内観体験談 NO.201〜232

 
NO.232
今年になって衝撃的な出来事がきっかけで、大きな重石があると思い出しました。それまで姉との記憶に蓋をしていたと感じて、過去を清算したいと思いました。
 
内観開始後、ネガティブな感情が次から次へととめどなく溢れてきました。1時間ごとに受ける面接の的確なアドバイスを頂き、軌道修正して元に戻ることができました。丹田へのパワーを入れて頂き喜びに満たされました。
 
そしてかなりの枚数にネガティブな思いを書きながら   フッと「姉が全て悪いんだ。悪かった。」という底の奥にあった気持ち…。と同時に姉は鏡として嫌な役を演じてくれていただけなんだと…気づきました。今までごめんね。姉に対して感謝の気持ちと涙がめどなく溢れてきました。
 
心の大きな重石がなくなりました。絡まった糸ではなく、自分で絡めていたのでした。帰りはスッキリ軽くなりました。姉との関係が良好になり、他のことでも感謝の気持ち感じることができるようになり、嬉しい変化が起こっています.

「自分以外の人、自分自身の心の鏡」 は実感として体感できました。気づきを与えて頂きありがとうございます。
 
 
NO.231
母親と父親に対する内観、ありがとうございました。
少し、内観を通しての感想を書かせていただきます。
 
私は、人間関係を築くのがとても苦手で、常に人の顔色をうかがっていたり、人に流されっぱなしだったりで、そんな自分がとても嫌いでした。
どうしてこんなに上手くいかないのかと、人のことがどうしても苦手で、ずっと情緒不安定の状態が続いていました。
 
人間関係で上手くいかないことの繰り返しに、もしかして原因は、
私と両親との関係にあるのではないかと思い、記述式内観の申し込みをしました。
 
正直、私は、母親、父親、どちらもとっても嫌いでした。
 
私は、小学校、中学校、高校、いい思い出は一つもないと思っていました。
自分のことと父親の ことでいっぱいの母親と、
人の話も聞いてくれず、なにかと暴言、暴力の父親。
そんな二人の仲に生まれた私は、生まれてこないほうがよかったんだと、内観を受ける前までは、ずっと思っていました。
 
たとえうまくいっても、なにか自分に自信が持てない。
そんな自分にずっと嫌気がさしていて、ずっとネガティブでした。
 
しかし、自分で自分がなんなのかわからなくなってしまったときに、内観を受けて、私は今までに感じたことのない、両親に対する温かさを感じるようになり、自分はそのままで何も取り繕う必要はないんだってことに気づきました。
 
涙が出るくらい温かい母親からの愛情と、何があっても大丈夫、心配ないよって、まるで遠く離れていても、守ってくれているような父親の強さを、素直に受け取れるようになったのです。
 
今までの私からしたら、本当に信じられないことで、それからの私は、精神的にも安定しています。
奇跡といっても、過言ではないくらいのことで、両親に対してこんな気持ちを持てるようになるなんて、嬉しくてたまりません。
 
特にこれといって、特別になにかいいことがあったりするわけではないのですが、私は今とても幸せです。
 
今までは、一人強気で、だれも寄せ付けたくない、一匹狼のようなところがありました。それに加えて、素直になることにものすごい抵抗があり、かわいくなることにもすごい拒否感がありました。
 
ですが、内観を通して、今は、私自身が素直になることで、周りが変わってきているような感じがして、生きていてとても楽しいです。友達にも落ち着いたねとか、話しやすくなったとか、可愛くなったねって言ってもらえることも増え、そういう友達や、職場の人に囲まれて、強がることなく、ありのままでいいんだなって思うようになりました。
 
素直に生きていていいことはないと思い、道にそれた時期がありますが、それでも、支えてくださる方、何も話さなくても、今の私を見て、温かい言葉をかけてくださる方に、自然と感謝することができるようになっていると感じています。
 
私にとって、この内観は、ものすごく大きな好転になりました。
私は、今とても幸せです。
ありがとうございます。
 
本当にありがとうございます。
本当に幸せで、このご縁に感謝しております。
 
NO.230
私の記述式内観との出会いは6年前(母を病で亡くした翌年)で、母の臨終に際して不思議な体験をしたのがきっかけでした。臨終に立ち会えなかったものの、ほぼ同時刻(真夜中)に夢の中で謎の光に包まれた途端、過去に経験したことない心の平安が訪れ、母の死に対する不安・悲しみ等が自然と消え、母が幸せに旅立ったことも確信する体験をしたのです。後日その光の正体を突き止めようとインターネットで調べていたところ、偶然癒しクリエーションのHPに辿り着きました。まず「気の学校」の記事を読んで、次に小野先生の遠隔気功を受けてみて、さらに記述式内観にも取り組むことにしました。
 
 まずは母の供養の意味も込めて、【母親編】からスタートしました。HPに「参加者全体の50%余の方は2日間で片親(父か母か)を終えています」と書かれていますが、私の場合はかなりの日数を要しました。生前母とは良好な関係を築けているように感じていたので、最初は不平不満の書き出し作業が中々進まなかったのですが、徐々に潜在意識の領域に沈んでいたゴミに気づかされることになりました。
 
・母が表現していた母性愛の一面(息子である私への過度の期待)や女性らしさ(専業主婦で父親に過剰に従順な古風なタイプだった)に重苦しさや嫌悪感を抱いていたこと
 
・母自身の病に対するアプローチが(私には)的外れに感じられて、歯がゆい思いをしていたこと
(私は直観的に「母が彼女の内面(思考や感情のクセ等)を見直すことが病を克服する鍵となる」と感じていたのに、母は病を自分の外側のせいにしていたので、失望や怒りを感じていたのです)
 
・母に対してこれらの感情を密かに抱いていたことや、母を救えなかったことに対する罪悪感
これらのゴミを掘り進んでいたら、不思議なことに、本当は「母の愛は私が母に対してどんな感情を抱こうが、無条件に私を優しく包みこんでくれるものであった」ことに気づく瞬間が訪れ、自然と母への感謝の涙が流れました。そして、担当の長根さんから私が母親編で「自分の内なる光に到達にした」ことを告げられました。
 
 次の【父親編】はさらに困難を極め、ゴール(内なる光)に到達するまで、月1ペースで2年近く通いました。母親編とは逆で、父に対しては自分自身の内側にハッキリと「心のゴミ」を自覚できていたので(幼い頃から「厳格な父vs萎縮・反抗する息子」の図式で険悪な仲でした)、順調に書き出しが進んで速やかに終了することを期待していたのですが、書いても書いてもゴミが尽きず、途方に暮れることも正直ありました。ただ、先に母親編で内観の効果を実感していたので、父親編も最後までやり遂げる決意は揺るぎませんでした。そして、長根さんからの的確かつ温かいごサポートのお蔭で、何とかゴールに辿りつくことができました。
 
 自分の内なる光に到達する直前、これまで凝り固まっていた背中に羽が生えたような軽やかな感覚に包まれました。続けて、それまで私が捉えていた父との関係性が、一瞬にしてフィルムの「陽画(ポジ)と陰画(ネガ)がぐるりと入れ替った」ように見えました。「子育ての不安を隠すために必死で威厳のある父を演じようとする父vs父を反面教師にすることで自由な人生を謳歌できている息子」と、これまでとは逆の図式に見えたのです。すると、思わず「何でこれまで父を自分の前に立塞がる強固な壁のように感じていたのだろう?」と笑い飛ばしたくなってしまいました。
 
 
 このように「母では涙、父では笑い」と一見正反対の反応が出たのですが、まだ健在の父に関しては、内観終了後の変化を顕著に感じました。私から父に何か働きかけた訳でもないのに、父の私に対する接し方が(勝手に?)変化したのです。HPの「記述式内観のやり方」頁に「中途半端な怨みより、強烈な、憎しみ、憤りや、不満や、怒りや、恐怖などを持っている人ほど、劇的に救われてしまうチャンスが大きい」と説明されている通りの展開でした。
 
 両親の後は【職場編】に取り組みました。癒しクリエーションと出会った直後に転職した職場だったのですが、当時はなぜか次から次へとトラブルに見舞われていました。ストレスに押し潰されてもおかしくない状況でしたが、両親編の効果を感じた後だったお蔭で「まるで宇宙から、もっとゴミを出すよう尻を叩かれているみたいだな」という視点も持つことができた分、救われました。
 
私自身はあまり職場の誰が嫌い・苦手とか自覚するようなこともなかったのですが、書き出し始めると意外に色々とゴミが出て来るもので「こんなゴミを溜め込んでいたのか?」と驚きました。さらに、例えば上司と同僚の間で現象化しているトラブルであっても、それを同じ職場で観ている私の内面に潜むゴミを書き出すことで、不思議とその上司と同僚の関係が好転し、結果として私のストレスも減った、といった体験にも驚かされました。
 
 
私の場合、前述のように両親編では光に到達するまでは中々ゴミが減っているという実感がなく、長時間座って書き出す作業を苦行のように感じた時期もありました。職場編では、内観にも慣れて感覚が鋭くなったのか、書き出し作業中に身体の中から重苦しいエネルギーのようなものが抜けていくのを感じるなど、ゴミが減っている実感が伴うことが時々あり、内観を楽しめるようになって来ました。
 
 
職場編のゴールは、自分の中で「この職場で自分を成長させる経験・学びを十分味わった」という達成感と感謝を味わうという形で訪れ、その直後に突然退職に向けて状況が動き始めました。具体的には、私の担当業務の引継ぎをお願いできそうな新スタッフがタイミングよく採用されたり、上司・同僚に納得してもらえそうな退職の口実をつくれる「事件」が起きたりしました。そこで、次の仕事の当てがあった訳でもないのに思い切って「流れ」に乗ってみたところ、スムーズかつ円満に退社できました。
 
ただ、その後すぐに次の就職が見つかる展開にはならなかったので、就職に向けて新たな流れが生じることも期待して【自分編】に取り組むことにしました。自分自身に向けられたネガティブな感情は、意識的に焦点を当てないと輪郭が掴み難いと同時に、人生のあらゆる部分についてまわるので、書き出しの「言葉選び」に苦労しました(的を絞り難かった)。
 
もっとも、就職が現実化するまで(1年強)の過程でも、自分の中の様々な側面において一つ一つ問題がクリアされた実感があったので、やり甲斐も感じました。例えば、自分に対して自分の欠点(と思われること)を書き出していたら、ふと長年自分に対して「お前はこんな欠点があるダメな奴だ、と叱責し続けて来た自分の中の存在」を客観的に自覚しました。すると、その存在に「ダメ出し君」という名前を付けてみたくなりました。
 
そのまま書き出しを再開しようとした途端、ダメ出し君に対して「常に俺を監視し続けてダメ出ししようと身構えているなんて、飽きもせずご苦労様だな」と苦笑いしてしまいました。その後は、普段の生活の中でダメ出し君の囁きが聞こえても、その内容にはあまり意識が向かず、「また出て来て何か言っているな」と少し突き放して捉えることができるようになり、次第にダメ出し君の出番も減って来ました。結果的に、「自己否定」や「自己嫌悪」が弱まることで、自然と「就職もなんとかなるだろう」と自信・余裕が生まれました。
 
