいる父の性格が、すごく丸くなっていました。穏やかで、謙虚で、人が変わってしまったような感じです。私のほうが、どう接していいのか、戸惑うくらいです。
 
私は相変わらず、自分の悪いところがいっぱい目立つのですが、この内観は、父のごみを私が変わりに取ったのかなあなんて、ふと思ったりしました。
でも、それがそうなら、私は喜んで両親のごみも取っちゃいたいなって思いました。
 
私は今生で両親やおじ、おばが、仲良く、本当の自分とつながって人生をまっとうしてほしいので、この内観で、そのお手伝いができたらすごく嬉しいです。
 
小野先生、本当にすばらしい経験をさせていただきどうもありがとうございました。先生にお会いできたのは、私の心底の願いが、神様に通じて小野先生にめぐり合わせていただいた気がします。いつか私も多くの人に(私はまだですが)光の自分とつながって生きていけるようなお手伝いができたら素晴らしいなって思いました。みんな光の自分とつながっていったら、世の中はもっと自由になるような気がします。
 
これからもどうぞ宜しくお願いします。また、3月の内観、もしまだ空きがございましたら、宜しくお願いいたします。
 
NO.34
内観は本当に苦しかったです。私の場合は、顕在意識との闘いが苦しかった。要するにそれはたぶん、「理性」というものとの闘いなのでしょうね。
 
内観を終えた今思うと、私には元々、未熟な理性で、全てを押さえ込む癖があったのでしょう。だから内観でも、なかなか自分自身の、無意識の領域が出てこない。だから反って、やっと潜在意識を探り当て、過去の悲しみや憎しみを、再確認しているときの方が楽でした。
 
私は物心付いた頃から、いつも得たいの知れない孤独感に苦しんできました。どんなにたくさんの本を読んでも、誰に相談にのってもらっても、何をしても、その本当の正体は、全くわからず、苦しさが消えることはありませんでした。それが今初めて、少しずつ無くなっているのです。
内観をすることがなかったら、私はまだ、得体の知れない孤独に、苦しんでいたのでしょうね。今は本当に、感謝の気持ちでいっぱいです。
母の愛、父の愛、内観という機会を与えられたこと、私を包む全てに対して、感謝の気持ちでいっぱいなんです。私は愛される存在なんですね・・
 
今の私は、自分がここに在れることが本当に尊いことを、刹那的にですが、実感できるのです。世界には、愛が満ち溢れているのですね。前の私は、それに気付けなかった。
 
そして、もう一つ。
憎しみや怒りなどの負の感情は、いずれ消えていくもののように思えます。
でも、愛だけは永遠なんですよね・・世界は本当に、光なんですね。
 
内観では、自分の前世を垣間見るような、不思議な体験すら出来ました。でも、それはさほど、特記するようなことでも無い気がします。私はいつもいつも光を感じていたい。そう思える自分になれた幸せをこそ、伝えたい。
 
本当にありがとうございました。
もっともっと伝えたいことあるのに、なかなか言葉になりません。あんまり長くてもご迷惑だと思いますので、そろそろ終りにします。
 
NO.33
先日、私は姉と共に一日内観を受けてまいりました。
3度の集中内観の参加に続いて、4度目の体験となりました。
 
小野先生に直接ヒーリングをして頂きました。
私は「ヒーラーショッピング」らしき事を、ここ数年してきてしまっていましたが、これほど深く癒しのエネルギーに包まれたのは初めてでした。
ありがとうございます。あのヒーリングがあったからだと感じます。
3度の内観の時には出てこれなかった、深いところのゴミが浮上してまいりました。
 
以前から気になっていた「自の間」に、心の中で座りました。
今思うと、「自の間」に座る前に、「光の間」・・・「泉の間」に座っていたような気が致します。
「自の間」に座り書き出したとたんに「私はこれを書きたかった!」と強く感じました。
自分自身に対する怒りは、今まで他人に侮辱された時のように、自分が自分に怒鳴りつけるように後から後から書き出されました。
 
私に暴言をはいたあの人、この人・・・ ではなくて、その言葉そのものを自分自身が自分に吐いていました。
他の誰でもない、 自分がこんなに自分を嫌っていたとは・・・などと感じる暇もなく書き続けました。
憎らしくて、きらいで、悔しくて、涙が止まりませんでした。
性格・身体の特徴・失敗したこと・・・あらゆる事がランダムに出てきました。
途中で体中が重くなり、ペンを持つ手にも力が入らなくなりました。
自己否定のごみの量にあっとうされて、意識が朦朧としていました。
 
しばらくすると、急にその自分自身が可愛そうになってきました。
悔し泣きが、哀れみの涙に変わりしばらく涙は出るに任せました。
 
すると、ふと「私は今だれにも嫌われていない。誰かに恨まれてもいない・・むしろ、みなに愛されているかもしれない」と感じました。
その途端、息が出来ないほど泣いてしまい体中あたたかいものに包まれました。
「そうだ、私はいつも愛されていた。自分を嫌っているのは自分だけだ!自分を認めないのは自分だけだ」と感じました。
 
皆ありがとう、皆ありがとう、皆ありがとう、皆ありがとう、皆ありがとう、皆ありがとう・・・「感謝の言葉」の紙を取り出し、誰という訳ではなく「皆、全ての人」にありがとう、を書き出しました。
 
自己否定のうずに巻かれているときも、そっと見守って愛してくれた両親・絶対に見捨てずにそばにいてくれた子供達・・・
つき次に皆の顔が浮かび、ひたすらに「ありがとう」と感じました。
 
そして、「ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、」が出てきました。
皆に対して、自分に対して、「ごめんなさい」が湧き上がってきました。
 
「私、そんなに悪くない、いや、ちっとも悪くない、いつだって一生懸命生きてきた・・いつも、愛を求めてきた。」
そう感じて、自分自身を祝福したくなりました。
「ありがとう、ごめんね?ありがとう、ごめんね?ありがとう、ごめんね?ありがとう、ごめんね?・・・」
 
言葉はこれだけでいいんだ、と感じました。色々言い訳しなくても、この二つの言葉にある深い深い愛を感じました。
ありがとうございます。
 
私自身が自分を否定していた事を、見せてくれた人々を恨んでいる間はわかりませんでした。
他の誰でもない、自分が一番攻撃していたという事を痛感しました。
そして、それはきっと頭でわかっていてもどうしようもない事で、こうして向き合い書き出すことで癒されていく過程を体験させて頂けて本当にありがたいです。
 
集中内観の時とは違い、小野先生の直接ヒーリングをして頂いたおかげでこのような体験をすることが出来ました。ありがとうございました。
 
自己否定のゴミが出た分、どんな日々になるのか今後がとても楽しみです。
今後は自己否定がきたら「きたっ・・・」と眺める事が出来るかもしれません。
又、自己否定をしている人のそばで「そんなことない、あなたは素晴らしい存在です」と祈る事も出来るかもしれません。
そんなかすかな希望を抱いて、新しい年を迎えられる事ができそうです。
本当にありがとうございました。
 
NO.32
● 9月、内観初参加。
『父母に対するネガティブな感情を書き出す』 という内容に、実はとても困りました。というのも、自分には両親に対し何のわだかまりも持っていないと思っていたからです。案の定、初日はほとんど何も出てきませんでした。翌日は、やり方を変えてみました。見栄や外聞を全く気にしていなかった小さい頃の自分に戻り、ただ自分の感情のままに、母に言いたいことを書き出してみました。意識して悪口を書いたというのが正直なところです。
 
そんなこと言ったら悪い…途中で何度もその思いが出てきましたが、『妄想』 とサティを入れ、書き続けました。
そして気がつくと、つい最近のことまでたくさん書いていました。いつのまにか出てきていた、という感覚です
そしてもうこれ以上出ない!と思えるところまで来たような気がして、第1回目の内観は終了しました。
 
● 11月、2回目の内観。
『夫婦で受けた方が、本当の意味で効果は出やすい』 というアドバイスを頂き、カミサンと共に参加。
一回目で全てを出し切っていたような気になっていたため、もうこれ以上のゴミは出ないだろうと思っていましたが、最初からものすごい勢いで母への感情が吹き出してきました。
 
『考えない。頭によぎった言葉を全て書き出すつもりで』 そう言われ、1回目よりも肩の力が抜けていました。どこか “カミサンの引率” のようなつもりで来ていましたが、カミサンが参加していることすら忘れてしまうほど集中して
アッと言う間に1日目が終了。1回目の内観ではなかなかゴミが出てこない焦りもあり、やり方が違うのかもしれないという不安もあってエネルギーを使いましたが、今回は考えてではなく、思ったことを総て書き出したので、ウンウン唸りながら考えたわけではないので思考上の疲れはありませんでした。でも精神的にヘトヘトでした。
 
2日目。
午前中は、朝からさらにゴミがたくさん出てきました。やがて午後も中盤に差し掛かる頃を境に、腕が止まってしまいました。何も浮かんでこなくなりました。でも考えませんでした。焦りも感じませんでした。前回のこともあるので、もう出し切ったと決め付けることももしませんでした。
 
心に任せておきました。何も感じず、ただただ穏やかでした。
そして、じんわりと、温かい感覚に全身が包まれました。
何かが降り注いでいて、とても嬉しくてやさしい気持になりました。
『内なる光に今の肉体を重ねた』 時のように、原子がプチプチしている気持のいい感覚。
 
そんな感覚の中に揺られて初めて『自分は良い子でいなければならない。働いている母に心配かけず、そして二人の兄貴にも叱られないようにするんだ…。男三人兄弟の末っ子、自分だけ母に甘えられない』そんな、甘えてはいけない、わがまま言って困らせてはいけないという半ば脅迫概念の中で生きてきたことに気づきました。そして母も兄弟も、ちゃんと私を愛してくれていたことも分かりました。
 
これらのことが、私の抱えている問題とどうつながるのか、今の私にはハッキリとは判りません。でもこれからは、目に見えることや出来事を自分で勝手に決め付けず、自分の力で何とかしようと焦らず力まず、ただただ、自分のココロに気づきつつ、今ここに生かされていることに感謝しながら生きていこうと思っています。力まず、緩まず。内観のキーワードは、私の人生にもそのまま当てはまるだったんです。
 
さてカミサンですが、内観に参加し 『凄く疲れた…』 と言ってましたが、あれ以来かなり明るくなりました。小さな文句や不平・不満・愚痴が消え、家の中の空気も明らかに違ってきました。内観を受けさせていただいてからというもの、自分の中で、自分の周りで、何かが大きく変わってきていることはこの私にも感じることが出来ます。今年が自分の人生の、ターニングポイントでした。
 
もっと以前よりこういった気持ちで生きてきていたならば、こんなに闇の中を彷徨うことも無かったかもしれませんが、今はとても感謝しています。
闇の中にいるからこそ、いつか光を見れるような気がしています。小野さんともご縁を頂き、おかげさまでさまざまな気づきをいただいています。本当にありがたく、ただただ感謝の一念です。
 
NO.31
3度目の内観を終えて、今本当にすっきりとすがすがしい気持ちです。
3度目の内観で、やっと本当に自分自身の闇と正面から向き合うことが出来ました。
とは言っても最初は正面から向き合う事が出来ず、内観前から出産の時のあの苦しみと離婚しなければならなかった時の苦痛の時はあまりにも辛すぎて記憶が飛んでいて思い出すことが出来ないなーと、思い出す事、それに向き合うことが怖くて自分で自分をごまかそうとしていました。
 
どうしても今度の内観で乗り越えたい!と思っても怖くて怖くて書き出せずにいました。内観の途中、小野先生から「今でもよく夢に見たりしませんか? その苦しみは書き出せば消えますよ。」と教えて頂き、その時に意識を集中するようにと指示を頂きました。
 
