聴き上手は「徳」

 
「なんとな~く、人と触れ合う事って苦手だな~」と感じることってありますか?
 
生きている限りは、自分以外の誰かしらと接することにもなりますし、人とのコミュニケーションを避けて通ることはできません。今更、申し上げるまでもありませんが、コミュニケーションの基本は会話ですが、「なんとなく、人と触れ合う事って苦手だな~」と感じてしまう理由の一つとして、実は、人と「会話」をする事が苦手だ と感じているとしたら。
 
仮に、あなたが「会話をする事」に苦手意識を感じているとして、その理由の一つには

「私は上手に語ることができないし・・・」
 
「私の話なんか、聴いていても楽しくないと思うし・・・」
 
「私の話を聴きたい人なんて、きっと誰もいないと思うし・・・」
 
「・・・・」

 
もし、そうだとしたら、ちょっとだけ勘違いをしているところがあるのかな~
 
仮にあなたが話し上手ではなかったとしても、人の話を上手に聴いてあげることができるとしたら、それは、それは、とってもすばらしいことで、その時は、あなたが否定的に考えてしまような結果はまず起こらないと思います。
 
つまり、
語ることが苦手であっても、もしくは、話すことが下手であっても、でも、きちんと相手の話しを聴くことさえできれば、人とのコミュニケーションは確実に成り立つのです。
 
話し上手でもあり、また、聴き上手でもあったなら、それは、それは、理想的な姿だとは思いますよ。
でも、そんな器用な人って、この世の中、極々わずかだと思います。
コミュニケーションをうまく成立させる為に、二つの要素を同時に備え持つ必要はありません。
 

むしろ聴き上手なだけで充分なのです。

実際、聴き上手という事だけで、ずいぶんと得をしますよ。
得というより、徳に繋がる感じなのかな~ 
 
たとえば、他者から好感をもたれたり、信頼されるようにもなり、時には相手の話をただ聴いているだけなのに、相手の人が自然に癒されてしまう。

「こんな私には、人を幸せにしてあげるような才能とか能力なんて何一つないですよ。
だって私は魅力的な人間ではないし、・・・」

 
・・・というような消極的な考えの人でも、
「ヒヤリングセンス」を身につけて、「聴き上手」になれたなら、
「こんな自分でも、回りの人達のお役に立つことができるんだな~」と、
自分自身に対しての評価が、180度、大きく変わります。
自分自身の存在価値を発見できるのではないのかな〜〜 
 
そうなれたら、生きてゆくの楽しくなるのではないのかな~と思います。
聴き方教室、期待していて下さい。