また、退職直後には、「天職に就きたい」と漠然とした希望を抱いていたものの、具体的にはどのような仕事が自分の「天職」なのかイメージが湧きませんでしたが、内観が進むにつれて(それまでの自己イメージでは把握できていなかった)自分の個性・強みなどを新発見できたので、着実に就職に向けて前進しているように感じることができました。
 
さらに、「直接就職に繋がらないようなことでも、自分の興味を惹いたものは積極的に関わってみよう」という気持ちが自然に湧いて、面白そうなセミナーやワークショップに参加してみたりもしました。
 
このような感じで、必死に(一般的な意味での)就職活動をする訳でもなく、内観もたまに焦りや不安が強くなった時に受ける程度で過ごしていたのですが、ふとしたきっかけでピンと来る求人情報が目にとまったので応募してみたところ、驚くほど最小限の労力でトントン拍子に就職が決まりました。
 
 前述のセミナーやワークショップで学んだことや、そこで知り合った新たな人脈なども仕事で活用できそうなので、まさに「内観の効果として現実化した」就職であると感じています。
 さらに、自己編に関しては、これまで掘り進めて来た部分とは異なるところにゴミが残っている気がするので、今後も記述式内観を適宜活用して、内なる光をより自分の人生のより広範囲に渡る様々な局面で現象化できれば(その結果として世の中により貢献できれば)と思っています。
 
 最後に【番外編】として、内観を通じて様々な変化を体験した中で最も印象深い(一風変わった?)ものを紹介します。以前の私は「他人を嫌い・苦手と感じることが少ない」と自己評価していて、すぐに他人の悪口を言う人に対して反感を抱いていたし、内観で書き出すのも苦手でした。ところが、ある日の内観中に突然「悪口言うとスッキリできて楽しい」「(本当は相手のことをよく知らないのに)思い込みでここまで嫌うことができるのは、ある意味滑稽だ」との感覚が同時に湧いて、急に笑いがこみ上げて来たことがありました。
 
それ以来、内面のゴミは「それが生まれた瞬間は、身体からそのネガティブなエネルギーを解放するために有用」なのに、捨てるタイミングを逃して溜めこんでしまうと悪影響を及ぼすだけなのでは?と思うようになり、ゴミを忌み嫌うことはなくなりました。すると、自然にありのままの自分をより肯定的に捉えられるようになりました。
 
 
NO.229
私の人生は
・何をやってもつまらない
・常に何かに追われている感じ
・何をやっても空回り。努力しても報われない
・心に安心がなく自信がない
・人の目を気にしすぎる
・本当の自分とは何か未だに分からない
といった「人生つねに曇り空」のイメージでした。
 
それを克服したいがために長年、
・プラス思考
・自己暗示
・座禅
・お経
などいろいろやってみて、それなりに学ぶところはありましたが
目に見える効果はありませんでした。
 
そんな流れでこちらにたどり着き、
ダメもと覚悟で研修を受けてみました。
 
「感情を書き出す」
ただそれだけで心が掃除できるという、
単純明快な方法論でした。
 
しかしこれが簡単ではなかったのです。
・どうしても頭で考えてしまって、うまくいかなくなる
・なにも感情が浮かばなくて、焦ったり、諦めそうになる
 
結局、母親編だけで7回もかかりましたが、
どうにかゴールまでたどり着けました。
それは「先生のもとで指導を受ける」
という形だからこそ可能だったと思います。
 
焦って先を急ごうとしてもすぐに見抜かれ、
諦めてごまかそうと思ってもまた簡単に見抜かれ、
やさしく、ときには厳しくアドバイスをくださり、
そしてつねに励ましていただきました。
 
結果として私は、
・子供のころからむやみに忍耐、努力を強要されていた
・母の価値観に縛られていた(いわゆるマザコン)
・自分で勝手に「家族の幸せ」という重荷を背負っていた
 
以上のことは以前から自己分析をしてある程度は自覚はしていましたが、
内観法をやることで出るわ出るわ、
溜まりに溜まった怒り、不安、恐怖、悲しみ、ゆううつ、といった想いが、
いつまで続くのかと思うほど溢れてきました。
 
そしてそういうネガティブな想いがだんだん出なくなるとともに、
涙がこみ上げるような感覚が出てきました。
 
それは目新しいものではなく、
いつもそばにあるけれど忘れていたような感覚で、
「ああ、そうそう、こんな感じ」
といった、やさしい、いとおしい気持ちでした。
 
それはうまく表現できないのですが、
あえて言葉にすれば「感謝」「慈しみ」といった感覚です。
まさしくそれが「真我」というものだろうと思います。
 
おかげさまでうまくゴールにたどり着きました。
いきなり「人生の大転換」とまではいきませんが、
なにか目に見えない足枷がなくなり、心が軽くなった感じがします。
つまり「人生の大転換」に向かっての一歩を踏み出した、ということだと思います。
 
私なりにこの内観法でわかったこととして、
・努力の方向が間違っている
・間違った努力はすればするほど苦しくなる
・思考の使い方が間違っていることが苦しみの原因
・思考しないことの重要性。知性の限界
・なにごとも独学ではほぼ不可能。きちんとした先生の指導が必要
 
以上のようにいろいろ学ばせていただきました。
ここまで来るのに右往左往してきましたが、
それもまた勉強だったと思います。
 
しかしながらまだまだ道半ば、
これからもご指導をお願いしたいと思います。
本当にありがとうございました。
 
 
NO.228
この体験記は昨年の晩秋に記述式内観を受け、
半年後ぐらいに長根先生に充てたお手紙をベースに書きました。
 
私自身は当時は仕事はまあまあうまくいっていたのですが、
恋愛がどうにも苦手で。元彼と別れて以来、
相手の懐にぐっと入っていくのがとても苦手でした。
友人の指摘もあり、自分の心を見つめなおす方法のひとつとして、
記述式内観を選びました。
 
元彼と別れてからもそれはそれはつらくて苦しくて、心理セラピーや女性向けの
自己肯定感を上げるセミナーに参加したりしてはいて、潜在意識のことなどは
ある程度知識としてあったのですが。。。
セミナーを受けて数年経つと、すっかり知識のことなんて忘れてしまっていたし、
ドラマティックな変化も特に起こらないし、あったのはリストラやそれに伴う
2度の転職など私にとっては結構厳しい事件ばかり。
 
仕事のことがようやく落ち着いて、40歳になったことだし、そろそろ恋愛して、
素敵な結婚をしたいと思っていろいろ合コンをしたりやってみたのですが、
仲よくなりたい人には近づけず、よってくるのは私に経済的に頼りたいとか、
恋愛対象として見れない人ばかり。
当時好きな人もいて、その人を引き寄せたいなあと思って、
わらにもすがる思いで記述式内観を受けました。
両親と自分を内観しました。
振り返ると、自分自身より、両親の内観が大変でしたが、必要でした。
ネガティブな感情を両親に持っていて、それと向き合うことさえ、できなかった。
素直に認められなかった。
 
「両親にネガティブな感情を持たず、いい子でいなければならない」という強烈な
理性で自分をコントロールしていたんだなあと内観を終えて気づきました。
つらくても、時間がかかっても、両親の内観が本当にお勧めです。
みたくないものも見てしまうかもしれませんが、そこは内観スタッフの方が
助けてくださいます。
 
内観中は、私は彼との関係が変わるというより、身近な会社の人との人間関係が
変化していくのを感じました。
一度仕事でぶつかって、苦手意識を持った方に話しかけられるようになったり。
内観を終えたあと、私自身はすっかりスキーに夢中になっており、良くも悪くも
心のお掃除のことは忘れていたのですが。
今日、内観後も苦手だなあと思っていた会社の女性が会社を去ることになり、
驚きました。
 
「自分にとって本当に必要な人が周りに増えて、苦手だなあと思う人とのご縁が
薄くなって、場合によっては何もしなくてもご縁が自然消滅するのよー。」
とおっしゃっていた言葉の通りになり、本当に驚きました。
 
私の勤め先は外資系なので、部署移動で去ることはないのです。
だから自然消滅を望むなら、自分がやめるか、私の苦手な人が自発的に
やめるしかないのです。
かないっこないから、うまくやっていく努力をしようとしていた矢先のことでした。
 
仕事が彼女のキャパを越えていたのか、いつもイライラしていて周囲に
当り散らしていた人でした。
私もよく感情的に接されて、嫌だなあと思っていたのですが・・・。
彼女が自発的に辞表を出すとは思いませんでした。
 
また、私を取り巻く人間関係図もだいぶ変わりました。
気になる男性との関係はだいぶよくなりました。うまく距離がとれるようになりました。
内観中は彼にコンタクトをとることはせず、電話したりメールしたりということは一切
していませんでした。
 
彼とは、ラブラブ!という感じではなく、しっかりした信頼関係になってきました。
恋愛というよりは、長く付き合える信頼できる友人になってきた気がします。
ただ、何でも話せるし相談できるので、今の関係は気に入っています。
 
気に入っていた男性は、12月ぐらいは彼の言うことをただハイハイと
うなずいて聞いていました。
彼が素直でおとなしく、かわいい女性らしい女性がタイプだと
思い込んでいたのもありました。
2人とも同じ趣味を楽しんでいて。当時は私が初心者だったのもあるのですが・・・。
私も上達してきて、自分の意見も持つようになって、一人で判断できるようになって。
それで仲良くなったのですが、でも、彼的には、自立した私が面白いみたいです。
 
ゆっくりとですが、内観を受けた頃望んでいた、私が大切だと感じる人が、
私の周りを取り囲む。
そんな人間関係が手に入ってきたような、そんな気がします。
 


体験談のお礼をお出ししたら、以下のようなメールをいただきました。


 
どんな人でも幸せになれると、記述式内観を通じて確信しました。
ただ内観はちょっとつらいですよね。私でも大変だなーと思うときありましたから。
心の傷を私よりずっと深く負っていたら特につらかろうと思うので。
応援歌になるといいなあと思って書きました。
 
 
NO.227
先日はありがとうございました
旦那との関係に進展があったので、報告させていただきます
 
旦那とはまたやり直す事になりました
旦那の心も穏やかになった気がします
私も不思議な事に、旦那に対してイライラや怒りなどが
一切わかず、穏やかな気持ちです。
以前ならイライラするような事も、何とも思わないな~と感じます
家族3人でなにげなく過ごす時間がとても幸せに感じます。
もしも内観を受けなければ、100%離婚していたと思います
 
人生が180度かわったようで、いろんな事に気づく事ができて
ほんとうに感謝の気持ちでいっぱいです
ありがとうございました
内観に出会うまでは、旦那が全部悪くて自分は被害者だと思っていました
 
実際は違ったんですね
身の回りに起きる事は鏡。
教えてくれていたんですね
 
自分のゴミを出して浄化され、
生きる道までもが光に照らされた感じです
もし内観を受けなければ、離婚していたし、
家族でなにげなく過ごす幸せを感じる事はできなかったと思います
内観に出会えて、長根さんに導いて頂きこんなにも自分が変われた事。
ほんとうに感謝でいっぱいです
 
NO.226
こんにちは~ 先日は内観で、大変お世話になりました。
今からでも、父と母を好きになれて良かったです。ありがとうございます。感謝しています。
お化け屋敷に入るような覚悟で臨んだ内観でしたが、実際は、自分が主人公の涙の出るミステリー小説を読んでいるようでした。
両親の内観を受けさせていただいた後は、夫との間にあった見えないバリアがなくなった感じです。話も通じるようになりました。ミラクルです!
 