先生が言われるように、ずっと夢で見てはうなされ、夢と現実の区別がつかず怯えて過ごす事もたびたびありました。よし今度こそ!と言う気持ちとは裏腹に、いざ紙に向かうとただ大泣きして震えが止まらず、
小野先生が書き出せと言われた
小野先生が書き出せと言われた
小野先生が書き出せと言われた
と何度も何度も同じ言葉を書き、髪の毛をかきむしり
辛い、辛いを何度も繰り返して本当に過去の想いに飲み込まれもがき苦しんでいましたが
書き出しを続けるうちに途中から
書き出せば消える
乗り越えられる
乗り越えてみせる!と書き出せた時
 
先生から「守りの力が働いているから何があっても大丈夫!」と教えて頂いたことを思い出す事が出来、今の苦しみではなく過去の事だから書き出すだけでいいのだ!と何度も書き出してやっとやっと震えながら書き出せた文字のあまりにも小さくて小さくてか細くて怯えた文字が少しずつ出てきたのを見て、これが自分のゴミなのか! こんなに辛かったのだと、また大泣きしながら書き出し、途中何度も逃げ出したくなる事もありましたが、先生の御指導のお陰で最後まで逃げないで自分と向き合うことが出来ました。
 
1度目の内観でやっと自分を許すことが出来、2度目の内観ですべての物の存在のありがたさが分かり、両親の内観を済ませたことで今まで蓋がされていた守りの力が働くようになったと小野先生に教えて頂き、やっと3度目で自分自身の真実の姿と対面する勇気が出ました。
 
良いも悪いもすべて自分、闇の部分を見れたお陰で光に気づく事が出来、
これからやっと胸を張ってスタートラインに立てそうです。
今までの自分がこの世に排出してきたネガティブな思いを反省し浄化出来る様、ありがとう貯金を「源」に向かって、「魂」に向かってやっていこうと思っています。
今こうして生きていられることが本当にありがたいです。
 
世界にひとつだけの自分の花を咲かせることを楽しみに生きていく自信がやっと持てました。小野先生、すばらしい新内観を体験させて頂き本当にありがとうございました。癒しの森のホームページに出逢えた事、新内観を体験出来た事、私にとってすばらしい財産となりました。やっと長い長いトンネルから抜け出せたような気分です。
 
自分の視点が変わることで周りの人がとても穏やかに見え、景色は生き生きとして、食べ物の味も、こんなにおいしかったのかとうれしい驚きの連続です。低体温で手足がいつも冷たかったのに内観を体験してから手足がぽかぽか温かくて不思議ですね。
今はただただ、ありがとう☆ ありがとう☆ ありがとう☆
 
最後まで読んでいただきありがとうございました。
 
 

NO.30
小野先生には本当に何とお礼を言って良いのか分かりません。本当に本当にありがとうございます。
これから、「ありがとう」と「がっはっはーー」を沢山、沢山、響かせて自分と周りの変化を楽しみたいと思います。
 
今日、新たに気がついたのですが、内観を体験してから、身体の感覚がどんどん敏感になって、それからとにかく眠いのです。他の方の体験談にも「眠い」と良く書かれていたので、身体も浄化されているのかな?
なんてかってに思っていたのですが、私はずっと身体のかゆみに悩んでいて会社から帰るとあちこちかきむしって皮膚がボロボロで病院に行ってもなかなか改善されなかったのが、3度目の内観後、ほとんどかゆみがなくなり、今日皮膚がずいぶんキレイになっていました。うれしい発見でした。心が楽になって、身体もどんどん楽に元気にぽかぽかしています。ありがとうございます。
 
内観の効果ってすごいですね。
新内観、それから沢山の素晴らしい事を教えていただきありがとうございます。
小野先生が新内観を広めて行かれること、本当にありがたく、すばらしい事だと感謝します。
これからのご活躍を心よりお祈りします。
 
小野先生に、それから内観を受けられるみなさんに沢山の祝福がありますように☆
お忙しい中、最後まで読んでいただきありがとうございました。合掌。
 
NO.29
今回初めて内観に参加しましたが、体験報告の中のNo.8、30代のアーティスト(Kさん)の体験談が私の中に、強く明るく心に残っていました。
 
Kさんの「頭のてっぺんがパカッと開いて空と繋がったようになり、さらに頭上でわっかができてクルクルと回っているような感じでとっても気持ちよくうれしいです。」という感想は、きっとアーティストであり感受性豊かな(Kさん)ならではなんだろうなぁ~。と羨ましく思っていました。
 
ところが、40代のネガティブな思いだらけの私でも、嬉しい事に(Kさん)と同じような体験ができたのです。内観を受けて2週間程過ぎようとしていますが、うわついているのではなく、地に足がついていて安らかで満ち足りた、充実感の入り口に立っているような感覚です。私の内観参加に寄せる思いは、《地に足のついた自分》だったのです。
 
私事で恐縮ですが、7年前沖縄県名護市で暮らしていた時、図書館で一冊の本と出会いました。元F1レーサーのアイルトン・セナとセナが尊敬して一緒に仕事をしていた当時本田技研のF1チームの総監督の桜井よしとしさんとの対話の本でした。
 
その本{セナ}の中で桜井さんがモナコにいた時セナが尋ねてくることになっていて桜井さんはセナには焼物がわからないだろうと思いながらも、備前焼の壺をプレゼントしたそうです。その時セナは、とにかく丁寧に紐を解き、しばらくじーっと眺めて、ただじーっと眺めてそれで最後に「僕にはアートがよくわからない。僕はスポーツマンだからね。」
 
そう言ったすぐ後に「人間には、その時点では見えないものがある。自分が見たり聞いたりしたもので、人間はすぐにいいとか悪いとか判断するけどその時にはその時なりのその人の限界と言うものがあって、その限界の外側にもっと大きな真実があるかもしれない」という実に意味深い感動的な話をその壺をしまいながら言い始めたそうです。
 
そして壺を包んで箱に入れ紐で元通りにしばりながら「自分の目が捉えているものが本当の姿とは限らない。それは人それぞれの、目や鼻や耳や感触と、それを解釈する能力の問題であって、だから人は眠っている想像力を生かせば、あらゆる事を体験できる」とつぶやくように淡々と話したそうです。私自身バイクが大好き、HONDAが大好きでしたがセナに関してはこの本と出会うまでたいした興味もなくF1についても全く無知でした。
 
この本に出会い、このセナの言葉に出会ってから、セナに対する思いが変わったのはもちろん、このセナの言葉を心に刻んだ事で何かが変わってきました。私にとって今回の内観体験で、さらに、また新しい何かが確実に変わってきています。これからももっと、限界の外側の真実に近づく為に生きていきたいと思います。
 
NO.28
今日までの心境の変化を書きます。内観を終えて、とにかく眠気が取れなくて数日沢山眠りました。
内観当日に気付けなかった事を家に帰ってから別の形で気付かされた気がします。
 
その後少し心の揺れがありましたが、内観で出し切れなかった反省も込めて、ありがとう貯金をしている毎日です。「ありがとう」を心の中や声に出している最中はとても心が軽くなります。今まで集中して「ありがとう」を言っていましたが、気が付いたら即、「ありがとう」を唱えられるようになりました。不思議な事に、心の中で「ありがとう」を唱えて外出すると周囲の人がとても謙虚で親切に感じます。
 
今までそれに気付けなかっただけだったと思います。内観に関しても、親の問題にこだわっていましたが、ありがとう貯金をしていると、親の事が頭をよぎっても嫌な感じが減りました。まだ、途中経過なので変化はあると思いますが、当たり前の事に感謝出来るきっかけを作って頂いた全ての事に改めて感謝したいです。ありがとうございます。
 
NO.27
 一日目の内観は、母のゴミ出しをしました。
 内観にあたっては、先生の内観についてのホームページを読んだり、当日も先生から説明をして頂いて、何をするのかを自分でもしっかり理解しているつもりでした。
 
 書き出しを始めると、何か不安な気持ちになり、書き出した内容について「この時の母の気持ちは…。」等と、分析を始める始末でした。
 小野先生との面接の時間に、この状態を話すと、先生は「ゴミはお母さんとあなたとのゴミなんだよ。だから、あなたが頑張ってゴミ出しをしなくてはならないんだよ。」と、アドバイスをくださいました。
 「私だけのゴミでなく、母と私のゴミ!」この言葉に反応した私は、それからやっと書き出し作業に入りました。
 
 そして、たくさんの溜めていたゴミを出しました。 一日目が終了する時刻の一時間ほど前にふっと、心が緩んだように感じた瞬間がありました。
と同時に「お母さん、ありがとう。」と言う言葉と涙がでてきました。
 それから母のしてくれたことが頭に浮かび、残りの時間は、先生がアドバイスしてくださった通り温かい心を楽しんで過ごしました。
 
 今、母と接するとき、母は独特の世界観で話すのですが、「こう言う考えをするのも無理は無いか…。」と、母の言葉に瞬間的に反応することは、なくなってきているように思います。
 内観中、二日目は父のゴミ出し作業をしていました。お昼からの書き出し中、まだまだ時間があると言うのに厚い鉄板にぶち当たったような感じで、
そこから何も出てこず、かと言って感謝もなく、ただ、心全部が鉄にでも覆われているようでした。
 
「光に到達するには、まだ遠いんだな。」などと思いながら
その日を終え、帰路に着きました。
 
 家に帰りましてからは、心にポッカリと大きな穴が空いたみたいで、ボーッとした感じで数日過ごしました。
 それから少しずつですが、見るもの聞くものの感じ方や考え方が変化している事に気がつきました。この変化に、過去の記憶をインプットされた自分はとても戸惑っている、と言った面白い感覚も感じとれます。
 
 内観から帰って二週間ほど経ったある日、父に銀行まで車を出してほしいと頼まれ、二人で出かける事になりました。道中で、今まで父からあまり聞く事のなかった亡くなった母について会話が流れました。
 
 父がとても母を愛していた事、愛していた母を結婚後たった五年で天国へ送ったとき、父が心の中でどう理由付けしたかという事、そして母が私をとても可愛がってくれていた事などを聞かされました。この時の自分の感情をうまく表現できないのですが、この時の会話は、とてもインパクトのある出来事となりました。
 
 今までの私は、起こってくる出来事に、ただ反応するだけでクタクタに疲れていたように思います。内観を終えて一ヶ月を過ぎた今、そんな“バタバタ”“あたふた”した自分がしぼんできているように思えます。ゴミ出しは始まったばかりで、いくつもの大型ゴミを出さなくてはならないでしょうが、ニ月の内観まで「ありがとう」を歌いながらその日を待とうと思います。
 
NO.26
今回3回目の内観に参加させて頂きました。
前回は、両親についての内観をさせていただきましたので
今回は、長い間わだかまりをもっていた人に対してのゴミ出しをさせて頂きました。1番気になっていた事でした。
 
今回の2日間は、相手に対しての憎しみが出てきて、とても苦しい思いをしました。
何度も書けなくなり、途中でもう止めようと思ったりしました。
そんな時、小野先生に、『今は暗いトンネルの中に居るけど、必ずトンネルには出口があるから』と励まして頂き、なんとか、ゴミ出しをさせて頂きました。
 
そんな中で、私はなかなか、気づかずにいたのですが、ゴミと共に私が、長い間気になっていた事、苦しんでいた事の答えが出てきている事を、小野先生に教えて頂きました。私がわだかまりを持ち、嫌いだと思っていた相手は、私の前に現れて私の問題点を教えてくれていました。そして私が、この人生でクリアすべき課題を教えてくれていた大切な方だった事に気づかせて頂きました。問題は目に見えるものとして、目の前に現れていましたが、答えは目に見えないものとして私の中にありました。
 
