上下関係からすれば、身と心と、どちらが上だと思いますか?
理想的には、上下関係のない、共に助けあう間柄にあることが一番ですが、この社会で生活するには、ときには心が体の上司になり、ある時には体が心の上司になり、というように力関係を変えないと、生活が成り立たないこともあるようです。
「今日は仕事を仕上げるために、夜遅くまでやらないといけないな〜」という徹夜を覚悟のときもあるでしょうから、「もう、眠いから寝ましょうよ」という体の欲求にはすべて従えませんし、また、飲みたくもないお酒を飲まなければならないこともあるでしょう。
その様な場面では、たとえ体が「それはご免だよ!」と拒否したとしても、社会生活を続けるには、それなりのことをときには体にやっていただかないといけないわけですが・・・ でも、そればかりになっていたのでは、心と体のバランスが、どこか狂ってしまうような気がします。
身体の不調の人は・・・
体の調子の悪くなってしまった人のほとんどは、この辺の感覚がうまくつかめていないようです。たいていは、心がいつでも優先権を独占してしまい、体はいつでも奴隷のように従の立場になっています。
体からすれば、「もうそんなことしたくないよ!」という強い意志表示をているにも係わらず、それでも心は、更に何か言い訳を持ち出して、「もっと、もっと、・・・!」と言わんばかりに、次から次へと体に負担の掛かることばかりを欲求します。
その傾向は、意志の強い人に、より多く見られます。
「本当にこれ以上は限界だよ」と、大きな声で体が叫んでいるにも係わらず、それでもなお、意志の強い人は、体にいろいろな命令を下し、体に酷使して働いてもらっているといえるでしょう。
それだけ、今の時代は、体にとっては迷惑なことが多い時代といえるでしょう。あるアフリカの原始的な生活をしている原住民などは、眠くなったら寝る。食べたくなったら食べる。体を動かしたくなったらダンスを踊るなど、見ていると気持ちのいいほど、自分の体の欲求に従った生活をしています。
理想的には、どのような環境に住んでいようとも、たとえばそれがアフリカのジャングルであっても、東京のど真ん中であっても、場所には関係なく、どこでも体の欲求を聞いてあげられだけのゆとりを持てることが大切です。
体からの欲求を聞くことなしに、心だけが暴走してしまうというこの現象は、どこから生じるものでしょうか。
いろいろな原因を考えられるでしょうが・・・
一番の原因は緊張感にあるようです。
本来、体と心は表裏一体といわれるように、表と裏の関係でいます。ところが、心に緊張感がありますと、どうしても体と心との結びつきがうまくゆかず、心は心、体は体というように、心と体を同居させている我々にとっては、極めて辛い現象に立たされてしまうのです。
心は心の赴くままに・・・ 一見、自然派人間のようで、すごく響きの良い印象を与える言葉ですが、よくよく考えますと、体のことを無視した「心は心の赴くままに・・・」は、極めて危険ということになります。これが困じると、極端な場合には突然死ということもあるようです。
体と心とが密接に結びついていてこそ、本来の健康というものは保たれ、体が心のために働きます。そして、心が体のためになるようなことを考える、という持ちつ持たれつの関係が生まれるのです。
私は気功治療の仕事をしていますが、患者さんの緊張が解けると、たいていは眠くて眠くて仕方がないという症状が出ることをたくさん見てきました。
「気によって、そんなに眠くなるのですか?」とよく質問されるのですが・・・
実はそうではないのようです。気がそうさせているのではなく、こんなに眠くなるほどあなたの体は疲れていたのですよ。ということが、心の緊張がとけたことにより感じられるだけなのです。
ただ、ありのままの状態を感じられる本来の感覚になれただけなのです。体と心との関係、皆さんなりに考えてみるとおもしろいですよ。
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