内観のおかげで、今まで気づかないフリしていた気持ちや、全く気づいていなかった気持ちを「やっぱり、そうだったのか~」 「本当は、そう思っていたんだ~」ということがわかって、おもしろかったです。
 
両親を許していない自覚はなかったけど、私の心は納得していなかったようです。
「心から」「心より」という言葉には深~い意味があったのですね。
 
自分を許せないことで、自ら苦しみをつくっていたんだ。『ゴミ』は『ギフト』だったのかもしれないなと、
思えるようになりました。これからは、もっと自分を受け入れて、もっと自由になりたいです。よろしくお願いいたします。
 
 
NO.225
ようやく 私の中で母親に対しての大きなわだかまりが、
すっきりと、消え去りました。
 
絶対に一生私は、母親を憎み続ける生き方しかできない
ものかと、心の底から悩み続けてきました。長い年月…。
 
記憶さえ消せれば、済むものならば、記憶喪失にでもな
れれば、どんなにか、楽になれるものかと、真剣に思っ
た時期もあったほど。
 
3回目の内観で、ようやく母親に対しての憎しみのかけ
らも無くなって、ただただ、母に対しての、暖かな存在
しか、頭の中に、浮かんでこない状況に至った時には、
心から、嬉しかったです。
 
この内観に出会えて、本当に良かったです。
 
3回の内観も、それぞれが、日数の間隔があいていたの
で、はっきりとした、効果も出にくい状態かとは、思っ
たのですが、私の場合は、間隔があいただけ、ゆっくり
とした浄化作用が時間をかけて、心の奥深くにあった、
心のゴミを出しやすくしてくれた、そんな気がしました。
 
私の、性格的に のんびりとした、コースで、母親に対
しての、内観が出来たこと、宮尾さんの指導の元でここ
まで、導いてくださったことに感謝いたします。
 
次回の内観では、父親に対して内観させていただきます。
父親に対しての、憎しみとかの感情は、あまり感じ
ないのですが…。内観してみないと、わからないですね。  
 
また、次回の内観でも お世話になります。
よろしくお願いいたします。
 
 
NO.224
小野若子さん、こんにちは。
寒くなってきましたが、皆様、いかがお過ごしですか?
 
先日の内観では、大変お世話になりました。
4日間、泣いたり、怒ったり・・・こんなに自分の感情に向き合ったことはなかった ような気がします。
 
初めは3日間の予定だったのに、1日増やしていただいたおかげで、4日目にして、ピ ンクの紙を使うことができました♪
とても嬉しいです♪
これも、色々とサポートしてくださったおかげです。
本当にありがとうございました。
 
内観前は、いつも漠然とした不安感を感じでいました。
でも今はそのような感じが消え、すっきりとした、穏やかな気持ちで過ごしています。
気分はとても軽くなったのですが、体がだるくて、眠くて眠くて・・・(笑)
今のところ、寝てばかりいます。
 
帰宅後、母と会ったとき、ほんの5分程度ではありましたが、普通に話すことができ ました。
“今まで何故、母が怖かったんだろう?”とちょっと不思議に思ったりして・・・ (笑)
母に対するわだかまりが、とても少なくなったのを感じました。
 
母を思い浮かべての「ありがとうございます」も随分楽に言えるようになってきま した。
本当に、色々とお世話になり、ありがとうございました。
これから、ますます寒さが厳しい季節に向かいますが、皆様どうぞお健やかにお過 ごしください。
 
NO.223
内観ではお世話になりました。
今回の2日間は、母に対する内観を始め、そしてこの2日間で母の内観を終えることができました。
 
1日目の午後、普段と変わらない食事なのに、ゲップがたくさん出てきて、
苦しくて、苦しくて、書き出す作業はできませんでした。あんまり苦しいので家に帰って休みたいとも思いましたが、これもきっと浄化作用だと思って、終了時間まではがんばろうと思って、苦しさを感じ続けていたら、その日最後の面接の前におさまりました。
 
2日目の朝は、家で鼻血がでて、完全に止まったのですが、内観中にもまた鼻血が出てきました。今回は、書く作業に加えて、むしろそれよりも肉体レベルでのゴミ出しが、苦しかったです。書き出す作業では、マイナスの感情の後、申し訳ないと思う気持ちや、母の健康を願った内容などになり、父と母の仲が良くなったことがとても嬉しくて、子供のころの1番の願いであったことなども思い出しました。
 
そして、残り、30分くらいに母から見た私、という観点で書くように教えていただき、母は、私が父からひどく怒られているときや、病気のとき、母にたいして怒りをぶつけているときでも、どんなときも、私を愛してくれていたことが感じられました。ただ、いる(存在する)だけでいいんだと。
 
私も、母のことを想うのよりも、ずっとずっと、大きい愛なんだと思いました。すごい涙が出てきて、体全体がぱぁーと熱くなっていきました。心地よい疲労感と、いつもより、心が落ち着いている感じがしました。
 
初めて内観を体験したときは、内観は自分と向き合うもので、悩み相談室ではないのだから、具体的な内容は面接で話さないほうがいいと思って、ほとんど何も話せませんでした。なので、面接官の方には、アドバイス等がしずらかったのではないかと思います。もし、私と同じような人がいたら、遠慮?しないで、話したい事は話した方が、内観の流れがよくなると思います。
 
父の内観では、ゴミが多すぎて、終わりがわからなくて私に内観を終えられるのか疑問に思って、内観をしばらくやりたくない時期もありましたが、みなさんや小野先生のおかげで、父の内観を終えることができました。ありがとうございます。
 
父の内観と、母の内観は、まったく違ったものでした。両親の内観を終え、私には、この父と母でなければならなかったのだと思います。表面でなく、底の方から感謝や、うれしさが感じられます。
 
内観の場を作っていただいた小野先生、宮尾さん、的確なアドバイスをしてくださった米谷さん、今まで、面接、サポートしてくれたみなさん、ありがとうございました。
 
~ちょっと思ったこと。よく、内観のあとはスタッフの方に、顔がすっきりしたねと言われますが、一緒の部屋で内観を受けた方の顔も、終わったあとはすっきり、なんだか別人のように見えました!
 
 
NO.222
内観、ありがとうございました。
ひとつ、クリアできたことがあって、 とても嬉しいです。
 
母のことですが、内観が終了する20分前に
最後の面接をしていただいてから、
あのあと、書いていたのですが、
母が私のことを、しょっちゅうたたいていましたが、
それよりも、母が私に対して興味がなく、
私に関心がないことの方が怖かった、と書いていました。
それだったら、たたかれている方がまだましだ、
興味がない、関心がないことの方が怖い、って。
 
これを書いているとき、私の頭とか、感情が
そう書いているのではなくて、勝手に手が動いて、
どんどん書いていました。
自分の中で、そんな気持ちは全くなくて、
なんでこんなことを書いているのか分からなくて、
とまどってしまいました。
 
内観後、帰りの電車でも、なんだか不思議な感じがして、
あれこれ考えてみたんですが、以前の内観で、
生まれる前に、男の子を産むように言われていたし、
生まれてからも、おむつを取り替えるときに、
つねられていた、っていうのが出てきたので、
自分に覚えがなくても、出てきたのだから、
これも、そうなのかもしれない、って思ったりしています。
 
ただ、あまりにも突然出てきて、正直、本当に
そうなのかな、って、思ったりしています。
 
母は、男の子が欲しくて、仕方なかったのは、
私は気づいていますし、なかなか子宝に恵まれなくて、
やっと出来た子だから、嬉しかったはず、って、
私はそう信じたかったのですが、もう子供は出来ないだろう、
って諦めていたっていうのを聞いたことがあります。
それなのに、妊娠して男の子(弟)が生まれたから、
鼻が高かったと言っていました。
 
この子しか産めないだろうと思っていた子が、
期待通りの男の子でなかったことで、
どうでもよくなっていた、っていうのも理解できるし、
愛情の反対は憎しみではなく、無関心だって聞いたことがあります。
だから、それがすごく私は怖かったし、
肌で感じていたんでしょうね。
 
私はずっと、母が、流産してから子宝に恵まれず、
色々な治療をして、子供を、と願っていたので、
子供が好きなんだと思っていました。
そんなに欲しくて仕方なかった子供なのに、
それに私は母が36才で生まれていますが、
当時では高齢も高齢で、今とは状況が全然違います。
 
そんな中で、産んだ子だから、何故、たたいたり、
虐待するようなことをしたのか、分からなかったんです。
けれども、母は、本当はそんなに子供が好きじゃなかったし、
本当は子供が欲しくなかった、んじゃないかと感じます。
なんだか、そのことを書き出しているうちに、
そういう感情が出てきて、そんなことを母と話したことは
ないけれど、おそらく、そうなんじゃないかと思います。
 
せっかくこんな感じで、出てきているので、
内観、続けて受けていきたいと思っています。
子供の予定が分かり次第、受けられるところで
受けていきたいと思っています。
 
 
NO.221
今年から 父の内観を始めて9日目にして
おかげさまで ようやく大団円を むかえることが出来ました。
 
今回の父の内観は 内観を行っている最中よりも、
家に帰ってから、自分の中から 父への想いが いろいろと湧いてきて
1人でしみじみとすることが 多かったのです
と言っても、けっして私1人で 内観をやり遂げたわけではありません。
もちろん今回も 面接官の方々の 巧みなリードがあってのゴールでした。
 
特に最終日は「本当に内観が終わったのか??」の確認作業となり、
私自身にも 意外な展開・結末となってしまいました。
今日はトコトン父を観つめようと、意気込んで来たのに、
なぜか 書くことが出来ませんでした。全く書く気が しなかったのです
かと言って 桃色の用紙に感謝の言葉が 出るわけでもなく。
私自身が「?」状態でした。
 
しかし、なんとなく「父の内観」は終わっている気が致しました。
私が一番許せなかった父の言葉、たまたま 聞いてしまった母に対する
「誰が食わしてやってると思ってるんだ」と言う一場面
これに対して、心がゆざぶられない と感じたからです。
本当にこの岩(ゴミ)が 砕けたのだろうか?
私にも面接官にも はっきりと確認する術が 有りませんでした。
「では、出来そうならば、今度はお父さんの立場で 自分のことを
どう思っているか。お父さんの気持ちを書いてみて下さい」と面接官
 