私はこれまで、目の前に現れている現象にあれこれ判断をして、苦しんでいました。そして、何のとりえも無い自分は、価値が無い様に思えて、自分の事が嫌いでした。
 
そんな私に、小野先生は
『人の価値は、何かが出来るとか、出来ないとかで、決まるものではないし、
 その人自身がただ存在しているだけで充分に価値があることですよ』とお話し頂き、その言葉が胸に響きました。両親に愛されている私は、ただそれだけで充分だという事に、また、満たされている事に気づかせて頂きました。
 
そして、起こっている現象の意味に気づかせて頂いた今その事から逃げず、認め受け入れていく事が、自分の課題をクリアして、それが魂の成長になり、光へと繋がると分かりました。これまで、歩いてきた道を振り返ってみると、何の関係も無いと思っていた
出来事1つ1つが全て繋がっていて、その出来事全てに愛情が降り注がれていた事に気づかせて頂きました。
 
いつも、常に大きな愛に包まれていました。
そして、私が成長する為に必要な出来事が用意されていました。
 
それが、分った時、どういう言葉で表していいのか分かりませんが、大きな感動となんて、ありがたいのだろうと、ただ、ただ感謝の気持ちで一杯になりました。内観を受けさせて頂いて、多くの大切な事に気づかせて頂きました。
こうして、気づかせて頂くまでに、沢山の方々のお力やサポートを頂きました。ありがとうございます。
 
小野先生、奥様、お嬢さん、ご一緒させて頂いた方々ありがとうございました。これからは、気づかせて頂いた事を日々の生活の中で実践してゆき、そして、いろんな方と、愛を分かち合いながら、何かのお役に立たせて頂きたいと思っています。
ありがとうございます。
 
NO.25
今回、内観を受け何が変わったのだろうと一ヶ月間、冷静に自分を観察してみて、二点の変化が一時的な感情の高まりからではなく変わりなく現われていることを発見いたしました。
 
一つは常に心の底が静かな状態であることです。今までは様々な場所や人と接するときは、その場や人の雰囲気を感じ取り疲れてしまっていましたが、今は以前なら必ずそうなってしまう場面に遭遇しても、気がつけば平気で過ごしています。
 
もう一つは、怒らなくなりました。これも自分で感情を抑えているのではなく、どちらかと言えば以前とは逆に感情が出てきたら素直に出そうと思っているのですが、結果的に怒る回数や大きさが激減しています。以上、二点が私が見た、一ヶ月間、変わりなく現われている変化です。
 
NO.24
私は今、中学2年生です。今回、内観に参加して本当に良かったと思いました。初日、大嫌いな父の事をやって「本当に父に対して感謝の言葉なんか出てくるのだろうか」と不安でした。最初の一時間は、父の悪口だけしかでてきませんでした。
 
しかし、それから30分ぐらい書いていると不思議と感謝の言葉が出てきました。それからは、もう「ありがとう」の文字しか出てきませんでした。
 
そして、面接した時に、思いっきり涙が溢れてきました。その時私は、(父は、不安を抱えながらも私を一生懸命育ててくれていたんだ。今迄父の大嫌いだった部分は、私に対する愛情だったのだな。なのに私は、誤解してその愛情を受け入れようとしていなかったんだ。父は、あんなに一生懸命にやっていてくれたのに。何故自分は、受け入れてあげなかったのだろう。父にひどい事をしてしまっていたのだな。嗚呼、自分が情けない。)と言う思いに自然となりました。
 
面接が終わって、また「ありがとう」という感謝の言葉を紙に書いていると突然こんな思いになりました。(今迄誤解していて父に感謝できなかった分、父の愛情を受け入れて感謝したい!)と。それからは、父への思いをこめて「ありがとう」と書き続けました。
 
翌日の午前中、母の事をやったのですが昨日の父と同様「ありがとう」という感謝の言葉が沢山出てきました。
午後からは、大嫌いな学校(中学校)の事や、引っ越ししてきた場所(秋田県が大嫌い)の事へのゴミ出しをしたら、沢山の悪口が出てきました。しかし、悪口を一通り書き終えたところで、(今は、大嫌いな学校や土地で訓練しているのと同じなんだ。)と《大嫌い》から《自分は大嫌いな思いを持っている》へと自分を客観視することができました。
 
それから家に帰って、父を通して今迄気づかなかったいろいろな事に感謝する事ができたし、学校にいると以前はとても辛いと思っていたことが、今では何でもなくなりました。今回、本当に内観に参加できて良かったです。ありがとうございました。
 
NO.23
今回3回目の内観に参加させて頂きました。
前回は、両親についての内観をさせていただきましたので
今回は、長い間わだかまりをもっていた人に対してのゴミ出しをさせて頂きました。1番気になっていた事でした。
 
今回の2日間は、相手に対しての憎しみが出てきて、とても苦しい思いをしました。
何度も書けなくなり、途中でもう止めようと思ったりしました。
そんな時、小野先生に、『今は暗いトンネルの中に居るけど、必ずトンネルには出口があるから』と励まして頂き、なんとか、ゴミ出しをさせて頂きました。
 
そんな中で、私はなかなか、気づかずにいたのですが、ゴミと共に私が、長い間気になっていた事、苦しんでいた事の答えが出てきている事を、小野先生に教えて頂きました。
 
私がわだかまりを持ち、嫌いだと思っていた相手は、私の前に現れて私の問題点を教えてくれていました。
そして私が、この人生でクリアすべき課題を教えてくれていた大切な方だった事に気づかせて頂きました。
 
問題は目に見えるものとして、目の前に現れていましたが、答えは目に見えないものとして私の中にありました。
 
私はこれまで、目の前に現れている現象にあれこれ判断をして、苦しんでいました。そして、何のとりえも無い自分は、価値が無い様に思えて、自分の事が嫌いでした。
 
そんな私に、小野先生は
『人の価値は、何かが出来るとか、出来ないとかで、決まるものではないし、
 その人自身がただ存在しているだけで充分に価値があることですよ』とお話し頂き、その言葉が胸に響きました。
 
両親に愛されている私は、ただそれだけで充分だという事に、また、満たされている事に気づかせて頂きました。
 
そして、起こっている現象の意味に気づかせて頂いた今その事から逃げず、認め受け入れていく事が、自分の課題をクリアして、それが魂の成長になり、光へと繋がると分かりました。
 
これまで、歩いてきた道を振り返ってみると、何の関係も無いと思っていた
出来事1つ1つが全て繋がっていて、その出来事全てに愛情が降り注がれていた事に気づかせて頂きました。
 
いつも、常に大きな愛に包まれていました。そして、私が成長する為に必要な出来事が用意されていました。それが、分った時、どういう言葉で表していいのか分かりませんが、大きな感動となんて、ありがたいのだろうと、ただ、ただ感謝の気持ちで一杯になりました。
 
内観を受けさせて頂いて、多くの大切な事に気づかせて頂きました。こうして、気づかせて頂くまでに、沢山の方々のお力やサポートを頂きました。ありがとうございます。小野先生、奥様、お嬢さん、ご一緒させて頂いた方々ありがとうございました。
 
これからは、気づかせて頂いた事を日々の生活の中で実践してゆき、そして、いろんな方と、愛を分かち合いながら、何かのお役に立たせて頂きたいと思っています。ありがとうございます。
 
NO.22
初めての内観のときは、2日間母のゴミ出しをしました。
その後、母との関係がすごく良くなったかと言えば、そう簡単ではありませんでしたし、前回はこんなにあったのかと思うくらいゴミが出ましたが、まだま
だ掘れば出てくるように感じていたので、今回も母から始めました。
 
始めてみると案外ゴミが出ず、「ごめんなさい」が少しずつ出てきました。無茶をしていた若い頃、母とは何ヶ月も口を聞かなかったことがありましたが、それでも頃合いを見ては的を射たアドバイスをくれたり、口では言わずさりげなく「悟りのお守り」を渡されたこともありました。
 
そのころの様子を思い出し、私が母の目を通して私を見ているような感覚を味わいました。反対の立場であったら、できただろうか。ずっと見守ることの難しさ、懸命に努力している母の姿を見たように思いました。
 
そのとき、私は母に心からあやまったことがないことに気がつきました。素直に「ごめんなさい」を言ったことがなかったのです。
「何で私があやまらなくてはならないのか、こんなふうに育てたのは母なのだから、母が悪い」とずっと思っていました。
 
先生には、分析しないで、ただ思ったことを書くようにと軌道修正されました
が、今回の内観を終えてもまだ母に対しては深いゴミがありそうです。
どうしても、心からの感謝が湧いてこないのです。
 
翌日は、9年前に亡くなった父のゴミ出しをしました。
父に対してはいきなり「ごめんなさい」で始まり、あやまることがいっぱいで、最初あまりゴミが出てきませんでした。
 
父は、あふれるほどの愛情を注いで育ててくれたと思います。幼い頃、父には何一つ欠点はないように思っていました。思春期になり、いろいろな面が見えてくるにつれて、反抗的になった私は、父とほとんど口をきかなくなり、結局最後まで、あまりちゃんと話をした記憶がありません。
 
ガンの再発を告げなかった、入退院を繰り返し、短い間在宅看護したときも私はあまり世話できなかった、急に実家に帰ると言った私のために、足が悪いの
に寒い夜にずっと待っていてくれた、それを私は勝手にキャンセルしてしまった・・・
 
私がガンになったのは、バチが当たったからかもしれない・・
どんどん書いているうちに、そんなことまで自分が考えていたということを知って、自分でも驚きました。前向きだと思っていた自分の性格が、実は全然そうではなくて、自分を責めていたことを感じ、愕然としました。
 
先生のご指導で父と対話をしてみました。
父は許してくれているように思いましたが、何だかまとまりのない、ふわーとした気分のまま、二日目が終了し、他の方々がまとめを話されているのを聞いて、私は中途半端だなあと思っていました。
 
本当にゴミはないのか。
自問しながら、翌日も再度続けさせていただいたところ、出るわ出るわ、びっくりするくらいゴミが出てきました。同じ言葉を何回も何回も書きました。
字もぐちゃくちゃでした。
 
ゴミと同時に、父への感謝の気持ちがあるのに、それを死ぬ前に告げなかったことへの後悔もどんどん大きくなっていきました。
 
そして、先生には気功治療をしていただき、やはりガンで亡くなった祖母(父の母)を含め、父も癒していただきました。
 
その後、改めて父と対話したところ、今度は、とても穏やかで、温かな、わけもなくうれしいような気持ちになり、これが父の愛情だと思いました。
それは、すでにそこにあったのに、自分が拒否していた、または受け取るすべを知らなかっただけだったんだと感じました。
父は、すべてを受け入れて、許してくれていることを教えてくれたような気がします。
 
父に自分の気持ちを伝えることができたと感じて、とても幸せでした。そして、ただただ父の愛情に包まれている感覚を味わいました。うれしくて、楽しくて、父にありがとうと心から言えました。
 
私は病気になるまで、人前で泣くことにとても抵抗を感じてきましたが、内観では涙を止めることができません。「内観は本音の世界」小野先生がおっしゃったことが心に響きます。幾重にもつけた鎧を少しずつ脱いでいくことができれば、もっと幸せになれると感じます。小野先生、奥様、お嬢様、そして一緒に内観を受けるご縁をいただいた皆さま本当にありがとうございました。
 
NO.21
内観の際は大変お世話になりました。
参加してから一週間経ち、効果のようなものを感じられるようになったので、体験談を送らせて頂きます
 
子供の頃から人間関係でつまづくことが多く、20代の半ば頃になった時、「自分の性格や人格がこうなってしまったのは親のせいだ!」という思い込み(?)が強くなってしまい、精神的にかなり苦しい日々を過ごしてました。
 
自分自身が年を重ねるにつれ、「親も色々とつらい事があったんだろうなぁ」と頭では漠然と理解できるようになったんですが、それでもなお心の中の「しこり」のようなものは残ったままで、相変わらず人間関係等で悩むことには変わりありませんでした。
 
そんな時、小野先生のホームページに出会い、一度メールを送ったことで内観の存在を知りました。
 
初め内観を知ったときは正直、「親のことを一日中机に向かって考えたって私自身が変わるわけない・・・」と思っていたんですが、日にちが経つにつれ、「ひょっとして、今の自分に必要なのはこれかも」という思いに変わってゆき、10月の内観に参加させて頂くことを決心しました。
 
初めの頃は思考に逃げてしまい、ゴミ出しどころではなかったんですが、それでも一日目には子供時代のさみしかったこと、2日目には「恐怖と不安」という巨大なゴミを見つけ出すことが出来ました。
特に2日目に出てきた恐怖と不安は、かなり前から存在を感じていた、「自分の心の中に巣食っている、どす黒くて冷たい、得体の知れないモンスター」の正体をやっと見つけたんだということを最近になって感じてます。
 
この「モンスター」はかなりの大物らしく、まだゴミとして出し切れてないなという感じなんですが、前だったらズンと気が重くなってしまうようなことが起きても今では「これは心のゴミの影響で不快に感じてるだけなんだ」と自覚出来るようになった分だけ楽になりましたし、内観参加前より心が軽くなって、何でもない瞬間に「あ、自分って結構幸せかも」とこれまででは考えられないようなことを感じることが出来るようになりました。
 
自分ひとりでは、怖くてゴミと向かいあうことなんで出来なかっただろうなと今になって強く思います。一緒に内観に参加した皆様、小野先生、奥様、そして小野先生の娘さん、ほんとうにありがとうございました。
 
近いうちにまた内観に参加し、ゴミを根こそぎ捨ててしまいたいなと思いますので、その際にはまたよろしくお願いします。
 

NO.20
初めてであり 始まりでした。内観に参加させていただいての わたしの思いです。
 
わたしの家族は 父、母、弟 わたしの 四人家族でした 父が突然の事故で亡くなるまでは。わたしは6歳、弟の四歳の誕生日が 父のお葬式になりました。その後 母は 女手一つで わたしたち姉弟を育ててくれました。
 
「父のいない家族」わたしは 受け入れて それが当たり前だと言いながら 納得したつもりで成長していきました。
 
母についてのゴミを出す事から始まりました。
わたしの母は 感情を 言葉に込めて 真正面からぶつけてくるタイプです。そして 祖母をはじめ 母親の苦労を案じる親戚達は「お母ちゃんに 心配かけるんじゃないよ!。」
と顔を見るたび言ってきます。「わたしのせいで パパが死んだんじゃないのに・・・。」と思いながら わたしは 当たらず触らず 自分で作った「母に心配をかけない良い子」の きぐるみをかぶって 心だけは 勝手に作り上げた想像の世界で 一人遊びを繰り返すようになっていったような気がします。
 
母についてのゴミは 表面につもった埃のところは さっと 掃いただけで 出てきました。続いて 感謝の言葉が出てきましたが 心から湧き上がると言うようではなかった感じがありました。
 
先生の面接を受け「まだまだ 出るよ(ゴミの事です。)」と 言っていただいたように書き出しのお部屋に戻ってからの1~2時間は 言葉も 言葉のような繋がったものもかけず ただ ただ 紙に 鉛筆の線がぐるぐるに 絡まったものを 力任せに 感情のあふれるままに 押し付けている そのような感じでした。
 
ゴミを出し 感謝の言葉が出、また 次には もっと重たいゴミが待っていたようでした。
「たくさん 出たね。」と 先生は言ってくださいました。表面のものが減った分 良く見えるようになっていくのでしょう 残っている物も そのうちに きれいにする。と心に決めました。
 
「父のゴミ」わたしにとって いつも一緒にいた たくさん愛着のあるゴミでした。大好きな父の存在と 父に対してのゴミに過ぎない過去の思いの 分別が わたしにとっては とても辛く 向き合いたくない事 そのように感じていたと思います。    
 
出すときが来ました。出てきたのは 母のときと同様に なんで・・・!どうして・・・!の連続 文字にならない 連続した 鉛筆の黒でした。先生の二回目の面接中「いや!」と わたしの口から言葉が出ました。自分の席に戻り わたしは苦しくなり始めました。それと同時に 今までの黒の連続が か細い言葉となって 紙の上に現れ始めました。その線は 次第にはっきりと わたしのゴミの姿を 露にしていき、それにつれて 息は荒くなり 左手は 髪をつかみ わたしの苦しさは増していきました。
 
先生と向き合わせて頂いた時 わたしの口から 紙に表れたゴミが 涙と一緒にあふれ出ました。それは 本当に もう どうする事も出来ない 解っているのに どうにもならない・・・ゴミでした・・・。
 
「寂しいとか 何か感じたでしょう?」治療中 先生が 聞かれたことから 自分が 父の死の時抱いた感情について 「何もない」 「わからない」と 感じている事に気づかせていただきました。本当に「わからない・・・。」と 声を出すのも やっとと言う状態で お答えするのが精一杯でした。        
 
わたしから出てきたのは もう死んでしまっている父の傷を治して、何も着ていない父に服を着せて、冷たくなった体は嫌だから暖めて、お墓は寂しいから出してあげて 一緒に帰ろう 弟が遊べなくなっちゃうし・・・。このように 本当に どうにもならない事・・・ゴミ以外の何物でもありませんでした。
 
大いなるお力が 小野先生を通して 父を癒してくださいました。「お父さんを 光のところに送ってあげるね」と、言われたので、わたしは そのようにして頂きたいとお答えしました。
 
その後、「お父さんと話してごらん。」と言われたので、自分の場所に戻ったわたしは あふれてくる暖かい涙を感じながら 笑いました 笑いながら泣いていました。そして 父と話をしました。本当に 本当に 楽になったと お前は何も心配しないで 安心して生きて行けと 伝えてくれたようでした。
 
わたしがゴミを抱えた心にふたをしている間 ずっと父は 自分の痛みや辛さを抱えながら 光のところに帰らずにいてくれたのでしょうか・・・。わたしの 大好きな父と一緒にいたい というその気持ちが エゴとなり 父が光に帰るのを遅らせてしまったのでしょうか・・・。それとも わたしが抱えてしまったゴミに 気づくまで ずっと見守ってくれていたのでしょうか・・・そうかもしれません。父はわたしに 自分の辛さなど 少しも伝えてはきませんでした。父から伝わってきたもの それは わたしへの愛情でした。いつも わたしとともに あったのでした。死を超えても 変わることなく。
 
内観を迎える週に 父と母の誕生の日がありました。父のお墓に参り 誕生日の母のところに行きました。「ありがとう」と心で言って 二人で 大笑いしながら 食事をしました。わたしの車を見送る 母の姿に 暖かい方の言葉が重なりました「もっと、もっと、幸せになってください。」心が揺れました。これは 母の願い 親という人すべての 子供への願いでもあるのだと わたしは感じさせていただきました。
 
内観に参加させていただくまでのわたしは 日にちの変更に揺れ ゴミの選別に揺れました。メーリングリストの皆様や たくさんの方々に 支えていただき 今日があると思えます。ありがとうございます。そして この二日間のわたしを支えてくださったのは 大いなる存在 小野先生 若子さん お嬢さん 参加された皆様お一人お一人でした。心からの感謝 そして愛おしさで 一杯です。ありがとうございます。 
 
わたしは とても楽になれました。父が光に帰った時に 一緒に 何かが 自分から去ってくれたのでしょうか 心地よい軽さを感じ 何かがなくなったところから もう とまることなく溢れてくるものがある そのように 感じさせていただいています。わたしは 始めの一歩を 踏み出させていただいたようです。
 
大切に 歩を 進めさせていただきます。自分なりにです。存在している皆様に感謝の気持ちを持ちながら ある時は 先が見えないと思えることも あるでしょう 立ちすくむ事もありますね きっと。それぞれを すべて感じながら わたしとして 生きさせていただける事に 心から感謝を申し上げます。
ありがとう ありがとう ありがとうございます。
 
 
NO.19
内観をしてみての感想は、1日目、2日目の終わり頃まで、父親、母親のゴミ出しをして、自分はけっこう両親にだいじにされていたんだなーという感謝の気持ちが出てきたこと、親に対して何かしてほしいとか思うんじゃなくて、この世に生まれて来られただけでももうけものと思う位じゃなければいけないんじゃないかなーと思いました。
 
私が驚いたのは、自分の中にたくさんの不安と恐怖心があるのがわかったことです。それらのゴミを取り除きたいとは思うのですが、あのときの気持ちがまた出てくるのはいやだなーという気がとても強いのです。でも、これは避けて通れない事だというのは、自分でも分かっています。時間を見つけて、先生にヒーリングをしてもらいたいと考えています。
 
NO.18
昨日の内観や治療の効果があらわれたので、お知らせしたくメールしました。
正直に一言で言いますとすべてが昨日の1日で解決されました、まず1番気になっていた音に対する怒り、不安、などを感じていた部分が完全に治りました、臭いに関しても気にならなくなりました、あの不快に感じた柱の音がただのうるさい音になりました。
 
 解説(小野) ⇒ この方は音と、臭いに対する過敏症でした。2階に住んでいるそうですが、1階の住人の音が気になってしなたがないということでしたが、音に対してでなく、親に対して内観をして頂きました。それと親との関係にも変化がありました、今日用事もあったので、実家に行き親との会話の中でいつもならここで癇癪を起こすはずと思ったところがあったのですが、怒りが湧いてきませんでした。
 
あと体に関してですが、今まであった肩にかかる重みのようなものが完全になくなりました、それと昨日の晩にお風呂に入ったとき足が温まっているのが実感できました。もうあまりの変わりぶりに驚きを隠せません。
 
私は何かと自分で理解出来ないと納得できない性質なのですが、小野先生の気功にはもうそんな物は、必要ないように思いました。自分の中のゴミが減ったのですね? ただただ感謝いたします。1日という短い時間の中であれほど私に為に治療やお世話をしていただいた小野先生、奥さんに心から感謝致します、本当にありがとうございました。
 
 
NO.17
小野先生 内観を体験させて頂いて本当に本当にありがとうございました。
私の人生の中でこれほどまでの感動はありませんでした。内観を知った時から、自分の中にある「心のゴミ」をはっきりと感じられた私は、「是非内観を体験したい!!」と願っていました。
 
前向きに考え、前向きに生きよう!と、いくら頑張ってもベストな状態をキープすることが出来ず、ネガティブな影響をすぐに受け、体調を崩し、だんだんと人と接する事、外出するのも怖く、毎日這うようにしてやっと仕事に出かけ、ぐったりとして帰る日々を送っていましたが、その中でもありがたい、いろいろな出逢いが在り、いろいろな方に助けられ励ましを受けやっと元気を取り戻した時に小野先生のホームページと出逢い、いろいろな事を知り、ホームページが更新されるたびに自分の中の大きな疑問のパズルのひとつひとつのピースが見つかり、少しずつ全体が見渡せるような感じがありましたが、“内観”はこれだ!これなんだ!と叫びだしたい位でした。
 