私は、生まれてからのことを ザックリと、あっさり箇条書きで書いていました
でも「父は普段言葉にはしなくとも、今の私(結婚もしないで1人暮らし、
不安定な業界での仕事)をとても心配している」事が痛い程良くわかったのです
しかも、父が私のことを 心配していることを、私が 疎ましいと感じないで、
「申し訳ない・・」と、心配している父を
心から ありがたく感じたことに、自分でも 驚いていました。
 
この 相手の立場で書く作業は、実は、ゴミを別の角度から 観てみることで、
再度 どんな感じかを 観る作業なのだそうです。
別の視点で 観てみて、自分で もう平気と思った「相手の許せない言動」に
もう本当に ひっかからないかどうか?の 確認作業だったのです。
(この方法は、是非、面接官の方に ご相談の上、
ご自身の状態を 確認して頂いてからの方が 宜しいかと思います)
 
私は この作業で、「父の私への密かな心配」「それを疎まない私」
に気が付くという 思いがけない光を 頂戴致しました。
 
それでも、今の 父の内観が終わった事に対する感覚、
すっきりとか 穏やかさとかを 私は きちんと説明する事が 出来ませんでした
 
父の内観は 終わった気がする・・なんて妄想のような
いいかげんなことしか言えませんでした。
私には妙に「終わった」確信みたいなものが なぜかあったのです。
 
内観者の私がこの様な感じですから、面接官の方は 困窮極まったと思います
私の 本来の目的であった「自分の内観」を 早く始めたいがゆえではないか?
と慎重になられることは 面接官として当然です
あるいは、私が もういくらやっても終わらない父の内観を あきらめて
むりやり終わらせようとしている可能性が あったにもかかわらず
自分の内観へのスタートを お許し下さって 本当にありがとうございました。
内観の終了を きちんと説明・お伝え出来なくて、申し訳ありませんでした。
あらためて、今、父の内観を 振り返り、言葉として 整理をしてみました。
 
その前に 1つ是非とも、面接官の方に お伝えしたい事があります。
 
「何1つ 無駄なやりとりは 一切なかった」と 言う事です。
 
自分の内観の 最初の面接にて、面接官のアドバイスを 勘違いして受けた私が
あまりにも 壮大なスパンで話を 切り出してしまったために
のっけから いきなり、逸れた私の軌道修正 というお手間を
お掛けしてしまい 申し訳ありませんでした。  でもそれによって、
実は「父の内観の終了」を裏付ける 決定的な確信を頂戴できたのでした。
詳しい話は 長くなりますので 省略致しますが、
この場を お借りして お伝えとお礼を 申し上げさせて頂きます
 
私は 最初の就職は わりと大きい会社の子会社におりましたが、
業績不良で たたむことになりました。
社員は 母体会社へ移行することとなったのですが、
私は もう違和感を 感じておりましたので
自主的に辞め、転職をした先が 図らずも 父と同じ世界の業種でした。
 
全くの異業種へ 転職出来たこと自体が 運命のようなものでしたが、
その事務所も閉鎖を余儀なくされ、2度目の転職はいっそうのこと違う
職種にしたかったのですが、どうしたも同じ職種の会社にしか受かり
ませんでした。   この仕事に 係わってからは、
頭では 父の今までの苦労も理解できていたつもりでした。
しかし、この常識的な 顕在意識での理解が 私の父への本当の感情を
出すことを 阻む要因でもあったのです。
 
今では、この業界でやっていく事の辛辣さを 身を持って感じる事が
出来たことは 何よりも 貴重な体験であり、父の苦難と 重ね想うことが
出来た事を 感謝しております
 
事務所を 黙って1人で切り盛りして 家族を支えてきた父の偉大な愛・・
寡黙で我慢強い父が「誰が食わしてやってると思ってるんだ」と、
どんな想いでこの言葉を 口にしたかを・・
「お父さん、ありがとう!私達家族のために 
とても苦労したんだよね。働きづめだったんだよね。」
 
このことを 父に伝えることが今なら 出来そうな気もいたします・・・
 
父の子供で よかった。
心から 私の父を誇りに想います。
 
雪溶けが ゆっくり、じんわりと やってきたような 穏やかな、
まさに 私の父のような内観でした
 

 
NO.220
2日間ありがとうございました。
とても苦しい2日間、最近、内観が生きる
意欲との戦いになっています。
皆さんのお役に・・なんてとてもいえませんが、
自分と向き合うべく感想文を書いています。
 
面接時に「核心に迫ると逃げてる」といわれ、
心に揺さぶりがかりました。「ニ・ゲ・テ・ル?」
まるで外国の言葉でも聴いてるよう。
 
目の前のガラス扉越しに広がるグランドをぼんやり
見つめていると、「出たらいいのくらいわかってる、
でもからだが動かないんだ」と内側から声がします。
 
内観部屋に戻ってもう一休みしよう・・と机に伏せたとたん、
涙と言葉があふれてきました。
「何で私を生んだの?」私の中から問いが出ます。
そして「あやつるな」母に対して出始めたゴミになんとも
痛い気づきをもらいました。
 
私の人間関係や行動もどこか母をなぞっていたのです。
こうでなければ、こうしなければと、がんじがらめの頭でっかち・・。
私自身「あやつる」なんていう意識はなく、母のようにはなるまいと、
でもいつもぎこちなさを感じながらも生きてきた結果故に
恐ろしさすら感じました。
 
いったいこの先、私の内観では何が待っているのでしょうか・・?
核心を目指して、一歩一歩。次回の内観もよろしく
お願いいたします。
 
NO.218
一昨日、昨日とお世話になりました、○○でございます。
お陰様で帰り道から何だか嬉しくて仕方ありませんでした。
時間が経つ程に、心が軽やかになっていくようです。
 
昨夜、寝入りばなに習慣になっている深呼吸をしていましたら、
突然父母が意識の中に現れました。ニコニコ笑っています。
続いて、父に背負われていた姿や母に抱かれていた姿が浮かびました。
といっても、夢を見ている感じとも違っていて、
映像で見えながら実感もあるのです。たとえて言えば、読書していて
優れた描写に出会うと、描かれている情景や登場人物の心理が心に
ありありと実感できることがありますが、あれに似ているかもしれません。
 
いずれにしても、父母がこんなに身近に感じられたのは、
本当に幼年期以来のことでした。
私は大人の自分に戻って、逆に二人を抱きしめました。
温もりが伝わって来ます。
両親ともとても嬉しそうでした。
私もひどく嬉しくなって起き上がり、あんまり意味はありませんが、
家の中をそわそわ歩き回ってしまいました。
 
どうやら父の脚も良くなったようですし、母も出無精を克服して、
ガイドの方々と光の国へ旅立てるようです。
その国は遙か彼方でありながら、すぐ傍らでもある不思議な
場所にあることも―理屈は分かりませんが
こうして父母を再び身近に感じることが出来た今、
私は確かに知っていると断言できます。
 
私の場合、父母を巡って貴HPで紹介されているような強烈にネガティヴで
深刻な体験をしたわけでもなく、お恥ずかしいようなごく僅かな
蟠りに過ぎなかったので、内観を受けてもきっと劇的な効果はないだろう、
そもそもが内観を受ける程の悩みでもないのではないか、
時間が解決してくれるのではないかと思っていましたが、
私には十分過ぎるほど劇的でした。
 
本当に不思議なのですが、内観中、父母について記述しながら
出てくる感情的な言葉には、私の感情そのものだと思って
これでもかとばかりに、ある意味魂を籠めて書いていたのに、
家に帰ってその同じ言葉をあらためて父母に当てはめてみても、
それらのすべての言葉から、籠めていたはずの魂も感情も跡形もなく
消え失せてしまっていました。
 
言葉だけが空回りしていて、ちょうど蝉の抜け殻がころがっているのを
見ているような気分になりました。
あまりの落差に驚いています。最後の面接時には、何となく心が軽くなったかな、
程度でしたが、やはり内観の場で心の中のゴミが綺麗に消滅していたのですね。
本当に有り難うございます。
 
いま精神世界的なことが流行しているそうで、識者の中には人生に対して単に
受け身でいることの口実になっているのではないかと危ぶむ向きもあるようです
(何日か前の日経に記事がありました)。
 
私も内観の後半、ここから先は自分ではどうしようもない、
この蟠りの核が消えるのか否か、後は天にお任せするしかないと
思うところがありましたが、それは何だか「単に受け身でいる」
こととも違うような気がしています。確かなことはHPにも説かれている通り、
 
心のゴミ出しができると人生に対して極めて能動的になれるということです。
あらためて、本当に素晴らしい体験をさせて頂きまして、有り難うございます。
心から感謝申し上げます。
なお、今後は機会を見つけて弥勒気功のセミナーを受けさせて頂きたいと
思っておりますので、よろしくお願い申し上げます。
 
NO.218
一昨日、昨日とお世話になりました、○○でございます。
お陰様で帰り道から何だか嬉しくて仕方ありませんでした。
時間が経つ程に、心が軽やかになっていくようです。
 
昨夜、寝入りばなに習慣になっている深呼吸をしていましたら、
突然父母が意識の中に現れました。ニコニコ笑っています。
続いて、父に背負われていた姿や母に抱かれていた姿が浮かびました。
といっても、夢を見ている感じとも違っていて、
映像で見えながら実感もあるのです。たとえて言えば、読書していて
優れた描写に出会うと、描かれている情景や登場人物の心理が心に
ありありと実感できることがありますが、あれに似ているかもしれません。
 
いずれにしても、父母がこんなに身近に感じられたのは、
本当に幼年期以来のことでした。
私は大人の自分に戻って、逆に二人を抱きしめました。
温もりが伝わって来ます。
両親ともとても嬉しそうでした。
私もひどく嬉しくなって起き上がり、あんまり意味はありませんが、
家の中をそわそわ歩き回ってしまいました。
 
どうやら父の脚も良くなったようですし、母も出無精を克服して、
ガイドの方々と光の国へ旅立てるようです。
その国は遙か彼方でありながら、すぐ傍らでもある不思議な
場所にあることも―理屈は分かりませんが
こうして父母を再び身近に感じることが出来た今、
私は確かに知っていると断言できます。
 
私の場合、父母を巡って貴HPで紹介されているような強烈にネガティヴで
深刻な体験をしたわけでもなく、お恥ずかしいようなごく僅かな
蟠りに過ぎなかったので、内観を受けてもきっと劇的な効果はないだろう、
そもそもが内観を受ける程の悩みでもないのではないか、時間が解決してくれるのでは
ないかと思っていましたが、私には十分過ぎるほど劇的でした。
 
本当に不思議なのですが、内観中、父母について記述しながら
出てくる感情的な言葉には、私の感情そのものだと思って
これでもかとばかりに、ある意味魂を籠めて書いていたのに、
家に帰ってその同じ言葉をあらためて父母に当てはめてみても、
それらのすべての言葉から、籠めていたはずの魂も感情も跡形もなく
消え失せてしまっていました。
 