実際に内観を体験して、自分のあまりにも激しいネガティブな感情に驚き、こんなにも大きな闇が、私の心にあったのか、こんなにも大きな荷物を抱えて生きていたのか! と今まで向き合うことが出来なかった自分自身の闇の大きさに驚き涙が止まりませんでした。ずっとずっといろいろな病気になっていたのは自分が病気を呼び込んでいたのがはっきりと見えました。
 
幼い頃に大好きな母から「あなたがいるからいつもごちゃごちゃ喧嘩になる」と言われたショックと年の離れた姉たちからは「いらない子」といつも追い討ちをかけられ、姉たちから虐待を受けていた
私は、小学生の頃から「死にたい!死にたい!いらない子なんだからお母さんを困らせているのは自分なんだから」と心の中で叫び続け、自分を非難していました。
頑張っても頑張っても認めてもらえない、幼い頃の悔しさともどかしさの感情が一気に押し上げてきて涙で前が見えないようになりながら、今までずっと自分に自信が持てなかった事、自分を好きになれなかった事、家族に対して感謝の気持ちを持てなかった訳を知りました。
 
泣きながら内観を続けているうちに、不思議な事が起こりました。自分の姿が、小1の私の娘の姿に変わり、泣きながら内観をしている姿が見えました。母は母であり自分でもあり娘なんだ!!子供の頃の母の嫌な所は、今の自分でした。 娘は幼い頃の私でした。知らず知らずに自分も娘を沢山傷つけてきた事に気づき、愕然としました。あのころ母も必死で歯を食いしばり頑張ってたんだ、娘も苦しい思いをしているんだと気付くと母に対するネガティブな感情がすぅーっと消え、感謝の気持ちが心の底から出たときに、急に母の姿が輝きだし、とびきりの笑顔で私に向かってピースサインをするのが見えその光に私も娘も包まれ光輝いているのが見えました。私もみんな本当は光なんだ!と感じたときに「私は生きます。
 
自分の意志で、自分の足で私のしあわせのために、私の人生を歩いていきます」と言う力強い言葉が書き出され、母に対する書き出しなのか、自分に対する書き出しなのかよく分からなくなりながら、力強い言葉に驚き流れに身をまかせていました。
 
自分はいつかきっと光輝けると確信しました。しあわせはどこでもなく、自分の内(なか)にあったのですね。まだまだ私の中には沢山のゴミがあります。 でも光り輝く未来もあります。どんどんゴミ出しをして早く光り輝く自分になりたいです。内観後、ここ数日とても穏やかに過ごしています。周りの景色がとても明るくきれいです。自分が穏やかでいられると周りの人達もとても穏やかに感じます。内観を体験した人が、1人、また1人と輝きだすと周りの人達もどんどん輝きだして地球全体が光に包まれるとすばらしいですね。
 
小野先生、すばらしい体験をさせて頂き、本当に本当に感謝しています。
私の体験を最後まで読んで頂き本当にありがとうございました。
ありがとう ありがとう ありがとう☆
 
 
NO.16
先月の内観ありがとうございました。まず初めに、私のゴミ出しは生みの親、育ての親と単純計算でも2倍のゴミが溜まっているので、一度に出し切るのは難しいけれど、出せるところまで出してみようと思って参加しました。
 
幼い頃に離婚して記憶のない生みの母親、アダルトチルドレンの生みの父親に関して相当ゴミが溜まっていると「ゴミ出し」のコラムを読んで納得していました。私は実家を早くに離れて、根無し草の様に色々な土地を転々としました。親とも上手く行かないし、どこに居たら良いのか分からなかったんだと思います。
 
今迄を振り返ると、大抵物事が上手く行く直前で急にどんでん返しで上手く行かなくなる事が多い人生でした。そんな経験から、諦め調子の冷めた感覚を身に着け、結果を見ないと安心できないと常に冷めていたし、感謝も足りませんでした。
 
上手くいかないと、やっぱり喜ぶのは早かったんだと結論付けたり、良い事があっても油断してはいけないと警戒していました。それほど、急に事態が変わることが多かったのです。
 
小野先生の言葉をお借りすると、「ありがとう貯金」から身銭を切って生きているような感覚があり、貯金の仕方を知らなかった私は、どんどん自分の徳が削られて何時かポキッと折れてしまうような感じが長年あったのです。
 
私はカルマを信じて、悪い事が起こると「生まれる前の私は一体どんな悪い事をしてこんな親の元に生まれしまったんだろう」と親の問題もさる事ながら、きっと自分が悪い事をしたから今こんな目に遭うんだと自分を責めていました。私が頑張っても、親のカルマ、自分のカルマの返済で一生の徳を使ってしまうんじゃないかと思っていた位です。
 
内観に対しても、少しでも親の借金(カルマ)を減らして行きたいと考えていました。お金の流れと一緒で、借金を減らさないと、貯金(徳)は増えませんからね。内観を知るまでは、本能的に何か間違っているから修正しなければと感じてはいたものの、何をどうしたらいいのか分からずじまいで、場当たり的な対処をするので精一杯のところまで来ていたのです。
 
小野先生に私の思っているカルマの件をお話したところ、「大元の親の愛はカルマを越える」と言われました。それを聞いて、随分気持が楽になりました。
 
内観の書き出し作業で、生みの父親の気持ちに少しだけ触れた瞬間がありました。まだ許す事は出来ませんが、多分こんな気持ちだから私を育てる事が出来なかったんじゃないかと気付きました。
 
もう15年以上会っていない父親の感覚が、紙の上に現れるなんて不思議ですね。これが、親子の繋がりというものなんでしょうか。文句もまだまだ沢山ありますが、ゴミが無くなれば必ずすっきりすると思います。初めての内観を終えて、随分笑顔が増えました。当たり前の事に感謝をする、笑顔が笑顔を呼ぶということも少しずつ実感しています。良い連鎖反応が起こるんですよ。
 
私の経験ですが、親の問題ほど近すぎて人に打ち明けにくいものです。小野先生の「ゴミ出し」のコラムを読んで、これだ!と直感で内観を申し込みました。
終了後の皆さんのひたむきな表情や笑顔、はたまた頑張った後の涙を見るだけでも私は価値があったと思います。一人で悩んで、私が一番大変と思っていた気持に反省です。参加して本当に良かったです。ありがとうございました。来月も宜しくお願い致します。
 
NO.15
今回の内観では今まで以上に沢山のゴミが出せました。本当に皆様ありがとうございます。前回でやっと両親のゴミ出しが出来て、今回はどうしても許せない相手をやらせていただきました。内観をやる度に自分のゴミの層がはがれ落ちます。まるでタマネギの皮をむいてるみたいです。ゴミの層がはがれる度に新しい自分が下から顔を出します。その度にいろんな自分に出会いました。はがれる度に楽になって、そして又その下に隠れていた新しいゴミの存在に気付いていきます。
 
まだまだ私自身27年間ゴミを沢山ためていたみたいで、すぐに私には光が見えませんが、着実に内観により光に近づいているのは感じられます。自分の層が薄くなっている感じです。内観をやったおかげで日頃ゴミが多すぎて気付けなかった事に沢山気づけました。それだけでも凄いのではないのかなと思ってます。そしてなるべくゴミはためないようにしていきたいです。もうこのさいだから今年はどんどんゴミ出しをして心を綺麗に整頓し「ありがとう」の気持を沢山うめていきたいです! 今回は許せなかった相手をしました。
 
絶対感謝の気持は書けない!って思っていたのに(題名でさえ書くのが嫌でした)最後の方で小野さんのお話を聞いた後、自分の心に変化が起き、一気に感謝の気持ちと涙が出てきました。感謝の気持ちが両親の時より多かったのにはビックリ(笑) 凄く凄く恨んで憎んで仕返しを考えてたくらい許せない相手だったのに。。。終わる頃には「もう二度とあなた様の事は恨みません!ありがとう!」なあ~んて偉いことをいう言葉が自然に出てきたのには自分でもびっくりでした(笑)。
 
私は長年摂食障害で悩んできていましたが、この相手が消えるまで絶対私は治らない!!ってここ何年もの間強く恨んできました。でもその思いを持つ度に辛くなり、過食嘔吐も悪化するし、、。で、いつのまにやら自分を回復させるために過去の辛い思い出に知らぬうちに蓋をしてしまったみたいです。
 
両親のゴミが減った事でそのゴミが見えてきたのです。そして今回はネガティブな感情を綺麗に忘れたいって思いやらせてもらいました。沢山のゴミと感謝の気持ちが沢山出てきました。そしていろんな事に気付きました。この人がいたからこそ、私は今ここ(内観の場)にいるんだ。そして小野さん始め皆さんに出逢えたんだ!って。
 
恨んでいた相手がまるで私と癒しの森をつないでくれたキューピットのように見えてきました。その人に関わった事で、私の人生はガラッと変わってしまいました。当時は辛すぎて冷静に見えず、全てマイナスエに考えて物事を見ていました。でも今よく見てみると、その辛さがあったからこそ、それが原動力になり、外に出る力が働き、いろんな人に出会って、いろんな世界にふれて失敗もしながらも、少しずつ少しずつ進んで、今ここに到着しました。
 
善くも悪くも全て何かしらきちんと意味がありすべて繋がっているんだなと心から感じました。その瞬間「ありがたいな~」って思えました。その人がいなかったら私は大切な事に気付いていなかったんだなって思います。感謝の気持ちが書き終わった後、何故か根拠もない自信がわき出てきました。
 
「私、摂食障害卒業しました~!」っていう言葉が上から降りてきたんです。根拠がなさすぎてあ然って感じなのですが、私の中で何かが変わっているのです。自分がしっかりとここにいるっていうような感覚なのですが、、。言葉では上手く説明できなく申し訳ないです。まあ今後凄く自分に変化があると思います。そのために「ありがとう貯金」を沢山したいと思います。
 
本当に今回私がここまでゴミ出しが出来たのも、一緒に参加してくださった皆さんと小野先生、奥様、お嬢様、皆様のおかげです!本当にありがとうございました!!今回の感謝の気持ちは大切にお守りとしてとっておこうと思いました!!
 
 
NO.14
内観を受けるのは初めてですが、一言で表すならこの作業は私にとって「長年の謎を解くこと」でした。私には、子どもの頃に母から言われたことで、とても悲しくショックかつ不快な思い出がありました。
 
ちょうど二年前、急な病気で手術をし、その後の長い入院期間中、かなりひまなので、いろいろと来し方など思い出しては日記に書き出して、今思えば「内観的」な作業をしていました。そこで、母から言われたその言葉を何度も思い出すのです。その言葉は思い出すたびに悲しく、不快なだけで、「何でそんなことを私に言ったのだろう?」という疑問で終わり、それ以上にはならずにいつも出口がないまま、怒りをため込んでいくだけでした。
 
しかし、母との関係がその言葉のせいで悪いというわけではなく、過保護なくらい大事に(?)育ててもらったと思っていたし、病気になったことで、母をはじめ家族のありがたさがよくわかったつもりでいました。
 
今年、病後の回復のため、小野先生に遠隔気功をしていただいた際に「両親との関係は?」と聞かれ、「別に悪くはないんですけど」と答えたくらいです。
先生に勧めていただいたこともあり、直感的にも惹かれるものがあって今回の内観に参加したところ、初日にこの言葉がキーワードとなり、大げさでなく「目から鱗が落ち」ました。
 
病気の原因がわかったと思いました。母の言葉そのものよりも、その言葉に含まれる空気を私は受け入れることができなかったのです。自分の意識のうえでは認めていなかったけれど、母に愛されていなかった。幼い頃、そう感じていた自分を「発見」したのです。
 
そうすると全ての謎が解けました。愛してほしかったとずっと思っていたのです。「母なるもの」「母性」に対する反発。
恥ずかしながら子どもがきらいで、「母親になる」ことにわけもなく嫌悪感がありました。
 
小さい頃の強烈な思いを引きずって、とうとう臓器まで摘出してしまった・・・そういう自分が悲しくて泣いてしまいました。
 
不思議なことに、謎が解け、母との関係を「認識」した後は、すごくさわやかな気分になりました。ただ、母への感謝の気持ちはなかなか素直に湧いてはこなかったです。たぶん時間切れだったのでしょう。二日目もゴミ出しに精を出し、さすがにゴミも少なくなり、それと共に疲れが出てうとうとしたりしているうちに終了となりました。
 
帰宅後は、先生の言われる大掃除のあとの「ほこり」でしょうか、いろんな気持ちが渦巻いて、複雑な感じになり、実はまだ母とは話をしていないのです。
おかげさまで、病気については原因がわかった時点で「治った」と思いました。しかし、まだ母に対する「心からの感謝の気持ち」が出てこないのと、亡くなった父のゴミ出しをする必要があると実感しています。
 
「ゴミの量」は人によって違うとのことですので、今回はこれが私の到達したレベルだということでしょう。近いうちに又、内観に参加させていただきたく思います。残念ながら「光」は完全には見えなかったですが、少なくともそばまでは行けたような気がします。
 
内観の最後に、一緒に参加された皆さんの「気」にも触れることができてすごくうれしかったです。的確に導いて下さった小野先生、本当にありがとうございました。先生の予言通り、水はがばがば飲むわ、トイレはしょっちゅう行くわでした。奥様やお子さんにも大変お世話になり、心からお礼申し上げます。ありがとうございました。
 
NO.13
今回で二回目の参加になりますが、またしても沢山のゴミが出せました。有り難うございます。
私は以前から親がとても苦手でした。
とくに父親が大嫌いで1回目の内観では3日間父親についてやらせてもらいました。
 
その時は母親についてはあまりゴミがないだろうと思っていました。
ところが1回目の内観で父親のゴミを出してクリアーにしたところ、今まで大丈夫だと思っていた母親のことが凄く気になり、日に日に今まで忘れてた感情、苛立ちのゴミが沢山でてきたのです。
 
早くゴミを処理したく、本当に2回目の内観が待ち遠しいくらいでした。私の一番深い傷は父親ではなく母親だったことがわかりました。深い傷すぎて今まで知らず知らずに心奥底に蓋をして隠してしまっていたんですね。。。。前回で表面にあった父親を片付けた事で内なる問題が見えてきたんです。今回の内観でずーっと母のゴミ出し作業です。凄く出る出る!恐ろしいくらいに出ました。でも感謝の気持ちは表面的しか現れず、本心から感謝の気持がなかなか出てきませんでした。
 
終わり時間に近づいても出てこなく、焦りました。焦れば焦るほど出てきません。
終わり1時間前に丁度先生に呼ばれ、「無理に書かなくていいですよ。これがお母さんの愛情だよ。只感じてみなさい。」と、母親の愛を言葉なしで感じさせてもらいました。
 
じわーんと暖かく、まるで母親のお腹の中に自分がいて母親に守られている感じがしました。優しく暖かく、そして守る強さがあった。
 
心地よくて1時間只ひたすらその愛を感じていました。終わり3分前!不思議にどことなくもの凄い感謝の気持ちが私の心をよぎりました。
「生んでくれてありがとう。お腹の中で守ってくれてありがあとう。」と。
今までは「~してくれてた。~っしてくれない。だからありがとう。だからむかつく。」と固有の感謝や怒りばかりでした。でも最後は只単に「ありがとう」と凄くシンプルな気持なんですよね。
 
涙がどっと一瞬に流れ出て紙に「ありがとう。ありがとう。」と心からの言葉が書けまた。母のゴミが出せ、そして少しでも母の愛情感じられました。小野先生本当にありがとうございます。内観後、母親に対して凄く苛ついていたトゲトゲした感情が一気に消えました。
1回目で父親、2回目母親、そして今回は妹も参加したことで今までは家族がそれぞれトゲトゲし、気の流れがつまり重苦しい空気だったものが、今回でゴミが消え流が良くなったと感じてます。息がすいやすいです。
 
でも私個人としては母親がなくなった事でまた新たな課題がでてきたんですね~(笑)
ゴミ出しをするたび、外側の層が1つめくれ、また1つめくれいろんな自分が見えてきます。
 
本当に面白いように自分の内側が変化していきます。少しずつ光に近づいているのですよね。
今、私の魂は光に会いたい。光になりたいと心から一心に願っているのが聞こえます。
今までいろんな辛い事が沢山ありました。
でもそれはより輝いてる自分の光を見るためには必要だった事なんですね。
闇が暗ければ暗いほど、深ければ深いほど、光の存在に敏感になれ、光の大切さ、光の明るさ、輝きを凄く凄く感じられる、感謝できる、感動できると思います。
 
私は真の光を見たいです。見るために今までがありました。
光を私に見せるためにすべてが私に試練を与えてくれてたんですよね。
小野先生の治療と内観でいろいろクリアーにしていきたいと思っています。
自分自身でも常日頃ゴミを沢山ためないようにしていきたいと思っています。
絶対私は変わります! 変われます! 光を見ます!
事実、内観の度、自分が変わるたびに周りの人達が変わってきています。
皆、いい方向に。私が創造するように。
ありがとうございました。そしてまた新たに皆さん宜しくお願い致します!
 
NO.12
21,22日の関西内観ではお世話になりました。
今回の内観での体験は、私にとって忘れられないものになると思います。御導き頂きありがとうございました。
 
今日の朝一度トイレに起き、「今日は会社は休みをとったし、今日家で作業するつもりで持ち帰った仕事も金曜日にほとんど
片付けてしまったから、もう少し寝ようかな」とベッドにもぐり込んだ時、ふと昨日、小野先生が「愛の光」と唱えながら手を当ててくださったシーンを思い出し、同時に心地よい、暖かいものにつつまれたような感じがしました。
 
昨日は、「何かがぬけて、ふっと楽になったなぁ」という安堵感が強かったのですが、今朝の感覚は何とも言えない安らかな心地よさを感じました。
 
出かけた時には、見慣れた町の景色などに新鮮さを感じたりしました。
今まで心に余裕が無くて、見てるようで見えてなかったものが目につくようになったのでしょうね。そのことがとても嬉しく感じました。
 
母との関係についてはもう少し時間が経たないとよく分からないなと今は思います。何か大きな変化があったらまた、報告させて頂きます。あと、先ほどふと不思議に思ったのですが、内観のときに「憎い」という感覚が何故出てこなかったのだろう?ということです。
 
私のなかに確実にあったはずで、それに振り回されていたはずなのに、そして、今、それが無くなったなということを感じることが出来るのに・・・内観に参加する前に「どんな感情も誤魔化さずに感じよう」と決めて、内観の最中にも自分に正直であったつもりなのに・・・
 
  解説(小野) ⇒ 内観の途中で消えました。
 
何よりうれしかったのは、小野先生が内観の時に何度も面接をし、ヒーリングしてくださったときに「私の為に手をさしのべ、力を貸してくれる人がいるんだ」というこに気付いたことです。そこから母、今回主催してくださった岩出さんと山崎さんご夫婦など、少しずつではありますが、私の周りに感謝すべき人たちが沢山いるんだということを、表面的なものでなく、もっと深いところから感じられるようになったことです。先生に言われた喉のチャクラを意識してありがとうを続ければ、きっともっと深い感謝が出来るようになるのでしょうね。がんばって続けたいと思います。
 
NO.11
内観を受ける前の私は、何もかもに行き詰まった状態でした。ことしの春に勤めていた会社を辞めて、自分では頭を切り替えて再スタートしようと思いながらも、なかなか前向きに考えられずに、家族にもきつくあたってしまい、自暴自棄になりがちな毎日でした。
 
そうゆう中での救いは、「癒しの森」のホームページに出会ったことでした。文章を読んでいくうちに、自分の中から人と争おうとする気持ちが減って行くことに気付きました。そうすると自分も楽になるし、また物事も自然にうまく運ぶような気がしました。
 
小野先生にお会いしたいと思うようになりましたが、病気でないので治療してもらう訳にもいかず、かと言ってお忙しい先生を訪ねるのも悪いしなあと思っていた時に、希望者に内観を指導して下さるとホームページに書いてありましたので、早速メールを出しました。
 
実際に内観を受けてみて驚きました。今まで自分を捕らえていた問題は、自分の心の内に有った傷だったんだと、頭ではなく心で理解できました。両親に対するゴミを出していくうちに、今まで感じなかった愛情がじわっとやってきて、これでもう大丈夫だと思いました。
 
人の成長には愛が必要で、源なる所からの愛を感じるには、親の愛に気付くことが大切であると教えてくださいましたが、まさに素晴らしい体験でした。今後の私は、この愛の力で、人を癒す仕事に就きます。
 
内観より帰ってから娘や妻とも、にこにこと過ごせています。頂いたテープを娘に聞かせましたら、笑顔になり一緒に歌いだし家族全員でありがとうとやっています。私の話を聞いて妻も内観に行きたがっておりますので、またお願い致します。
 
 

 
NO.10
内観に参加させて頂き、ありがとうございました。私は、内観を受けることに、期待をしていました。終えた今、それは、想像以上であった事に驚いています。
 
私は、小学生の頃から母の事が嫌いでした。しかし、結婚して親になり姑で、苦労するうちに、だんだんと、母へのこだわりが消えていったと、思っていました。
 
母は、不器用な人で、家事が苦手で、要領が悪く何をしても時間がかかっていました。いろんな事が重なると、処理しきれず、パニックに近いような状態になっていました。そんな時母は、『子供なんて産まなければ良かった』と言っては、ため息をついていました。その言葉を聞くたびに、私は、『こんな母親には決してならない、母は反面教師なのだ母には頼らない』と自分に言い聞かせていました。
 
内観をはじめると、当時の記憶が甦り、涙があふれ出て、次から次にゴミが出てきました。それはまるで、心の叫びを手が代弁しているかの様に、書く手が動いていました。
 
何時間も、ゴミを出しを続けた後、ボォーと放心状態の様になり小野先生に、母の本当の真意を伝えて頂きました。母は、不器用で愛情表現が苦手だったけど、本当は、こんなにも、私の事を愛してくれていたんだと、愛されている事に気が付きました。それと同時に、今まで感謝の気持ちを持たず、自分の力で生きてきたように思っていた自分の傲慢さ、謙虚さの無さに気づかせて頂きました。
 
今、母をとても身近に感じています。その心地良さに包まれて、感謝の気持ちで一杯です。そして私が、この世に存在している事のありがたさを、感じています。源さん、ありがとう。感謝いたします。ありがとうございました。
 
 
NO.9
おつかれさまでした~! 本当にありがとうございました。私の今日の内観について、書きます。私は、はっきり言って、内観にはあまり期待はしていませんでした…すみません…
 
実際、今、全ての事に悩み、家族、仕事、恋愛、自分…わからなくて、何から手をつけていいのか、どうしていいのか…
内観で父、母のゴミを捨てる…
イマイチ、ピンとこなくて、姉に連れられ、何か変われば…くらいに思ってました。
親の事、考えても今一番の悩みかもわからず…
 