言葉だけが空回りしていて、ちょうど蝉の抜け殻がころがっているのを
見ているような気分になりました。
あまりの落差に驚いています。最後の面接時には、何となく心が軽くなったかな、
程度でしたが、やはり内観の場で心の中のゴミがすっかり綺麗に消滅していたのですね。
本当に有り難うございます。
 
いま精神世界的なことが流行しているそうで、識者の中には人生に対して単に
受け身でいることの口実になっているのではないかと危ぶむ向きもあるようです
(何日か前の日経に記事がありました)。
 
私も内観の後半、ここから先は自分ではどうしようもない、
この蟠りの核が消えるのか否か、後は天にお任せするしかないと
思うところがありましたが、それは何だか「単に受け身でいる」
こととも違うような気がしています。確かなことは、貴HPにも説かれている通り、
 
心のゴミ出しができると人生に対して極めて能動的になれるということです。
 
あらためて、本当に素晴らしい体験をさせて頂きまして、有り難うございます。
心から感謝申し上げます。
なお、今後は機会を見つけて弥勒気功のセミナーを受けさせて頂きたいと
思っておりますので、よろしくお願い申し上げます。
 
 
NO.217
内観をしていくたびに、自分のいつもは見ないようにしていた部分に
出会い、今回もまた、私は随分、人のせいにして生きてるなあなんて、
あらためて確認させられたような、感じです。
 
回を重ねるごとに、まだあるまだあると、ゴミの多さにうんざりしたり、
多いだろうとは思ってたけど、なんて思ったり・・・。
少しずつ正体が暴かれていく自分が(笑)はずかしくて、はずかしくて・・・
 
バレないように肩に力を入れていたのに、その力がだんだん抜けてきている
ような気がします。
 
毎回毎回、内観に来ることで、いろいろなことに気付かされます。
内観に出会う前と今とでは、心も体も本当に軽くなってきていて、ぜんぜん違う!
 
ほんとうにほんとうに内観には感謝です。
そして、ものすごーいゴミの量の私を、いつもあたたかく見守って、
背中を押してくれる宮尾さん、いつもありがとうございます。
 
ほんとうにまだまだ甘いですね。ゴミがまだまだありそうです。(笑)
また来月お世話になります。どうぞよろしくお願いします。
 
NO.216
宮尾さん、こんばんは。札幌の○○です。
先日は、北海道での内観をありがとうございました。
私は内観の後から目に入るものが食べたくて食べたくて・・・
(時にはどんぶり一杯のご飯を食べてしまった日もあるんですよ)。
満腹でもすぐに次のものが食べたくなるのですから恐ろしいですよね。
両親の体調には何の変化も見られなかったのですが、
私が過食状態になってしまいました。
 
でも、ぴたっと過食が止まったんですよ。拒食が始まったわけではなく、
普通の食事の量に戻りました。異常な過食状態だった5日間が嘘のようです。
内観の浄化作用で体がビックリしてしまったのでしょうかね・・・。
ありがとうございました。
 
NO.215
感想文を書けたら・・と思いつつ
やはり、主人の事が気になって
書けずにいました。
でも、お蔭様で弟に関しては客観的に
見れるようになったかな~と思います。
主人のことも、気を付けてあげなさい、
ということなのかな~と思い、
今までの、なんちゃって主婦状態を反省し
料理なども真面目に作るようになりました。。
 
本当にこの間の内観は手首が痛くなるまで書き続け
持ってきたティッシュも全てなくなるほど
よく泣きました。。
つい最近まで、手首の痛みが消えなかったです;;
でも、痛むたびに「頑張ったよね。。」と思い返していました。
ここまでの原動力を下さるあの場のエネルギーと
面接のときに的確な言葉をいただいたことに
深く感謝しています。
 
忙しい日々をお過ごしだと思いますが
たくさんの方の為に益々ご活躍されることを
願っております。
 
NO.214
栃木県の○○です。
5月から毎月2日間、内観に通い、12月10日ついに両親への感謝の気持ちに至ることができました。
 
父は感情のコントロールが出来ず、家族に暴力を振るい物をぶち壊し、職場の人間関係もぶち壊して仕事を転々としてきました。
 
子煩悩なのに瞬間湯沸しのように突然怒り出す父は、子供時代の私にとって訳のわからない人間であり、何でこんな人 が自分の父親なのだろうと思い大嫌いだったのです。
 
母は忍耐強い人で、 物心ついてから養女に出されたためか、自分の感情を押し殺すようなところがありました。 しかし私が高校生になった頃には、さびしい気持ちで遠慮しながら育ったこと、父 の仕打ちでつらかったこと等を話してくれました。
 
私が生まれたときはやっと本当の血のつながった親子関係ができたと思い、すごく嬉しかったそうです。平 成 4年、長年のストレスで母はスキルス胃癌を患い、あっという間に亡くなってしまいました。
 
その後私の心の中は大変な状態でした。父が長い年月をかけてじわじわと母を殺したようなものだと父を恨み続けました。
 
一方で私自身も母に罪悪感を持ち 続けていたのです。母の経済的な苦しみを知っていながら見て見ぬふりをしてきた こと、不用意な言葉を投げつけて母の心を傷つけてしまった時のこと、病気の兆候 に気づけなかったこと・・・。
 
「助けてあげられなくて、孝行できなくてごめん ね。」と悔やまれてなりませんでした。きっと一生父を嫌いなままで終わり、母を思い出す度ズズーンとくる重苦しい思いを一生抱えていかなければならないのだと 思っていました。
 
5月から8月まで父の内観に取り組みました。「ぶっ殺してやる」 「お前が死ねばよかったんだ」という思いがこれでもかというほど毎回あふれ出てきて、この思いが無くなる時が来るのだろうかというほどでした。
 
8月の内観最終日、ようやくネガティブな感情が出なくなったのに、ありがとうの思いも出てきません。
 
若子さんが「お母さんにごめんねという思いを持ったままでは、お父さんと 仲直りすることが難しいのだと思います。お母さんの内観を始めてみましょう。」 と言って下さいました。
 
9月、母の内観直後におどろいたのは、どんな時も心の底に 存在して暗いほうへと引きずり戻すような重苦しい感情がすごく軽くなっていたのです。
 
10月の内観後、またおどろいたことに父への悪感情が無くなっていて、父と会うのが楽しみなのです。11月、母への自責の念や亡くなってしまった悲しみなど をすっかり吐き出しました。
 
そして若子さんが、母がこの世で会えなかった初孫と ぽかぽかの陽だまりの中で楽しく幸せに過ごしているイメージを、母の潜在意識へ送ってくれました。
 
12月、これまでの内観を振り返り、父母への思いをすべてたどりました。もうゴミらしいものが出てこなくなり、若子さんに「お母さんに今の自分はこうだよと手紙を書いてみてください。」と言われました。
 
「これから頑張っ て生きていくよ。お母ちゃん、ありがとう。あなた以上の母親はいない。私は本当に大切にされ ていたんだね。」と書きながら、大泣きしていました。
 
死にたいような思いで始まった内観です。今では父と会うと楽しくて、父の健康を本気で心配し ている自分に気がつきます。前は「死んじまえ」なんて思っていたのに。今後孝行らしいことも出来そうです。私の中の母のイメージはすっかり変わってしまいました。
 
私の誕生を心から喜んでこの世で一番私を愛してくれていた母。思い出すと 「頑張れ」とにっこりと笑いかけてくれるようです。亡くなっていても母子として 結ばれた魂は本当に繋がっているのですね。内観に出会えて私は幸せです。この8ヶ月間、内観とともにニコあり、気づきの大切さも教えていただきました。若子さん、感謝しております。ありがとうございました。
 
 
NO.213
2日目は 父の内観をしました。7年前に亡くなりました。
父への内観は、ほとんど初めてで、父が好きだったので、あまりゴミがおもい浮かばなかったのですが、突然、私が描いた油絵を私に黙って、父の知り合いにあげたことを思い出しました。
 
悔しい気持ちが沸いてきて、私の絵なのに、勝手に人にあげて・・と、どんどんごみが出てきました。こんなにもたくさんあったのかと又、鉛筆は走りっぱなしです。
 
なぜ、あの父親を選んだのかとでてきて、書いていくと・・・・あの人は本当はとてもいい人なんだ ボクはわかっていた本当だよ 本当だよ 信じてあげて だからボクはあの人を選んだこの人の子供になりたかったボクは女の子を欲しいと思って、まっている父親を選んでというより女の子をほしいと思っていた。
 
ニコニコした顔で、ボクの方を見ているので、ボクは女の子になってその人のところに行った にこにこ笑いながらボクをまっていたとても楽しみにしていた びっくりするくらい喜んでいたうれしくて、うれしくて しょうがない様子だった
 
私もうれしかった この父親に会えてよかったと思った父親は父親業失格だと解かったけれど私を一番愛してくれていると解かった
 
だからお酒飲みで、働かないで、貧乏な生活のことや怒鳴ったり、怒ったりみんなを困らす事や母親に偉そうに言って困らす事などもう、全部、いいやと思った。許せると思った。
 
私をいちばん愛してくれていると解かったからだ全部我慢していた。全部、全部、我慢しようと決心して生まれてきた。私は、いちばん 愛してくれている人だとわかったから苦しかった 今まで苦しかった 約束は苦しかった 
 
我慢は苦しい父親はもういない いない いない愛してくれた 父親はいないボクを愛してくれた父親はこの世にはいないけど~生まれてる 代わりの人が来ている あなたのそばに父親の代わりの人がいるよ いるよ いるよその人は父親の代わりだよ
 
あなたを愛しているあなたの父親が頼んでいった あなたを守ってくれとだから 出会った 父親の代わりにあなたを深く愛してくれと頼んだ出会わせた 出会わせた 幸せな暮らしを頼んでいった出会いをつくった 
 
あなたの事をとても心配していたので、あなたの事を深く深く愛していたので、あなたは疲れていた 出会った 出会った父親はとても喜んでいたよ父親は、俺のことを我慢してくれてありがとう と言ってるよありがとう と言ってるよ 
 
今 言ってるよ笑って言ってるよ ほら ほら  笑ってるよ 笑ってるよ あなたに感謝してるよ俺みたいな父親で、ごめんな、我慢してくれて、ありがとう ありがとう
 
今 おまえが幸せなのがうれしいお母ちゃんといつもおまえをみている お父ちゃんの我が儘を許してくれて ありがとう ありがとう ありがとう
 
もう、涙が ぽろぽろ こぼれてとまりません。今、これを書いていて、号泣しています。ああー そうだったの お父ちゃんが出会わせてくれたんだ父が亡くなって、7ヶ月後に今の主人と出会い再婚しました。
 
この出会いが不思議でした。ずーと、父が亡くなった後、私は突然、倒れもう少しで、命を落とすところでした。その頃のいろんな出来事も辻褄が合い、すべて繋がっているように思います。
 