でも、ゴミをだしてみたんです…
そしたらどんどんゴミが出てきました…
それが今まで全ての事に影響していたとは…
 
特に恋愛でした。
彼とは、ここ何日か前に別れました。
一緒に住んでいました。
別れたので今は一人暮らしです。
母親のゴミをだしているうちに、別れた理由が…
 
今までもうまくいかなかった理由が明確にわかりました。
もう二度と同じ失敗はしません。
でも、本当のところは、そうではなく、何を悩んでいるかわからない、自分の気持ちです。
内観してみたら、手付かずだった悩みが明確になったんです。
 
それは、内観なんてやっても意味ないくらいに思ってた母親の事…
私は、実家が大嫌いでした。
高校を卒業して、東京にでて、それから、実家には帰りたくなくて…
とにかく実家に居たくなかったんです。
帰っても泊まりたくはない…
必要以上にはいたくない…
それがなんで?かわからず、なんとなく居場所がなくかんじて、自分は一人だと思っていて…
 
どこにいっても、私は一人だ…
結局、彼とも別れ、誰も私の事わかってくれない…
仕事もそうでした…
とにかく居場所を探して…
けど、その期待はことごとく裏切られ…
孤独とずっと戦っていました…
死しかたどり着かない孤独感…
甘えてるのかもしれないけど、[死ねばいい]ばかり自分の中で思いつかない毎日…
 
でも内観を受けてみたら、私は、期待してなかったのに…
何かがクリアになれば…くらいに思ってたのに、いろんなことがクリアになってしまって、そこまで求めてなかったのに、ビックリです。
 
これは体験しないとなんともいえませんが…
母親の事、ゴミすてたら、それが全てに影響してたなんて…
 
私はもう、孤独だなんて思わない。
彼とも、もうぐちぐちしないし、逆に、これから会う人とは同じ事を繰り返さない!
もう二度と私のことを誰も必要としてくれないなんて思わない!
 
内観をすることで、本当に自分がここまで求めてなかったのに…
こんな気持ちになれたこと、ありがとうですね…
 
私の苦しみの原因が母親から来ていた事(母親からの愛情)も…私は…わからなかった…
全てが母親の影響だったなんて…
 
母親が大きらいだった私が、母親が一番大好きだったってことも…
うまく言えなくて伝わりにくくて、すみません。
 
とにかく、内観はやってみないとわからないです!と思います。
こんな私がこんな幸せな気持ちになってしまっていいのかなっていうほど、私は今、今までになく満たされています、愛に。本当にありがとうございさした。
 
NO.8
30代のアーティストです。
展覧会の直前は、いつもうなされていました。
・・・内観を受けてから、感覚に変化がありました。
頭のてっぺんがパカッと開いて、空とつながったようになり(?)
さらに頭上でわっかができてクルクルとまわっているような感じ・・(笑)になっています。とっても気持ちいいです。うれしいです。
 
それから、具体的に実生活で変化したことは、
「こんなことあったらいいなぁ・・」と、ぽわんと考えていることが、すごい勢いで実現化するようになりました。流れがよくなったことを実感します。
 
私は「内観パワー!」だと思いました。
今後も、芸術を通して、宇宙の源(みなもと)との中継役をしていきます。
癒しの森さん、ありがとうございます・・・
 
内観2週間後 ⇒
内観を受けて、じわじわとそのすごさを実感しています。
うまく言えませんが自分の周波数が今までと違って出会う人や場所がちょっと変わったような・・・
まさに内観パワー・・・・・
不安や畏れや疑念というゴミを掃除すると流れるようにすすんでいくのですね・・・
すごいことです。源さんありがとうです。いろんなことに感謝です。
ありがとう・ありがとう・ありがとう。です。
 
NO.7
 参加する前は非常に不安でしたが、3日間、自分自身と向き合うことで多くの気づきがあり、自分なりの収穫が得られたと思っています。
 私は10年ほど前から、小野先生の治療を受けているおかげで、一緒に参加した皆さんよりひと足早く内観に触れてはいましたが、自分一人の書き出し作業でははかばかしい成果が得られず、今回の集中内観では、ほとんど一からのスタートでした。
 
 ひとりで行っていた内観で気づいた唯一のことは、私はなんの不自由もなく育ってきたように思い込もうとしていただけで、実は父に一度も親しみを感じたことがないということでした。
 しかし彼に対しての具体的な不満は見つかりません。一緒にときを過ごした記憶が少ないから思い出せることがあまりないのです。ですから私がゴミをいぶり出す作業は、むしろ皆さんよりもはるか遅れて進んでいき、母との関係に向き合うにはいたりませんでした。
 
 父への不満をなんとか形にできたのは、初日の午後のこと。私はあらゆる不満を「しかたのないこと」としてふたをしていたのですが、小野先生の「親の愛は海よりも深いもの」との言葉に、もっと親の愛を求めてもよいのだとわかりました。「父に親しめない」と何度も書くうちに「親しむ」の「親」は「おや」とも読むとはたと気づきました。人間が最も親しむべきは、親であるべきなのでしょう。
 
 私のゴミ出しの紙に書かれた主なものは、父は仕事が忙しく家族を顧みず、私および妹とコミュニケーションをとろうとしなかった。笑顔がない。愛情を向けられた記憶がない。非常にまじめで神経質というものです。
 私の嫌ったその姿は驚いたことに、私自身にそのまま重なるものでした。
 
 最終日、「今度は方向を変えて感謝のほうを書いてみては?」と小野先生に言われました。私が困った顔をしていたのでしょう、先生は「あんまり思い浮かばないかもしれないけど、責任をもってあなたを育ててくれたんでしょう。大切なことはね、いくら笑顔がないと言っても、彼があなたのお父さんであることは事実なんだよ」の言葉に背中を押されて書き始めると、またまたびっくり、次々と発見があったのです。
 
 まず私が父に感謝したいのは、母ともども健康でいてくれることです。70歳ともなれば介護が必要な人もいるというのに、なんと幸せなことでしょう。経済的にも自立しており、私が彼らの老後を心配する必要もありません(むしろ心配なのは自分自身のほうだったりしてノノ)。また数年前から、妹の家族の住まいのそば、それこそスープの冷めない距離に引っ越しており、この点も私は安心していられます。母に対しても寡黙ではあっても、いさかいをすることもなく、仲のよい夫婦といえるでしょう。
 
 また考えてみれば私がライターといういまの職業に就くきっかけをつくってくれたのも父だったのです。私が雑誌に記事を書き始めたのは大学4年のときでした。卒論の資料を集めるためにしばらくアメリカに滞在し、すっかりその生活が気に入った私は、改めてアメリカに住んでみたいと思うようになりました。
 
 しかし予想通り、父は反対でした。私は自分でお金をためてアメリカに行こうと思い、とりあえず入選するとアメリカ旅行をしてその記事を書くという雑誌の懸賞論文に応募し、ラッキーにも私が選ばれたのです。長い文章を書いたのはそれがはじめてでした。以降書くこと自体がおもしろくなり、現在に至っているのです。このことに、その時はじめて気がつきました。
 
 思えばゴミ出し同様、私が自分で長所と思える勤勉さ(人はどう思うかギモンですが)は父から受け継いだものでしょう。また私はいま、ワインや食関連の執筆を中心にしていますが、味覚と嗅覚もしかりです。
 
 3日間の内観を終えて、無条件に父に親しみをもてるか、と言われたら、じつはまだ自信がありません。でも目を閉じると浮かんでくるのは、父のしかめ面ではなく笑顔になりました。少なくとも彼が私の父であることはまぎれもない事実です。おそらくこの後何年会わないとしても再会したなら一目で彼とわかるでしょう。私たちはつながっているのです。
 
 そして小野先生との出会いや、この内観に参加するチャンスに導いてくれたのも父です。このことに100パーセント感謝します。私はまだまだ発展途上ですが、大きな力に守られていることを感じています。そしてもっと自分自身を知りたいと思い始めました。
 
 またこの3日間、ご一緒した皆さんとの出会いも忘れられないものでした。皆さんがゴミを排出するたびに、顔がいきいきと自信に満ちてくることは驚異でした。その波動はなんとなく私自身にも伝わり居心地のよい時間を過ごすことができました。帰り際、皆さんの連絡先を聞こうか、とも思ったのですが、とどまりました。というのも連絡先を聞かずとも必要なときがくればお目にかかれるような気がしたからです。いつか笑顔でお目にかかれるときが来ますように。小野先生、若子さん、皆さん、ありがとうございました。
 
NO.6
今回3日間の内観に参加いたしました。
小野先生、ご一緒させていただきました皆様方、お世話になり本当にありがとうございました。
内観は父を対象にして始めました。と申しますのは、父に対する私の方針というのは一貫性を欠いていて、しかも女性に対する固定観念のようなものがあり、私はそれがとても不満で、それがなければ私の人生はもっと違ったものになっていたと思っていたからです。
 
最初は父に対する不満ばかりが次から次へと出てまいりまして、紙面を埋め尽くしていました。よくこれだけ出たものと我ながら驚きました。
ですが、不満が一通り出尽くし、よくよく父のことを思い返したとき、子供のころ父が私にしてくれたこと、成人してからも困ったときに何度も助けられたことなどが思い出され、父は父なりに私のことを考えてくれていたのだということが感じられるようになりました。
 
また私が今までに一番困っていたことから、まがりなりに抜け出せたのは父のお陰だと考えられるようになりました。
父自身はそのことを理解していたのではないのですが、結果として父の行為が私を救ってくれたのだと分かり、感謝の気持ちで一杯になりました。
 
父の私に対する態度すべてが納得できたのではないのですが、少なくともその時々で私のことを考えてはいたのだということに思いがいたりました。
そうなりますと、「お父さん、ありがとう」と心から素直にいえるようになりました。
 
次は母が対象になりました。
母に対してはその時点でもものすごく大きな不満というのはなかったのですが、子供のころなぜか私が好まない稽古事を押し付け、何度か困惑したこと、他の子供と異なるものをもたされたことが、他の子供たちからからかいなどの原因になったことなど、また父に対して不満を持ちながら、意見を言わずにいた点などが思い出されてきました。
 
そうは申すものの母は、成人してからの私をよく理解しようとしてくれて、よい聞き役となってくれました。また私が失敗したときも、いろいろ励ましてくれ元気づけてもくれました。
 
そういった母の暖かさ、思いやりをいろいろ考えるにつれ、母に対しては本当にありがたい存在だと思えるようになり、母を大切にしようと思いました。父はもう亡くなってしまったのですが、母に対しては感謝の気持ちを持ちつづけよい親子関係を続けていきたいと考えています。
 
内観の対象の最後は私の人生で一番許せない人でした。その人のお陰で私の人生は狂い、私は本当に苦しみました。その人に対しては恨み、つらみしか出てまいりません。どうしてこんな人に会って苦しまなければならなかったのかという思いで一杯でした。
そういった恨み、苦しみを書き連ねるうち、私に親切にしてくれたり、思いやりをもって接してくれた人々のことが思い出されてまいりました。
 
そうするうち私がこれほど苦しい思いをしなければ、そうしたことに対してそれほど感謝できなかったかもしれないという心境になりました。
つまり冬の寒さがあるから、春の暖かさ、夏の暑さがわかるように周りが善人だけで、いつも幸福だと、残念ながら人は自分がどれほど恵まれているのか理解しづらいのではないでしょうか?
 
私の場合はかなりつらい目に会ったのですが、その時点に出会った人、またその後に出会った人たちの、人としての思いやりの深さや暖かさにはとても感謝しています。
 
そうなりますと、私を不幸にした、鬼のように思えた人はそうした気づきを与えてくれるために使わされた人だったと、考えられるようになりました。もちろんその人が私にしたことを容認するわけではありませんが、少なくとも私が人間としての気づきを与えられ、成長するために必要なことだったのだと理解いたしました。
 
闇があるから光が理解できるという小野先生の言葉はこういったこともさすのだと思います。
今回の内観で私自身どうしてもこだわっていた過去の出来事も整理することができました。
今回の内観で得た気づきを生かし、今後は光に帰る私としての新しい人生を歩んでいきたいと思います。本当にありがとうございました。
 
NO.5
あっという間の3日間でした。書くだけの作業とはいえ、凄く疲れた3日間です。私が今回参加した理由は長引く摂食障害と、苦手で避けていた親子関係にきちんと向き合いたかったのが参加の目的です。
 
私は父の事が物心ついたときから大嫌いでした。嫌いで嫌いで仕方なかったのです。
とはいっても初め用紙を沢山渡された時は、こんなにゴミなんて書けるものか?とくに感謝なんて1枚でも多いほどだ。と思っていました。
 
年々歳をとるのにあたり、いつしか、自分の怒りの感情にあきらめ、すべて封印してしまった事に今回内観を受けたことで気づきました。内観を受ける数日前にもめて、前日まで口をきかなかった私と父。私の中では父の顔を思い出すだけで拒否反応が出ていたほどでした。内観を受け怒りの感情(ゴミ)を沢山出し、出し切ると、最後には感謝の感情が嘘のようにどっとあふれ出てきました。
 
ありがとうと素直に言える気持ちが沢山沢山。そして父の愛情表現はとても下手で私には只単に分かりづらかっただけの事。
たまたま私の家では、大きな愛情が大きな厳しさに出てしまっただけ。形がかわっても、いつでも私の側にあったんだなという事に気付きました。
 
今まで友達の家が羨ましかった「家族の愛情」表現は違えど、どの家も変わらぬ愛情が私の家にもあったことが心からわかりました。
運が悪いと思っていた「厳しさ」。でもその環境は自分が乗り越えられる力を持っているからということだからかなと思いました。誰より厳格だった父は、あえて嫌な役になってくれていたのですね。
 
内観で、先生をはじめご家族の方、そして参加された全国の方。今回親子関係を見つめる一方で、皆さんに出会う事も凄く意味があったなと感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます。皆さんあっての、今の私です。
 
私の摂食障害は自分自身で凄く辛いものだと思っていました。自分の親が一番厳格!!ともひそかに思っていました。
でも世の中にはいろいろな悩み、辛さを人それぞれもっているものなのですよね。
一見、にこにこと明るく笑っている人々。でもそんな皆様にも辛かった思い出、満たされない気持、ゴミが沢山沢山あるんですね。
 
あのころは辛かったかもしれない。でもその辛さがあったからこそ、こうやって、先生とも皆さんとも知り合えた。辛さが一つの共通点となって、全国に散らばってた皆さんと点と点で結ばれた。それって凄い事ですよね。辛さがなければありえない事ですもの。
こう振り返ると辛いと思っていたもの、経験、すべて無駄ではなかったのですよね。今では辛さは幸せの第1歩と思えます(笑)
 
本当に先生に出会えたおかげで意識が変わり、内観から数日たった今では父との関係がスムーズに。そして私を生んでくれたこと。
今日まで育ててくれたこと。私の名前をつけてくれたこと。すべてに感謝と尊敬の思いがあります。
本当に先生はじめ奥様、お嬢様、そして参加された皆様ありがとう。ありがとう。ありがとうございました!!
 
NO.4
三日間、ご指導、又、治療までしていただき、ありがとうございました。
早々ですが、両親の事(自分の源)を、こんなに真剣に思ったことは、今までに一度もなく、常に思うことは自分のこと、自分の楽しみ(家族の)、又、得は考えても、徳は考えていませんでした。
 
こちらでお世話になった事は、今までの自分にとって一番遠い世界、視野の外の世界でした。今回、たまたまというか、こちらへ来られたのは、自分の体の健康を通じてですが。もう何年か早く、このような視野を持っていれば、今、もっと幸せであったと思います。ただ、決して遅くはないので、これからの人生に活かしてゆきます。今、トンネルの中ですが、トンネルの先には光が見え、トンネルの上方より何本もの光が射し込んでいる姿が想像できます。
 
今後、私の人生観が変わると思います。熱心に治療、ご指導頂き誠にありがとうございました。奥さん、お子さんにも宜しくお伝え下さいませ。ありがとうございました。全快致します。
 
NO.3
先生、そして一緒に参加して下さったみなさん、本当にありがとうございました。実は私は、実際あの場に座ってペンを手に持つまで、両親に関係するゴミなんてほとんどないと思っていました。ただ10年間持ち続けてきた摂食障害という病気を克服するきっかけになれば...という理由で参加を決めたので、3日間も書き出すコトなんてあるのかな~と、少し不安でした。
 
しかし!!いざ始めてみると、まぁ~出てくる出てくる!書きながら、怒りが込み上げてきて大興奮したり、悔しくて憎ったらしくて涙が止まらなくなったり、とにかく書く手が止まりませんでした。
 
そして3日間終えた今、私の中で全ての流れをせき止めていた巨大な岩は、砕かれ、取り除かれ、姿を消しました。私は結局、母への感謝の言葉は一つも書かずに終わりましたが、そんな事はどうでもよかったと思っています。
 
とにかく私は、自分の中で渦巻いていた怒りに気付けたこと、「私、ずっと怒りたかったんだ」と気付けたことに、ただただ満足しています。本当に爽快な気分です!そして今、私は光と繋がっていると実感できます。本当に参加できたことが嬉しくてたまりません!全てにありがとうです☆☆☆
 
追伸 です⇒
泣いたり笑ったり、色々あったけど、本当に夢のような3日間でした。小野先生ともみんなとも、何だか初めてあった気がしなくて、不思議なくらい緊張することなく思いっきりゴミ出し作業ができました!帰る時には、何だか故郷を離れるような心境で、ホロッときちゃいましたよ~。ぜひぜひ、また小野先生にお会いしたいです。
 
そしてみんなにも会いたいです! 交流会が実現するのを楽しみに待ってます ☆余談ですが、私、摂食障害とはおさらばできそうです。もう必要ないな~と実感できたんです。本当にありがとうございました! またお酒をご一緒してくださいね♪(内観2日目の夜、参加者の皆さんと親睦会を居酒屋でやりました)
 
内観4日後に、再び、お便り ⇒
思わずメールしてしまいました(^O^) 内観を終えて二日後、ちょっと不安を持ちつつ実家に行きました。(←母への感謝の気持ちをまだ感じられずにいたので) 初めはいつもの様に他合いのない話をしていたのですが、内観の事には一切触れていないにも関わらず、なぜか話題が家族や私の幼い頃のコトに...まぁ大した話はしなかったのですが、その帰り道、わけも分からず涙が溢れてきて。私の中の深~いところから「お母さん、ありがとう」が涙と共に流れ出てきたんです!
 
あの安心感、暖かさ、ジワ~っと全身に広がる「ありがとう」の感覚、私がずっと探し求めていたのはこれだった、と実感しました。そして母への感謝が流れ始めたと同時に、この世の全てに「ありがとう!」と叫びたくなったんです!
 
これ、大げさに言ってるんじゃないですよ、本当なんです!なんていうか..全てと繋がったって感じかなぁ。とにかく嬉しくてたまりません!そしてこの事は次にお会いした時に詳しくお話しさせてもらいますけど、摂食障害も完全に克服したことを、しっかりと実感しました。小野先生、ホンット~にありがとうございました!!
 
 
NO.2
父母から受けた自分にとってイヤな事も全て愛から来ているものと理解し、実感しました。父母にもらった私にとって嬉しいこと、イヤな事とが同じ線の上に一つに繋がりました。
 
どんなにみにくくて、はみ出てしまった自分の事も、強情でわがままな自分のことも、良きにつけ、悪きにつけ、全てを愛で包んできてくれた人が両親であり、大宇宙の愛であり、この愛に支えられて今日まで生かされてきたことに気づきました。
 
どんな時も愛されていたのですね。今まで出会ってきた人達、私を取り囲んできた全てのものが私に必要で、それがどのような形でも愛なんだなぁ、と思いました。これから先、まだまだ私は失敗や過ちや人に迷惑をかけ、誤解を受けることもあると思います。もちろん、私にできる愛の表現もしてゆきます。が、それもこれもどれもみんな天からの慈愛の中で進んでゆけることの安心感、安らぎを感じます。
 
子供を産んだ時、私が産んだ 私と主人によって産まれた子であると思っていました。でも、今日、気づきました。お父さんとお母さん、主人の両親、ご先祖様、そして、大宇宙の源よりその愛の力で、私をとおして産まさせて頂いたんだと知りました。光の子です。
 
こうして、字を書いていても、私1人の力ではない。何一つ、自分の力ではないと知りました。親の愛の大きさも知りました。私の目は、私を通してだけでなく、神をとおして見させていただいている 大切な宝です。
 
お父さん、お母さんと呼ぶことができた私は幸福です。大きな愛に包まれ、守られ、勇気づけられ、これから何があっても大丈夫、明るい方向を向いていられるという安心感を得ました。自分の中の光と握手してゆけばいいんだな もうまわりの評価を気にしなくてもいい 認められなくてもいい という開放感があります。
 
今、ここにいらっしゃる皆さんのおかげで一緒にいられたからこそ、たどり着き、これから出発できるなと思っています。この場所で一緒に学べた方たちにも感謝致します。折にふれて、この3日間を想い出すと思います。
 
涙が暖かくて、気持ち良く まさに心の洗浄という感じでした。3日間、心の中のものを出したから、大きな愛がよみがえってきた気がします。ずーと愛してきてもらったんだな と大きなふところにいだかれているようです。主人とともにここへ導かれ、このようなことを教えていただき、本当に心の底から感謝しています。ありがとうございます。
 
これからは母親として妻として、一人の女性としての役割に加え、天からいただいた個性を発揮しながら、世のため、人のためにお役に立たせていただきます。天の意志をあおいで働いてゆきます。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。
 
 
NO.1
この3日間大変、ありがとうございました。
内観を受ける前と今では私の心が別モノの様に、変わっているのに、驚いています。
憎んで憎んでいくら憎みたおしても足りない位だった父のコト・・・
小野先生に本当の父の真意を伝えて頂き、心の奥からご免なさいがあふれてきました。
 
そして、ずっと父の子供として生まれたコトが嫌で嫌で仕方なかったのに、「父の子で良かったヨ。ありとがとう。」って思える様になれました。今、この道に 今ここにいるのは、父と母のおがげだってわかります。
 
小野先生がおっしゃってたコト。悩みなく平凡に生きていれば ここにはいないハズ。でも、その悩みのおかげですごく尊いモノがわかりました。どんなに嫌っていても、親が私に向けてくれている愛はとてつもなく大きい・・・ 計り知れない愛なんだなあって・・・。そしてなんて自分勝手してたんだろうって。
 
母に対しての書き出し作業をして気づいたコトは、母に対する不満を書く一方で、感謝のところで私がそういう母にしているんだ。って、分かったことです。
 
 
「母のこういう所がイヤ。」の一方で「私がこうだから、そうするしかなったのかな、ごめんね」という具合に。それがわかった時、私って一体何様のつもりだっのだろうと、自分がイヤになりました。でも気づけて良かった。
 
そして、そんな私を包んでくれている母の愛にただただ感謝。ありがとうの気持ちで一杯です。本当に光の自分に近づける様、ゴミをためない様に、この3日間の体験を今後に活かしてゆきたいです。本当にありがとうございました。