神さま、私のことや 母のこと 父のメッセージを鉛筆を通して教えてくださり、ありがとうございます。全ての神さま みなもとさま ありがとうございます。私は神さまとそんな約束をしてきたのだ、ああ、そうだったのかと腑におちたかんじです。すっきりしました。
 
今は、苦しんだり、心配したり、不安だったり、怒ったり、我慢した自分が愛しくて、たまりません。そして、こんなに深いところまで、導き、アドバイス頂きました、山崎さま、心から感謝申し上げます。ありがとうございました。
 
最後に小野先生、内観から逃げてはいけないよと何度も何度も励ましてくださいまして、ありがとうございます。お気持ち有り難くて、有り難くて、感謝の気持ちでいっぱいです。心から感謝申し上げます。
 
 
NO.212
2日間、大変お世話になりありがとうございました。
こんな深いところまで、お導き頂き、感謝の気持ちで、いっぱいです。
鉛筆はもの凄い勢いで、走り、止まりませんでした。
なんて、書けばいいかわかりませんが、出てきた言葉をそのままに書いていきたいとおもいます。
 
1日目 母にしました。前回4月に内観を受けた時、かなりのゴミを出せていました。母は昨年4月に亡くなりました。入院していた頃の母を思い出しながら、書いていきました。母はいつも人に気を遣い心配ばかりしていました。そんな母が嫌で、キライ、キライこわい と出てきました。
 
なんで、私はおまえのところへ生まれたのか、おまえを母親として選んだのか教えて教えてと書いていたら・・・・お腹のなかにいました。
 
こわい こわい こわいここにいたい、出るのはこわい、きょうふ、みえる、みえる、私をまっている人がみえる、近づいてくる、まってる、よろこんでいる、まよってる、私はどうしていいかわからない
 
お母さんのお腹のなか、あたたかくて、気持ちがいい、でたくない、こわい、こわい人間になるのが、こわい、行きたくない、生まれたくない、けど、まってるまってる、こわいけれど、人間の世界にいくよこの人達を喜ばせなさいってかみさまがボクにいったよ女の子がほしいとおもっているからボクは女の子になって生まれることにするよまわってる、まわってる、キタ、キタ、キタ、・・・・
 
ボクは生まれた、よろこんでる よろこんでる父親は目を細めて喜んでいるけど、お酒をいっぱい飲んで、よっぱらって私の上にのっかってきたりして、母親がびっくりしてはらいのけた 
 
わたしもびっくりした父親はいつもお酒をいっぱい飲んでいる お酒に溺れている気の弱い人間だが、心はあたたかく、やさしい、わたしにいっぱい愛をもっていて心から可愛がってくれている母親は心配ばかりしている、人の顔色ばかり伺っているこれから私が生まれて暮らしていけるかどうか心配している私をみて、にこっと笑っている兄がいた兄は本当の父親と母親の子供ではないけれど、ここへくるために生まれてきた 
 
父親を愛するために生まれてきた魂だ(父は再婚、前の結婚の時、子供が出来なかったので、、兄を養子にもらっていた)しばらくして、弟が生まれた 弟はなんのために生まれたか神さまは、まちがってここへよこした弟は母親に溺愛されすぎて、母親のいつも貧乏、お金がないという口癖に洗脳された、お金を恨み、憎んで、しまった そういう役目だよ 
 
つらい人生だった私は母親と父親を喜ばせるために生まれたこわい人間の生活だけど母親はいつも私をみていてくれたいつも見守ってくれていた ありがとう母親を喜ばせたかった 母親を喜ばせるようなことを言ったりしようとおもった母親の心の中に入ろうとした入った、入った、入った、 つらい、つらい、苦しい、苦しい、心配、心配、怒り、怒り、ボクはもう身動きできなくなってて、全部ボクの中に入ってしまった。
 
すべて受け取り母親と同化することで、喜んでもらえるだろうとおもっていた。全て受け入れた、受け入れていた、それは学び、学び、学び、ボクは知りたかったのは、人間のこと、つらいことをべんきょうしたい愛することを、お母さんから教えてもらったいつもみていてくれた、苦しい時もみていて、助けてくれたお母ちゃん、ありがとう 
 
生んでくれてありがとう経験させてもらえてよかったよ
愛をおしえてくれて ありがとうボクはやっぱり人間になって、よかったよ
人間はすばらしい、すばらしい、よかった、こわかったけれど、もうだいじょうぶ こわくない母と同化するのを手放します。
 
もう 私は自由です。解放、解放、自由、自由、うれしい、うれしい(この時、とてもうれしくなり、 笑いが起こってき、しばらく外に出て笑ってました。)人間になってよかった、いろんな人に会えてよかったです。愛する人にも出会えてよかったです。
 
お母ちゃんがいて、生んでくれたからよかったです。全てに、おおいなる神さまに感謝します。ありがとうございます ありがとうございます ありがとうございます ありがとうございます
 
ここまで、ものすごいスピードで、書き出されました。
ああ、そうだったのかと理由が解かり、喉のところにつまっていたものが、ストンとお腹のほうまで、おちていく感覚がありました
 
そして、気持ちが軽くなりました。しかし、出てきた言葉にしばらく呆然としていました。兄の事も弟のことも全て・・・そうだったのかとおもいました。山崎さんがゴミを出していったら残っているものが何かわかるんですよなにか と考えなくてもいいんですよ、ゴミさえ出せば と、言って頂いた言葉に納得です。ありがとうございました。心より感謝致します。
 
 
NO.211
先日の内観は、二日とも朝から行きたくないモードをなんとか
引きずっての参加。このからだをサポートしていただいた事に
本当に感謝しています。今回は、自分でも驚くほどネガティブ
な思いに散々 、折に触れ祈ってから用紙に向かうことを
繰り返していました。
 
一日目、最後の面接後、お腹の中と思われる私から「私はひとり
で生きていくんだ」「のぞまれていないんだ」「死にたい」「み
んなの期待は背負えない」と、凄まじい気持ちが溢れ出します。
 
二日目、面接で引き出された「うけとめて欲しい」という言葉と
向かい合うと、とても小さな弱い筆圧でしか紙に残せない。そし
て続けていくうちにどんどん小さくなって、突然「うまれてきて
ごめんなさい」ということばに変わりだし、やがて紙の上で暴れ
たり、号泣したり、訴えたり、責めたり・・どれだけ向かい合っ
たでしょう。そして、最後の面接後「姉ちゃん、わりいなぁ(悪
るいことしたなぁ)」と母の気持ちをピンクの紙に書出しました。
 
そんな苦しみのなかで不思議や新鮮な気付きがありました。「ご
めんなさい」ということばに向き合いながら、今までずーっと悪
い事(=いけない事)をした時に謝る言葉だと思ってきたのです
が、どうも罪悪感ばかりではなく、何かが違うようなのです。それ
から、「人には誰しも自分の時間があって、人と関わることで、相
手の時間をちょっと拝借しているのかもしれない」と湧きあがって
きました。
「いい事はおかげさま。悪いことはおかげ様で身から出た錆。」
そんな気持ちがしています。
 
今回のゴミを折に触れて思い返す度、昔の自分を思い出します。
乳幼児期の写真のほとんどに口をきゅっと結んでいる私。保育園の
頃から、友人に自分の意思を伝えられない場面があり、中学時代は
友達を作れず、何故か陰口の対象だった私。その後、友人を欲する
も、頑張りと受身でいる事でしか人と繋がれないので、長続きしな
い私。そんな私にとても繋がりを感じています。
 
相当な質のゴミ出し故の期待・・・に反し、嫌な夢に目覚め、出社
ギリギリまで寝床でゴロゴロ。背中に嫌な冷たさのある違和感が、
又、時に物凄い憎しみの感情や自分の存在否定すら引き出されたり・・・、
本当にいろいろぐちゃぐちゃしていましたが、ほんの少しゆとりが
生まれてきました。
 
そしてこの大変さを、今回は「ニコニコ、ありがとう」に支えられ
ています。そうそう何回か前の内観で「難が有るから有難う」と聴い
て目から鱗。その後ある雑誌で「・・・ありがたいというのは『在り
難い』。在ること事態が難しいのに、今確かにここに在る。・・・」
という記事に 、更なる鱗がボタボタボタ・・・。
 
今、敢えて『在り難うございます』と口やこころのなかで意識しています。
例えば苦手だなぁという仕事仲間と関わる時、自分が自然でいたいのに、
反して出てしまう「緊張」「頑張り」「よく見られたい」「比べてしまう」
そして最後は「自分を責めてしまう」(苦笑)瞬間の気付き等々・・。
そういう時に唱えていると、そんな状況さえも在り難く、その場を受け入れ
らる感じです。「在り難う」は本当に奥の深い言葉ですね。触れるにつけ、
今まで頭ばかりで突っ走ってこざるを得なかったことに複雑な感情と後悔も
しながら、そんな時代でも、支えられて生きてこれたことへ『在り難うござ
います』(涙)と、見方が変わっていく日々を過ごしています。
 
こころの温泉到達にあと僅か、そこにはとても重大な事実が隠されているよ
うな直感。なんだか謎を解いて行くようで、たのしみな一方拭いきれない懐
疑心や怖さに満たされています。次回もよろしくお願いいたします。
 
日々溢れ出す思いが、こんな場でないと素直には話せないので長くなりました
が、お読みくださって在り難うございました。
 
 

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 NO.210

東京の○○です。
先月の5月3日の東京での内観をありがとうございました。 
 
前回(確か去年の11月だったと思いますが)の内観で
母に対して前世からのたくさんの恨みの感情があった事がわかり
それに気付く事が出来ありがとうございました。
その後、恨み憎しみの感情は消えたものの
<私は母に本当の感謝をしているの?無償の愛を感じているのかな?>
と、疑問に思い今回内観を受けさせてもらいました。
 
 以前の内観のように感情激しくとはならないまでも
今彼女に思う事、赤ちゃんの頃(0~1歳位)に感じた母に対しての
思い、おなかの中で母の子として産まれる事が出来る喜びを感じた事など
様々な事がでてきました。
 
私は母のおなかの中で、今回産まれる事をとても楽しみにしていたようで、
<私はお母さんのために生きる!そばにいて助ける!>と
意気込んで産まれてきたようです。
なのに、実際私が良いと思ってする事は母をしかめっ面にさせる事ばかりで。。。。
 
 赤ちゃんにして、深い挫折を感じてしまったようです。
その事を書いて行くと、自然に感謝の言葉がでてきました。
愛情に多いも少ないもないんだ。愛されてたのにその愛情を
受け取ることができなかったのだ、と。
 
そう思うと、背中から暖かいものが広がり
体中が暖かくなりました。その後はもう何も無く
おかしくも無いのに笑いたくなりました。
 
初めて内観を受けてから、2年弱が経ちます。
ここまで導いて下さった宮尾さん、サポートして下さった方々、
本当にありがとうございます。
 
これからは、このあたえてもらった命を心穏やかに 全うしたい、
そう ピンクの紙に書いてあります。
 
NO.209
今回は、新しいからだに生まれ変わる前に、書き記しておきたい
と思い、キーボードと戯れています。
 
♪掘って~掘って~また掘って~
プ・・シュっと小さな穴が開いたみたい
じわり・・じわり・・ とからだの中から
『ありがとう』
今はまだ直球の多い私ですが
伝えたい気持ちです。
 
今回の内観、またたくさんの事に気付かせていただきました。
紙のうえで、書く事で暴れられるって、大きな発見!
中学の頃「死にたい」と思った気持ちがわきだした。
「苦しい」という事と大分向き合った。
トイレや内観部屋の鏡で自分の顔を見るたびに
あーもう変な顔してるなーって。
 
昨日までは一生懸命頑張って頑張って向き合っていた。
でも今日は、ちょっと違った感じ。
感じるってことが、少し違ってからだに感じられた。
 
帰り道、加藤登紀子さんの『生きてりゃいいさ』を鼻歌に、
「ありがとう」ということばが、今までと違って響く。
からだからは湧き出してくる感じも少し。
 
好きな人にメールでごめんなさいとありがとうを、
ネットの仲間にありがとうを伝
え、内観を受けるたび少しずつ手がつけらるようになった
4畳半の片付かないアパートで、散乱している物達に
自然と手が伸びる。
 
中学生の時担任の先生が纏めてくださった学級通信の
冊子を発見!
思わずページをめくっていると・・・
 
私の当時の生活記録や何かの文章が・・・、
「今日は畑で・・お手伝い」「・・家の為に頑張った」
「今日も畑で・・お手伝い・・疲れた」全てこんなのばかり(苦笑)。
おまけに夏休み中のお手伝い時間は、クラスでベスト2!
おかげで、宿題、課題はため放題で反省ばっかり・・・。なんて勤労
中学生だったのでしょう。個人が尊重されずに、家のために生きていたなんて!
そして記してくださった向河原先生ありがとう。
 
そんな当時を、ちょっぴり微笑ましく思えている自分に驚いたりしています。
と、自分の過去の事が違った目で思い出せるようになるなんて!(驚)
 
なんだか次回の内観は楽しく受けられそう・・
ジャジャンッ♪『いよいよ核心に迫る』そんな感じがしています。
 
あーなんかこんなふうに言葉が湧き出してくる自分に、書きながら驚いています。
宮尾さん皆さんありがとうございます。
読んでくださった皆さんにとって、これからがよい連休でありますように。
 
NO.208
こんにちは。○○です。
宮尾さん、先日の内観では本当にお世話になりました。
ありがとうございました。
 
二日目の帰りの電車の中では、『自分』のすべてが軽くなっていくような、
周りがどんどんシンプルになって行くような、そんな感覚を覚えました。
嬉しいのだけど、その『嬉しい!』という感覚も、
ただじわ~っと、とても穏やかな感じなんです。
自然に『ふふふ♪』と笑みが浮かぶような…。
なので、とりあえず主人と祝杯かなぁ~と思い、ワインを買っ
たりして家に着いたのですが、支度をしている最中に兄から電話が
かかってきました。
 
内容は、兄にとって、とても良いニュースで、これからまた軌
道にのって仕事が進んで行くのでは…と思われる内容でした。
私の方もとても自然に、心から『おめでとう!良かったね!!
』と言える事ができました。
取り留めのない普通の会話でしたが、最近のギクシャクとした
感じではなく、流れる様に話す事ができました。
 
電話を切った後、多分、今回の内観での最後の気付きがやってきました。
 
私は、私の家族の苦しみがあまりに重くって、その皆の苦しみ
をなんとかしたくて内観を受けたと思っていたのが、
実は自分が、その苦しみを手放したくなかったんです。
私自身が皆を手放す事が寂しくて、
それを認めたくなかっただけだったんですね。
祝杯のつもりが、その夜はなんだかしんみりと『お別れ会』に
なってしまいました(笑)
 
正直、数日たった今でも少し寂しいです。
でもその『寂しい』という思いも、きっと私の中のゴミにすぎないんだと思ってます。
 
そして新しい局面を迎えただけなんだなぁ…と。
 
これから私はどうしようか、やっぱり解りません。
ただポツンとここにいる感じです。
でも『ここ』は私に必要なものはすべてそろっているし、
 
焦る必要も心配もないし、暖かいものに包まれていて、それに委ね
てみようかと思ってます。
解らない事は解らないまま沢山あるけれど、
委ねる事が皆の光に私の光を届ける最善の道なのかもしれませんね。
 
本当に言葉が追いつかない、ただただ感謝です。
今まで私を育てて下さったありとあらゆるすべてに感謝します。
本当にありがとうございました。
 
 
NO.207
昨日はお疲れさまでした、本当に有難うございました。
4回目にしてようやくこつがつかめてきたようで嬉しかったです。
あまり激しい感情がでなかった私が、昨日初めてペンで
殴り書くようなむかつきをおぼえ、今でもまだそれはのこっています。
殺して押さえてきたのがようやくでてきたんですね。
心配性で否定語ばかりを口にするような親との交流は重苦しく、
会うのも義務であっているようなものですから、表面には
穏やに見える家族でも、中身は他人。
いくら周りと素晴らしいお付き合いが出来ていようと、根っこが
これではいい花も咲かないだろうなとは最近おもいます。
親を避けたく思う気持ちがどう変わっていくのか、
これからが楽しみのいなってきました。
 
内観1回目の後、プチ鬱で気力もなかった母が、
急に前向きになりはじめたのは驚きでした。
定年退職に加え家族の不幸、糖尿による失明、
リュウマチと背負いきれない重荷を一気に背負った
母の苦しみが気力をうばっていったのでしょうが、
今では一人でできることはいろいろやってみようと
動きがみられるようになりました。ごみがなくなることで、
物事が自然と巧く行く、という感じでとってもうれしかったです。
 
私も家族も少しづつ光を取り戻していけると確信しております。
ゆっくりペースで時間もかかりそうですが、
自分の内面としっかり向き合う時間をこれからも大事にして
がんばりますので宜しくお願いいたします。
いつもだったら終わったあとはどっと疲れて
甘いもの好きでもない私がコンビにかキオスクで
2つくらいお菓子をかってしまうのですが、
昨日は疲れ知らずで泳いでかえりました!心も軽くな
り本当に感謝しています!!有難うございます!
 
NO.206
先日はありがとうございました。いろいろな方の感想文にはとても
励まされています。
遅ればせばがら、やっと感想文を書くエネルギーが出てきました。
 
自分の問題を整理しないとこの先人生真っ暗!と気がつき
昨年からある方法で掘り下げてきた矢先、家族の病気と共に行詰まり
自分自身の存在を否定したくなる危うさまで出てきてうろたえだし、
そんな時に内観に出会いました。
 
今まで、何度か母のお腹の中まで戻っては引き戻され、ゴミ出しを繰り返す日々。
今回で6、7回目の内観はいきなりお腹の中と思われる言葉が溢れてきました。
「生まれてきたくないよー」「私男の子じゃない、女の子なんだよ」
「お母さんの期待には添えないの」と、自分でも驚く気持ちと号泣から始まりまし
た。
それから、小さかった頃の出来事や、苦しみ・疲れ・寂しさ・眠気との戦い。
本当に体力使い果たした二日間。
 
面接も、顔を上げることすら出来ずしゃべっていたのが、二日目後半では
宮尾さんの顔を見ながら話せるようになり、
しかも母のどうしようもなさを語る私を、
穏やかな笑顔で聴いて下さる姿に私は驚くやら感動するやら・・。
温泉まで後5メートルだね、という言葉に希望を抱きつつ、
最後は3歳の頃の引越しのゴミが再び。
「引っ越したくない」「友達とさよならをさせて」と書出し続ける中終了。
 
あれから、1週間以上が過ぎ、私の生活は相変わらず波瀾に満ち、
ニュースで事件や死に触れるたび、こころの奥が揺さぶられています。
 
又、疲れや寂しさを引きずりながら、あぁ、私「暮らす」と言う事が
全然わからなかったんだなぁと愕然とし。人と向かい合うと緊張し頑張ってしまう
自分に、もー何故こんなに苦労が必要なの!!・・と複雑な感情が沸き起こり。
あーもー生きてくことは疲れた・・・今なら父も母も生きてるし・・
とあきらめが沸いて来る事も。
 
でも一方で、私は家族以外のいろいろな方のおかげで
今まで支えていただいたなぁと思い。
私まだ家族の中での安らぎがどんなものかわからない、
だから私が安らぎのある家族を作りたい!!
もっと人と楽に関われる様になりたい!!と欲求が湧き出してきて、
なんだか日々闘っていると言う感じです。
 
とにかく、出したゴミは2度と戻ってこないと言う事を信じるのみ。
拭いきれない怖さを受けとめつつ、あきらめずにやりつづけたいと思っています。
 
NO.205
内観でお世話になりました、○○です。
先日の内観では本当にありがとうございました。
今までで、いちばんハードな内観でしたが、すばらしい体験ができました。
心から感謝しております。
 
とにかく、ものすごく、つらくて苦しい二日間でした。
ぞうきんをしぼる様に、溜まったゴミをギューっと、しぼりだした感じです。
 
私は始めに、父の事を書いていましたが、書いているうちに自然と、
3才の時に亡くなった母のことが出てきました。
ほとんど記憶にないのですが、亡くなった時のつらさ、悲しさが思い出され、
涙がとまりませんでした。
 
そのうちに今度は、病気で闘っている母の苦しみ、つらさが出てきました。
子供の私が、母の苦しみを自分の事のように感じていたのでしょうか。
 
そして、さらに記憶はさかのぼり、頭が圧迫される感覚、胸が苦しい、
つらい・・・生まれるときの苦しみのようです。
それから、お腹の中で水に浮いてくるくる回っている感覚。
理由は解らなかったのですが、お腹の中でも、とにかくつらいつらい、苦しい。
生まれる時も、人生はつらいから嫌だなんて言っている私・・・。
なんというネガティブな赤ん坊でしょうか!(笑)
 
とにかく、心も体も、つらくてつらくて苦しい二日間、泣きっぱなしでした・・。
 
最後の方、胎児の私が、どんどん小さくなっていきます。
書いている字まで小さく小さくなっていく・・。
さらにさらに小さくなって・・・なんと、とうとう消えてしまったのです!
 
悲しみやつらさと一緒に、消えてしまって、何もない無の中を泳いでいました。
 
まるで長い小説を読んだあとのような・・・映画を見た後のような・・・衝撃的な感
動から、
まだ覚めません。
あんな、はるか遠いところまで、導いてくださったことに、心から感謝いたします。
 
◎◎さん、●●さん、本当にありがとうございました。
 
途中、こんなに記憶をさかのぼっていいのだろうかという不安もありましたが、
◎◎さんの「いいのよ。それでいいのよ。」という励ましと、●●さんのお力添え
で、
あんなに遠くまで行ってきてしまいました・・・(笑)
 
最後、消えてしまった時に、◎◎さんと一緒に大笑いできた事がよい思い出です。
「ええ~っ、消えちゃったのー!?」といいながら。(笑)
 
内観に来るたびに、自分のいつもは見ないようにしている部分に出会い、衝撃をうけ
ます。
自分の身を持って、あんな体験ができてしまうなんて、内観ってすばらしいですね。
次回は、父親の内観に挑戦します。
またお世話をかけますが、どうぞよろしくお願いします。
 
 
NO.204
こんばんは、○○です。
先日はありがとうございました。
次回の内観を申し込みたいと思います。
是非また宜しくお願い致します。
 
ところで、昨日またひとつ解った事がありました。
以前、母との何気ない会話の中で「あなたは産む予定の子では
なかった」
と言われた事を思い出しました。
なので次回の内観ではこの言葉と向き合ってみようかとぼんや
り考えていた時、突然、母のお腹の中にいた時の自分の決意を
思い出しました。
 
母が私を産もうと決心してくれた時、私はその事がとっても嬉
しくて
『お父さんとお母さんになるべく迷惑をかけない様にするから
ね!!』と、
自分自身に誓いのようなものをたててこの世に産まれてきたみ
たいです。
私の存在が両親や回りの人達に迷惑をかけませんように…
できる事なら私がここにいるという事実を誰かに喜んでもらい
たい…
その気持ちがいつの間にか強迫観念にすり替わってしまったよ
うです。
 
この事が解った瞬間はもう、またまたボックスティッシュを取
り出して…の、ぽろぽろと浄化の涙を流し、自分の闇というか
、ネガティブな行動の訳がすべてがつながった安堵感を覚えました。
 
この三日間で初めて知った両親の愛の深さ、
自分の闇は誰のせいでもなく
ただ自分で自分を追い込んでいただけだと理解できた事、
そして◎◎さんや●●さんにお会いできた事、
それのどれもが、ただただ嬉しくて、この気持ちをどうやって
文章にしようかと、今日はその事ばかり考えてしまいました。
でもやっぱりどの言葉も事足りないような気がして、なかなか
メールを書く事ができませんでした。
 
だけど先程やっと一つ、とってもぴったりの言葉を思い出しました。
『うれしき たのしき おもしろき 弥栄なりてすばらしき
ありがとうございます』
素晴らしい言葉ですね!!
この言葉をありとあらゆるものに届けたい、
静かにずっとずっと祈っていたい、そんな気持ちで一杯です。
ほんとうにありがとうございました。
では、次回の内観を楽しみにしています!
 
NO.203
内観MLの皆様こんにちは。
東京の○○○○です。
初めて投稿します。
4月15日に4回目の内観を終えました。
小野先生、スタッフの皆様ありがとうございました。
 
今年になってから妹にこの記述式内観を
教えてもらい、癒しクリエーションのHPを
拝見しまして、母から始めた内観ですが、
まだ感謝の気持ちには達しておりません。
感謝の気持ちに達してから、感想を書こうと
思っていたのですが、まだまだ先のことかも
しれませんので(笑)途中経過報告です。
初回、スタッフの方の面接を受け、BOXティッシュ
と水の入ったペットボトルをテーブルに置き、
準備万端、書き出し作業に入りました。
おお凄い、凄い!どんどん書ける。
しかも、ネガティブな感情ばっかり!
しかし、BOXティッシュが活躍するほどの
激しい感情は出現する事無く、初めての
内観を終えました。
 
 
2回目の内観
私は、生まれたばかりの赤ちゃんでした。
静かな静かな、守られている世界です。
安らぎを感じながら、さらにさかのぼりました。
私は、母のお腹の中です。
ここで、感情ではなく、痛みが出てきました。
突然、首が苦しくなったのです。
HPを拝見していたので、こういう事もあるのは
わかっておりましたが、驚きでした。
後で、母に聞いたのですが、私は母のお腹の中で
へその緒が、首に三重に巻き付いていたそうです。
おお~。
よくぞ、無事に生んでくれました!(ここで感謝)
 
3回目、4回目の内観
ただただ、感じるままに、書き出しております。
「絶対にいやだ!」という頑固な感情が延々と
出続けたり、痛みが出たり、たまに、感謝の思
いが出たり。
どの、場面なのか、まったくわかりません。
ただ、感じて、書く作業ですが、まさに潜在意識
の世界です。これからも5回、6回と続けるつも
りです。
きっと、本物の感謝、光は、すぐそこにあるんじゃ
ないかなと思っています。
というのは、
HPの「記述式内観法への期待」に書かれている、
「さまざまな良きことが起こり始めるようです。
 
たとえば・・・」の後に書かれている具体例
が、私に起きていると感じられるからです。
 
それから小野先生の好きな詩
(ホームページで紹介されていました
 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
人のこころの深い奥を
もっと、もっと、深くつき抜けて
更に、さらに行ってみなさい。
そこには、歓びも悲しみの流れもなく
一片の思考のさざ波さえもない
静謐で時間なき空間
全体のなかの部分は
部分のなかの全体であって
ただ、「一なるもの」
これこそ叡知、慈愛、善性、神聖
そのものであると気付くでしょう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
最近私も、この詩を読むと
感動で心が震えるようになりました。
ほんと、じ~んときます。
もうすぐゴールと信じてがんばります。
最後まで読んでいただきまして
有難う御座います。
 
NO.202
2日間の内観では、本当に素敵な時間を過ごさせていただきました。
山崎さんに導いていただき、心から感謝の気持ちでいっぱいです。
そして、大好きな皆さんと一緒に内観をうけさせていただけたことも
すごく幸せでした。
 
私の内観の目的は、自分自身の感情のコントロールというか、
否定的なマイナス感情をなくしたいという思いでした。
 
私は、子供の頃から、自分の抑えられない感情に一人悩んでいました。
友達にやさしく接し、仲良くできていても、何かがきっかけで意地悪になり
いじめてしまっていました。
 
逆に、意地悪をされて、悲しく辛い経験をしても、
意地悪な気持ちは抑えられませんでした。
 
大人になるにつれて、意地悪という行動にはならなくても、
否定的な思いや、マイナス感情に支配されて
「どうして私は、こう考えてしまうの?」と
罪悪感と自分を許せない感情をずっと引きずってきました。
それは、自分自身の問題だと思ってきたので、
内観を両親から始めるというのも不思議な感じでした。
 
10年前に病気が発病したことも、
「これは自分が人に対してひどいことをした結果なんだ」と思ったくらいです。
入退院の繰り返しで、家族に心配をかけてきましたが、
病気になったお陰で、両親の深い愛を感じることができました。
両親への感謝の気持ちが持てている今、母に対しての内観が必要なのだろうか?
とも思えていました。
 
でも、母へのゴミ出しを始めると、様々な感情が出てきました。
そして、母のぬくもりを感じられたのは、中学の時だったと気付きました。
幼い頃、祖父母の間で寝ている光景。一人哺乳瓶を持ってミルクを飲んでいる光景が
出てきた時、「寂しい、悲しい」という感情が出てきました。
 
自営業で家にいても、昔は母が一人でやっている状態で、子育てどころではなかった
のは理解していたつもりだったので、この感情が出てきた時は驚きました。
そして、意地悪をしてしまった仲良しの友達は、お母さんととても仲がよかったこと
に気付きました。
それがうらやましくて、嫉妬から意地悪をしてしまったのだと。
 
母への思いからそうなってしまっていたことに気付き、全てがつながり、自分を許し
たいとおもいました。
 
そう理解出来た時、今までの悲しみも苦しみも全て受け入れることができました。
母の愛を心から感じられる今、病気になったこともありがたく受け止められて、
全てのことに感謝の気持ちでいっぱいになりました。
 
そして、父への思いを山崎さんに聞いてもらった時、「それはお母さんのゴミだね」
との言葉に、スーッと開放されたき分でした。
 
内観直後、母の愚痴を聞いてもサッと流せる自分がいました。
川のむこうでゴミが流れていくようでした。
今までなら、一緒に腹を立てていたのです。
私は今まで、母から聞く愚痴を、私の内なる思いとしていたんだと
気付きました。ゴミまで共有していたかったのかもしれません。
わざわざ竿をのばして、母のゴミまで集めていたんだなと。
 
小野先生に「内観はいいですよ」と聞いていましたが、
実際に内観を受けて、仕組みから結果まで全て納得できました。
必要ないものを手放すことって、こういうことなんだなぁと実感しています。
 
山崎さんや一緒に内観を受けた皆さんが、自分のことのように喜んでくださって、
すごく幸せでした。
あの時の感情は、どう表現したらいいのか、今もよくわからないくらいです。
このように導いていただいて、本当にありがとうございました。
 
それから、内観中、不思議な体験をしました。
ニコあり鏡をカバンに入れていたのですが、2日目の昼食の時に、
「そうだ、机に置こう」と、顔でなく手をうつす気持ちで置きました。
それからの転回がすごく早かったように思うんです。
そして、何がきっかけだったかわからないのですが、突然笑いがおこってきたのです。
 
おもしろい記憶がよみがえったわけでもなくて、突然に笑いだしました。
笑い出したら止められなくて、他の人に迷惑をかけると思い、部屋から出ました。
でも、かなり大きな声で、3分近く笑い続けてしまい、皆さんを驚かせました。
同じように笑おうと思っても、今は笑えないんですよ。
でも、次回山崎さんにお会いした時には、その笑いが起こりそうなんです。
 
うまくまとめられなかったのですが、思うまま書かせていただきました。
ありがとうございます。
 
NO.201
内観でお世話になりました○○です。
先日は二日間、どうもありがとうございました。
 
つらかった記憶を思い出していく作業は、途中で逃げてしまいそうになりました
が、宮尾さんの励ましのおかげで、なんとか二日間を終えることが出来ました。
内観の時は、こうやって、しっかり向き合っていかなければいけないのだなと思い
ました。
 
内観の最中は、背中に、お腹に、感情が溜まっているのを体で感じて書いていまし
た。
 
感情としてというより、体の感覚の方がはっきりと感じられるという事が不思議で
した。
 
そして今は、体の力が以前に比べて抜けているような、そんな感じがしています。
力をいれて生活しているつもりはまったくありませんでしたが、体が軽く、力んで
いる感じが減りました。
 
内観に行くたびに、私自身もまわりの状況も、ものすごく変わっていく事がとても
楽しみです。
何かをするときの不安が少なくなり、それから嫌な事があったときでも、以前より
も重く受け止めなくなっていると思います。
 
内観によって、私ばかりこんなにすばらしい思いをさせていただいていいのかなな
どと、余計なことを考えてしまいます。
これ以上、もっともっとと欲を出して、内観に行ってもいいのかななんて思ってし
まうのです。
 
ですが、内観に出会ったという事も、何かの縁なので、スタッフの方がいっていた
ような、自分の中から光が出てくるまでがんばってみようかなと思っています。
 
先月まではボロボロで自分が生きるので精一杯でしたが、人のために少しは自分の
力を使えるような自分になるために、この先もがんばってみようと思います。
 
また来月もお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします。
 
どうもありがとうございました。